Day.68 レディに年齢を聞くのは失礼だと学校で習わなかったか少年?

 種族代表を集めた市議会が終わり、代表者たちがぞろぞろと帰っていってもなお、創造神わたしの部屋には少年が一人残っていた。

 円卓の様式を成した長机を二人で片付けているうちに、日が暮れ、やがて下の階からはピアノの音や歌声が聞こえ始める。夜間営業の創造神専門学校も定時通りに動き出したということだ。


「晩飯ここで食べてって良いか?」


 家具の配置が元通りになった頃合いで、


「学食の持ち込みを妖精たちに頼んであるんだ」


 少年がそう話を切り出してきたので、私は了承する。


 ──……なあ、少年よ。

 先ほどの会議で私が執り行った、いつもの召喚魔法なんだが。


 私がそう言いかけたところで扉からコンコンとノックがかかる。

 部屋へ入ってきたのは我が校が誇る音楽教師にして、エルフ族が誇る叡智の集合体『アース十六』が一柱、スノトラだった。



*****



「市長く〜ん、創造神様〜♪ その晩ごはん、スーもご一緒して良いですか〜?」


 少年と私の食事を運んできた妖精たちと共に、わざとらしい口調と営業スマイルで部屋に現れたスノトラ。しかし、市議会の閉会を見計らったようなタイミングでの彼女の登場は、私が大方予想していた通りのものであった。


 ──なるほど、やはり。

 道理で今日の市議会じゃあ、エルフ代表がヨルズだったわけだ。


「……当たり前だろ創造神。都市開発のことはともかく、俺がコハク族やらホーオー族の存在なんか知ってるわけないじゃないか」


 同じソファに並んで腰掛けた少年とスノトラが、私が疑問に感じていた先ほどの新住民に隠された、召喚のからくりについて解説を始める。


「ステーション設置と牧場の種族問題は、結構前から出ていた課題だ。特に、種族や魔法が絡んだ案件は、どう足掻いたって俺一人でどうこうできるもんじゃない」

「そこでスーの出番というわけです〜♪ 最近、都市からの外出許可を頻繁に提出していたことはもちろん創造神様もご存知でしょう? この都市が現状抱えた問題に即した住民を、貴方様が、近隣から移住のスカウトをして回っていたんですよ〜♪」


 ──確実に呼び寄せる。そう! それが私の最も疑問視している部分だ。

 私の召喚魔法は「種族」をあらかじめ選ぶことは可能だが、召喚する「個体」を私自身が選ぶことはできない。召喚陣からどんな奴が出てくるかは最後までわからない、言わばガチャシステムのはずなのだ。

 だが先ほど召喚に応じた二羽、シューとザクは、キャラこそ濃そうではあるものの、いずれも上質な従属であったように私は思う。急遽召喚したわりには、ずいぶんと首尾良く助っ人的な住民を呼び寄せることに成功してしまったものである。


 偶然だろうか? 私の幸運がゆえに? ……いや、まさか!

 どういう仕掛けだ? 特定の住民を狙って呼び寄せるなど、それもスノトラや私以外の誰かがシステムを故意に操作する方法など、天地がひっくり返っても存在しているわけが……。



「……わたくしという第三者であればこそ可能なんですよ、創造神様Cruthaitheoir


 突然素のキャラに帰ったスノトラが、向かいのソファに座った私へ妖艶な微笑みを向ける。


「召喚に応じる、とは貴方様との契約に応じると同義であることも周知の事実。なればこその外回りです。召喚する種族を絞り込んだ上で、そらから声が掛かった際には貴方様との契約に応じるよう、シューとザクの各氏にあらかじめ交渉いたしました」

 ──そっ、そんな根回しが通用するガチャ召喚だったのか、これ!? 天井システムより画期的じゃないか! 私、全能なのに初耳……。

「コハク族は魔力マナこそ大したことありませんが、妖精並みに生息数が多く取り込みが安易な点と、ああ見えても契約に忠実で事務作業に長けている点から、いかなる都市でも重宝される優良種として名が通っています。対するホーオー族は非常に生息数が少ないですが、魔力マナの高さと不死の体質……ついでにの良好さから、特にエルフ族とはゆかりの深い種です。ザク氏との交渉にはさすがのわたくしでもそれなりに苦心してますので、ぜひとも臨時報酬ボーナスをお願いいたします」


 夕飯として運ばれてきた皿の上には、ザクがまとっていたものと同じ色合いの羽根がわずかに残る、手羽先らしき肉料理が綺麗に収まっていた。

 これが私たちへの、ザク流の挨拶がわりということだろうか? さすがの全能なる神でも、なんだか背徳感を覚える晩餐だなあ……。


「いかがですか? 以上が召喚魔法のシステムに干渉せずして、故意に個体を選出する手法でございます。何卒、今後の住民呼び込みの参考になさってください」

「すげえやスノトラ先生! 秘書なんていらないと最初は思ってたけど、なんだかんだ大人や周りの意見も参考にするべきだよな。……いや、そういえば先生って今何歳なん──」


 ゴツン!

 少年の頭上に軽いげんこつが飛んでくる。スノトラは笑顔を崩さないままで、


「市長く〜ん♪ 女の先生に年齢と恋人の有無を絶対に聞いたら駄目って、前の学校では教わらなかったのかな〜?」

「ご、ごめんなさい……」

「とはいえ、エルフが種族として、人間よりもはるかに長寿であることは認めざるを得ませんけれど。──反対に」


 説教をしてまもなく、今度は真剣な顔つきとなる。

 むしろここからが、スノトラにとっての本題だと言わんばかりの表情で。


「天使は他の種族よりも代替わりが激しく、非常に短命な種族であることもここでお伝えしておかなければなりません」



*****



 スノトラは言葉を続けた。


「先日、ロヴンとも話を付けてきました。もちろん、かの都市に滞在する天使プリンが市長くんへちょっかいをかけた件です」


 プリン──今代の『権天使プリンシパリティ』。

 その名前をスノトラが口にした途端、手羽先を頬張っていた少年の動きがぴたりと止まる。


「……結局あっちの先生にも告発チクっちゃったんだ」

「当然ですよ。もとより『アース十六』は、連携を取りながら各都市のレベルを相互向上させていくことを努めとしているチーム。ライバル関係であることもまた事実ですが、不毛なトラブルで取るべき連携や協調を損なってしまう行為は、わたしたちが最も嫌っている……ロヴンも、ビジネスにしろ恋愛にしろ、次へ進むためには関係性をきっちりクリーンにリセットしておきたいという、徹底して女エルフですから」


 果たしてその主義はタチが悪いのか否か。私にも少年にも、女エルフの事情は未だよくわかっていない。


「対して、プリンとかいう使は案の定と言いますか、幼稚と言いますか……日頃からあらゆる都市を転々としていて、いろんな男を口説いては散々に振り回しているそうで、すでに周囲からの評判はよろしくありません。その浮気癖から、ロヴンや現在の神からもとうに信頼を損なっています」

「結構若い天使なんですか?」

「それこそ、市長くんと大して変わらない年頃でしょうね。種族としては上位でも、個体としては下の下、ひよっこなんです。対人関係の構築の仕方や社会常識をまるで弁えていない……最も、それらを身につけるよりも前に寿命を迎える可能性がずっと高いでしょうけれど」

「寿命? それって……」

「知性や魔力マナはともかく、天使族の肉体的な成長期は人間とほとんど同じです。が、たいていの個体は成人の外見になるよりも前に命尽きてしまう」


 スノトラは深いため息を吐く。

 コーヒーカップ片手に、真っ黒な液体を喉へ流しこんでから。


「これだから、わたしは天使が嫌いなんです。何代変わろうと一向に学習せず、成長しないままに生涯を終える。神より人間よりも愚かしい──そらの使いを騙り続けた、いつまでも『大人』になれない欠陥種族ですもの」



 少年はオレンジジュースが入ったコップを両手で抱えたまま、しばらく黙り込んでしまった。

 校舎最上階の片隅では、学生たちと指導者たちが互いに成長を続けていく、その営みの音だけが、扉越しに延々と聞こえてきたのだった。



(Day.68___The Endless Game...)



【作者より】

 いつもご愛読ありがとうございます。

 しばらく更新が止まっていたにも関わらず、たくさんの方から反応をいただけましたので、再開した甲斐があり嬉しいです。諦めずにフォロー外さないでいてくれて、あるいは新しくフォロー付けてくれて本当に本当にありがとう……!

 というわけで、Bパートはここまでとなりますが第4章はまだ続きます。Cパートも『都市開発』をどうぞ楽しんでいってください!

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