Day.64 喧嘩するほど仲良くなれるのは、一度でも誰かと喧嘩したことある奴だけ

 ……不覚。

 まさかスノトラわたしとしたことが、使に先手を取られるとは。


権天使プリンシパリティ』が都市へ侵入してきたことはすぐに気が付いた。少年にはあえて黙っていたが、己が縄張りとしている領域の内側であれば、滞在するエルフ同士が持ち回り制で『気配感知サーチ』の魔法を発動させているからである。

 けれど、本当は侵入されてからではなにもかも遅い。今回はたまたま風向きが良かっただけだ。

 相手はそらの使いを自称し、エルフにも肩を並べる上位種族。対して、こちら側で施政を担っているのは──魔力マナのひとつも有さない人間の子どもなのだから。


「市長くん。『ステーション』の設置を最優先としましょう」


 天使の都市からの完全退去を確認し、創造神と少年、そしてわたしの三人は食卓で緊急会議を開くこととなる。

 ちなみに少年は上半身素っ裸だ。創造神に「着替えろその服!」と会議そっちのけで服を脱がされては、カップラーメンの代わりとなる夕飯を半強制的に振る舞われている最中である。……創造神様、お料理できたんですね? 初耳です。


「わたしも迂闊でした。コンクールの一件で、この都市が近隣からの注目を浴びつつある現状をもっと強く認識するべきでした。いち教師としての不注意と『アース十六』としての不手際をここに謝罪します」

 ──ガラガラガラッ!! ガシャ、カシャン。

「い、いや先生が謝ることでは……。でもまさか、創造神の召喚無しで都市を行き来できる奴がいたなんて……今は違う町に住んでて、しかも神様でもないのに契約とか……ちょっと、俺にはなにがなんだか」

「契約については、説明が大変だから今は置いておいて。ただ、彼女が市長くんに接近してきた事情はなんとなく察することができます」

 ──ザア〜〜〜〜〜ッ!! キュ、キュキュ、ザア〜〜〜〜〜ッ!!

「これは『無限むげんそら』から見れば、いかに優れた都市を作り『天神てんじん』を作るかの遊戯ゲーム……がすべてなんです。神様もさることながら、天使も『アース十六』もみんな必死です」

「と言いますと?」

「市長くんは同じゲームを二度プレイするなら、一度目よりもさらに良い成果を残したいとは考えませんか? すでに都市の施政に携わっている上位種族が、自分にとって都合が良い開発をできる土地を狙って、そこの市長トップに接近してくる事例は珍しくないのです」

「あ〜……ってやつですね。ましてや、こんな『警察署』も『消防署』もないような新興都市じゃあ格好のカモってか……」

 ──ガチャガチャ、ドン、カチャカチャリ。


 いや、五月蝿い。皿洗う音が五月蝿い。真面目に話聞いてますか、創造神様Cruthaitheoir

 わたしを差し置いて生活じょし力を発揮するな、無性別のくせに! 良いからさっさと、市長くんに替えの服を用意してあげて!


開発ステーションはともかく……防犯セキュリティってどうすれば……だって、俺は魔法なんか使えないし」

「それは魔法が使える者たちが為すべき仕事です」


 表情から明らかに不安を漂わせている少年へわたしは微笑みかけた。次いで創造神の背中を見据えれば、


「当然だ。全能なる私と、スノトラたちに任せたまえ少年!」


 わたしからの視線に気がついたのか、創造神は作業を止めないまま告げるのだ。


「ステーションとやらに召喚陣を設置して、その周囲に結界を張る。召喚陣を経由せずして私の世界へ入場できないよう調整するつもりだよ。いやあ〜スノトラが居てくれて助かった! きみを召喚した私の見立ては間違っていなかったな」

「……結界はわたしではなく他のエルフに任せます。わたしにこれ以上労働させるご意向があるなら、通貨の作成後にボーナスを支払うか有給を設けるか、わたしの恋愛運を向上させるか選択してください」

「ご、ごめんスノトラ……恋愛運は完全に専門外……」


 ようやく手を止めた創造神が、こちらを振り返れば表情がなんだか無駄に硬直していて、視線を向けていたのはわたしではなく少年のほうであった。

 少年もあからさまに眉を潜めて創造神を見つめ返しているが、その顔は先ほどよりも不安の感情が色濃くなっている。



*****



「…………しょ、少年」


 体感で億秒ほどの沈黙を破ったのは創造神だ。


「すまない少年……これほど全能を謳っておきながら非常に不本意なんだが、危険な目にも遭わせてしまうだけじゃ飽き足らず、やはり私には先日の少年が、どうしてあんなにも腹を立てたのかさっぱり分からないんだ……」


 結局はありのままを伝えてしまう、呆れた神様である。側から聞いていれば、まずは全能の定義から問い質したいところであるが、重要なのは外野ではなく当事者たる少年の心境だ。

 そして少年は途端に顔を青ざめさせた。わたしにとっては意外な反応だ。てっきり怒りが再燃するものだと──


「ち……違う……違う……っ!」


 ──ぼろぼろと。

 少年の瞳から溢れてきたのは、大量の涙だ。

 あらら、まずいわね。再燃どころか沸点を超えてしまったかしら。


「違うんだよ創造神……お前が謝ってんじゃねえよ畜生……」

「えっ? あの、えっと、あれれ?」

「だってあれ、どう考えたって……誰がどう見てもじゃんか……!」


 急に泣き出してしまった少年へ、創造神がおろおろと。


「えっええ!? そうなのか? 少年が悪いのか? ……い、いやでもっ、私は別に少年のこと怒ってないぞ!? ていうか泣くなよぉ!!」

「いくら創造神が怒らないからって、言って良いことと悪いことの分別はつけなきゃ駄目だった……前いた学校でのぼっち属性が祟って、実は今まで一度も誰かと喧嘩したり、本気で怒ったことなかったから……怒りかたを心得ていないのは俺もおんなじだあ……無知無能とか人間じゃないとか、発言が度を越してた……俺は人様に、いや神様になんて酷いことを……!」


 泣き喚く割りにやたら分析的な謝罪をおっ始める少年を、わたしはしばらく眺めていた。この神様が人間でないのも無能なのも別に間違っていないとわたしは思ってしまったが、そのツッコミは今はするべき空気じゃあないんでしょうね。


「ごめん……ごめんよ、創造神……俺のことは嫌いになっても都市開発のことは嫌いにならないでください……」

「少年……!」


 どこかで聞いたことがあるばかりか、実は最近どこかのアルパカも口ずさんでいたフレーズだったにも関わらず、塩らしさを出した少年へ創造神まで目元を潤ませはじめる。


「大丈夫だ少年、嫌いになどなるものか! あいらいく少年、あいらぶ都市開発だ! 仲直りしよう仲直り! 握手、いやハグして良いかな!?」

「うん……いや、ハグはやめろ暑苦しい……」


 さりげなく拒否されているのに創造神はがばりと少年を抱きしめ、おーいおいおいと泣きを続けている。

 わたしは、表面的には仲違いしたり直ったりしながらも、まだ心が完全には通じ合っておらずどこかちぐはぐな主従関係が繰り広げられているのを、貼り付けた笑顔で見ていた。


 ……まあ、ひとまず安心して良いでしょう。

 彼らの関係を案じていた、他の住民たちの心の平穏は帰ってきたのですから。



(Day.64___The Endless Game...)

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