Day.65 プライバシーとセキュリティ。両立に必要なのは互いのモラル
「……もちろん創造神様にも、従属との関わり方にはいささか異議を唱えたい点がございますが…………」
「今回は市長くんにも落ち度があると、わたしは客観的に判断せざるを得ません」
──そ、そうなのか?
「いかに神が全能であれど、従属の心理を直接読むことは叶わないでしょう? であれば市長くんは直情のみに身を任せず、胸中で抱く思想および主張を己が言葉で正しく伝達するべきだったのです。……そもそも、自分の言いたいことをきちんと相手に伝わるよう伝えられないようでは、市長としても半人前では?」
私は人間の子ども相手になかなか辛辣だなあと顔をしかめたが、一方で少年にはどうも心当たりがあったようで、あからさまに私から視線を逸らした。
少年はしばらく黙りこくっていたが、
「……そ、創造神。お前が俺より誰よりも、この都市や住民のことを大事に思っているのは端から見ていてよぉく分かる」
やっと口を開いては。
「俺だって……俺だって、どうせ開発するんなら『最高の
──う、うん。
「できる限り住民の要望には応えたいし、みんなが快適で幸せに過ごせる都市作りを目指しているつもりだ」
──う、うん。従属たちが幸福であることは、私としても本望……。
「従属じゃねえ、住民だ! 従属じゃなくて住民! 信仰力じゃなくて幸福度! 俺の中ではその『幸せ』ん中に──創造神! お前だって、ちゃんと頭数に入ってるんだ!!」
バタム!
机を勢いよく叩いた少年が、私に真摯な瞳を向けながら告げる。
「幸福とやらの中にちゃんと自分もカウントしとけ! 他の町の神様や住民に馬鹿にされたり、見下されてヘラヘラしてんな! あのなあ、お前は大して『
私は少年の言葉に胸を打たれた。
ま、まさか少年。いつも無愛想な顔をしているくせに、内心ではそんなにも私のことを思って……! つっつつつ、ツンデレかよぉ!
「『最高の世界』を目指すってんなら、俺や他の住民よりも先に、第一に! お前自身の幸せを大事にしろよ。どんなに俺やみんなが頑張ったって、信仰力とやらが上がったって、肝心のお前が幸せにならなかったら意味がない……って、おい抱きつくな創造神! 暑苦しいうざったい気持ち悪い!!」
いま一度熱い抱擁を交わせば、いや強いれば少年はジタバタと暴れて悪態を吐く。そんなこと言っちゃってもう、全能なる私は騙されないんだからなっ! 少年の愛の言葉だけで私は十二分に幸せだあ、憎い奴め! このっこの!
スノトラが再び咳払いをしてきたあたりで少年を解放すれば、私はさっそく少年に提案する。
召喚陣のことは無論、私に任せてもらえれば良いが。
とは言ってもステーションとやらの設置にはまだ時間が掛かるのだろう。であれば先にするべきことがある。少年市長へ、私からの要望というやつだ。
神と少年。
この大地で一度交わされた私たちの契りを、改めて、きちんと形にしておきたいんだが……いかに?
*****
「契り……契約の形? ……ええと、それって具体的にどういう──」
「それは素晴らしいお考えですね!」
少年が聞き返すよりも早く、身を乗り出して賛同したのはなぜかスノトラの方だった。
「むしろ、今まで契約の
──贈物かなあ。ほら、防犯も兼ねているわけだから。とりあえず、少年が先ほどまで着ていた黒服の第一ボタンあたりに私の
「それを言うなら第二ボタンでしょう? あと、そのように簡素な
──私はあえて目立たない場所をチョイスしているんだが? おいおいスノトラ先生、いきなり指輪は重いっすよ?
「重くありません。ここ、絶対に妥協してならない箇所ですから」
私とスノトラのやりとりを聞いていた少年は、契約の形というものの概要をそれとなく掴んだようで、
「ま、まあ俺は構わないけど……要は、創造神からもらったもんを身に着けていれば良いんだな? ちなみに、それ着けるとなにか特別な効果でもあるのか?」
私は答えた、効果ありありだと。
まずは私が少年を大地へ呼び寄せるように、少年もまた、必要に応じて私を自身のいる大地まで呼び寄せることが可能になる。
「へ〜、俺が神を召喚できるの? 普通にすげえじゃん」
もうひとつあるぞ、少年。
この私と贈物を介して「交信」が可能になる。
「交信……あ〜、通信か! 良いじゃん、便利じゃん。そういえばこの都市、スマホとかパソコンとか無かったな」
「通信機能だけではないんですよ、市長くん」
スノトラがしきりに頷きながら私の説明に補足を言い加える。
「その贈物を身につけている者の所在地を、契約の
「あ、あ〜……GPS……」
「この賢明で麗しきわたしと契約関係を交わしておきながら、他のエルフや、あまつさえ天使ごときに色目を使われた程度で心変わりするようなクソドワーフ、いえ不届き者の居所をいち早く炙り出すことができるのです。市長くん、創造神様から贈物を賜ったら必ず二十四時間装着するように。これをわずかでも拒むような者は、その時点で契約相手として失格なのです」
「は、はあ……いや
「年中無休二十四時間営業に決まっているでしょう!?」
バタム! ビキキ。
スノトラが拳を力強く握っては机へ垂直に振り下ろす。
「プライバシーとか一人になりたいとか! そーゆー主張をするドワーフに限って裏ではこそこそ他の女エルフと会っているんですっ!! 契約とは恋愛と同じ! より良い関係を築くため、徹底すべき部分はとことん徹底、追求しなければいけないんですうっ! こっちは市長くんのためを思って申し上げているのですよ!?」
ひび割れた机にも構わず、賢明さも麗しさも感じられない熱弁をかますスノトラに少年がたじろいでいた。
しかも、私が傍らでうんうんそうだよね分かる分かると、形だけでも顎を上下に振り回し同調しているのを見て、あきらかに苦笑いを浮かべている。
「な、なんか創造神とスノトラ先生って……フィーリング合うよな、悪い意味で」
そう呟く少年の声がリビングで小さくこだまする。
私は洗濯し終えた少年の黒服、その一番上のボタンに手を掛けた。
……ま、通信はともかく、追跡の機能は別に休み休みで働いてもらえれば構わないんだけどね。
なにせ私は全能なる神。
私はいつでも好きなときに、少年が市長として頑張っている姿を、空から見下ろすことができるのだから。
(Day.65___The Endless Game...)
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