Day.66 お客さま。マイノリティに救いはあるんですか?

 少年いわく、食文化の相違は時として、不毛だが決して馬鹿にできない争いを生むことがあるらしい。


 味噌汁に使う味噌は赤か白か?

 唐揚げにレモンはかけるかかけないか?

 目玉焼きに付けるのはケチャップかマヨネーズか、はたまた醤油か?

 パン派か米派か? 牛肉派か豚肉派か? きのこかたけのこか?


 これらの違いが原因で、友人関係に溝ができたり家庭仲が崩壊したり、恋人と同棲して間もなく別れたりする。そもそも、宗教による思想や食物アレルギーで、食べられるもの食べられないものが最初から決まっているケースも珍しくないのだ。

 そして──今。

 またしても食文化の配慮に欠けた少年と創造神わたしの失態によって、ふたたび種族間の仁義なき戦いが幕を開けようとしていた!


 ……まあ、実を言えば私にはもとより、この展開はある程度読めていたのだが。



*****



 市議会。

 私が作りし都市せかいに住まう生命、各種族から一名ずつ代表者を募り、創造神専門学校(仮)の創造神室にて大地の行く末を定めていく重要な会合である。

 その記念すべき第一回では、とある議題で早くも種族同士の白熱した論争が繰り広げられていた。


「断固反対! 断固として反対いたします、市長さま!」


 リザードマン代表、レオン。

 赤い前髪を逆立てたストライプ柄のシャツとジーパン姿。目尻にはわずかなシワが浮かんでおり、尻からは硬くて長いウロコの尾がジーパンを突き破っている。

 住民の中では一番の新顔にして、都市で唯一のリザードマンである彼が、シワをいっそう深めながら誰よりも悲痛な声を張り上げていた。


「まさか可決するつもりはありませんよね──『牧場』の設営などという下策を!」

「う……ぐぅ」

「なぜ馬や牛ではなく、リザードマンの牧場なんですか!? 同胞がエルフ族に食されている現場を、当方にまざまざと見せつけようとおっしゃるのですか!? そぉればっかりは勘弁こうむりたい!!」


 横長なテーブルを何台か並べ、部屋にテーブルの輪を作った状態で開かれた会議の雰囲気は険悪だ。そしてレオンに詰め寄られた少年も、両腕を組んだまま椅子の背もたれに寄りかかり、いかにもきまりが悪そうな顔を貫いている。

 ガン! と机を膝で蹴り上げる音がして、視線を向ければ机上には「エルフ代表」の札が乗っかっている。背もたれに寄りかかっては頭を斜めに傾倒させた、会議中とは思えぬほど粗暴な白いショートヘアの女エルフがそこにいた。

 ていうか、あれ? エルフ代表ってヨルズなのか? 私はてっきりスノトラかと……ほらだって『アース十六』が一柱だし……。


「ガタガタうっさいわねえ。前から出てた話じゃん」


 今にもタバコとか酒とか持ち出してきそうなほどガラ悪く座ったヨルズが、レオンに反論する。


「エルフが主食とする食用肉の自家生産。こっちは随分と前から市長くんに要望オーダー出してたんだよ?」

 ──あ、あれ? そうだったのか? おかしいな、私は完全に初耳なんだが……。

「ただの牧場じゃ味気ないだろうから、ちょうど商業都市計画も進行してるわけだし、家畜とのふれあい体験ツアーも並行すれば〜? とか色々提案出してたけど? エルフの間では結構人気あるよ? 乗馬体験ならぬ乗トカゲ体験。この機会にファミリー層も取り入れてこーぜ」

 ──知らんよ、乗トカゲ体験なんて奇妙なイベント! なんだよ取り入れてこーぜって、口調がまたしても荒んでるぞヨルズ! ……あれっでも、家畜のふれあい云々はどこかで耳にしたことあるような……?


 家畜という言葉にすかさず反応したのは、言わずもがなアルパカ代表、クロだ。前足を机でガンガン鳴らしながら、唾を輪の隙間となっている床へ弾き飛ばす。


「むむっ! 家畜カチクですと!? それは困りますヨルズどの! カチクを名乗るのも、ツアーやらふれあいコーナーやらレジャーでアミューズメントなイベントを催して一儲けするのも、わたくしたちカチク・コーポレーションの務めですのでっ!」

「お前らはアルパカグッズでも作れば十分でしょ? 黙って都市のパブリック維持だけ努めてろ。自称マスコットしてろって」


 あらゆる市場を独占したい思惑が見え透いたクロへ、ヨルズが肩をすくめながら衝撃的な発言をかますのだ。


「それとも、何? お前らがあたしたちの家畜になる?」

「なっ、なんですと?」

「あたしは前はスノトラと別の都市にいたけど、わ。肉は食えるし、そのもじゃもじゃした毛は服に変えられるしで、アルパカ族って案外コスパ悪くない──」

「リザードマン牧場、賛成いたします!」


 早い。変わり身早いぞアルパカ。

 ヨルズの赤眼ときっついカミングアウトに芋引きやがったぞ、こいつ!


「お許しください、レオンどの。あなたはカチクのスケープゴートになる運命なのです……メエェエェッ!」

「それを言うならスケープリザードでしょう、当方は山羊ゴートじゃなく蜥蜴リザードですので! アルパカならメエではなくパッカーと叫んでくださいませ!? メエェエェッ!」


 混沌を極める創造神室にて、私はここまでなぜか一言も声を発していない少年を、隣の席からチョチョイとつつく。

 おい少年。どうするんだ? 事態は学食騒動Day.39のときよりはるかに深刻なようだぞ。確かにエルフ族は肉食系女子が多くて、以前から肉に飢えている様子があったが……少年の元へすでに要望が出ていたなんて、私、聞いてないよ?

 リザードマンの牧場はまずいだろ、さすがに! レオンが住んでるんだもん!


「う、ぐぅ、ぬぬぬぬ……じ、実は……」


 少年がわずかに椅子を後ろへずらし、私へ耳打ちしてきた。


「確かに要望は出てたけど……その、すみません、後回しにしてました……」

 ──……へ? あ・と・ま・わ・し……後回し!? おいおい、少年ともあろう市長が、こんな重大な案件を後回しだと!?

「だって決められないじゃん! レオンが居るのにそんな牧場、作れないってのは俺も重々承知しているよ? けど、先生たちは本当に食事大好きっていうか、美味しい肉料理に人生賭けてるレベルでこだわり強めっていうか……断るに断りきれなくて……」

 ──いやいやいや、無理だよ! こればっかりは断れよ少年!? どうしたの、実はエルフたちに『魅了』の魔法でも掛けられちゃってるの?

「違うんだ創造神。俺にも分かっちゃうんだよ、先生たちの気持ちが。自分の好物を他人の都合で制限されたくない気持ちは残念ながら理解できてしまうんだ……ほら、俺にとってのカップ麺みたいなもので」

 ──なにを言っている少年? カップ麺はが? 絶許だが??



*****



「あ、そうだ。リザードマン同士でレースさせたら?」


 少年とそんなやりとりをしている間に、ヨルズが新たな提案を打ち出してくる。


「毎週末の昼間開催『リザードマンカップ』! 当然で。アルパカか、ロボットたちを走らせても別に良いけどね。昼はカチクレース、夜は妖精のコンサートライブ。超良くない? 最高にレジャーじゃない?」


 ギャンブルとかレースとか、少年では絶対に発案しなさそうな大人の遊び場ばかり作ろうとするヨルズ。そういえば、スノトラが合コン帰りで喚いていたときも「パチンコと一緒で数打ちゃ当たる」的な発言をしていなかったか? ……さてはヨルズ、ギャンブル通いか!?

 しかもヨルズの案じゃあ、レースさせた後に喰うんだろう? 乗馬体験やふれあいコーナーでファミリーたちと戯れた馬が、まもなくレストランで捌かれるみたいな話だろう?

 殺伐してるよ! ファミリー層を取り入れるための施設が殺伐してるよ! 少年によれば馬ですら、競馬で引退したやつを馬刺しにしていたことが発覚して大炎上したことがあるらしいのに……。


 間違った方向へ白熱しつつあった会議にて、ついに痺れを切らしたのは妖精代表、アルファだった。はあぁと大きなため息を吐いたかと思えば、


「さっさと次の議題に移ってくんない? 今日の本題ってこれじゃないよね?」


 自前で持ち出した果物を頬張りながら。


「市長の一存で決めらんないなら、もう多数決で決めちゃえば? 市議会ここで決めても良いし、なんなら住民全員に投票させても良いし」

「……ぐぅ」


 アルファの提案に市長はいっそう顔をしかめた。当然と言えば当然だ。

 住民全員による「市民投票」なんて──多数決なんて、今回に関しては論外にも程がある。平等なようで微塵も平等ではない。なにせこの都市にリザードマンは、レオンただひとりしかいないのだから。


「アノ〜……キュウケイ……イレマセンカ?」

「うん、休憩!」


 ロボット代表で呼ばれた名称不明の一機が、右手を上げるなり提案してくれたおかげで、ほんの一時であるが難を逃れた少年。

 はてさて、今回の難題にはどんな落とし所を用意できるのやら……。



(Day.66___The Endless Game...)

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