Day.63 ボクと契約して最高の市長さんになってよ!

 人間と違わぬ容貌をした少女・プリンは自らを「天使」だと名乗った。

 それも、全能なる神を自称する創造神のことを「神ごとき」などと揶揄しながら。


「市長さん。ボクを、市長さんの『専属秘書』として雇用してくださいっ!」


 唐突に告げられた提案。少年おれは戸惑いを隠せない。


「え、ええ……秘書ぉ?」

「はいっ! 市長さんは今のところ、お一人で施政なさっていると伺っています! 最近では『商業都市計画まちおこし』も進めていらっしゃるとか!」


 プリンはどこからともなく持ってきた割り箸をパキリと。


「都市規模の拡大を見越した素晴らしい政策ですが、市長さんお一人ですべての業務を賄うのはさぞかし骨が折れることでしょう! ここはひとつ、ボクにも発展のお手伝いをさせてはいただけないかと!」

「は、はあ」

「ボクはこれまでに、いくつもの都市を世界上位ランカーへと押し上げてきた実績があります! あ、履歴書は必要ですか? ポートフォリオもありますよ!」


 ……履歴書はともかく、ポートフォリオはちょっぴり興味ある。いろんな都市の写真とかが載ってるってことだよな?

 しかし俺は首を捻った。秘書とかアドバイザーとか、確かに都市開発ゲームでは珍しくない役職だけれど、どうして最近まで住民ですらなかったような奴が、急にそんなものを志願してくるんだろうか。


(市長の仕事をサポート、ねえ……)


 これまでの都市開発を振り返ってみる。

 確かに市長として開発に関わる決定は俺がほとんど行ってきたけれど、結局は魔法ひとつ使えない人間、俺にできるのはまでだ。その開発をしたのは果たして誰であったか?

 創造神だ。そうだろう? 新しい建物を作るのも、新しい住民を召喚するのもいつだってあいつだ。

 しかも、創造と召喚だけやったら後は放置だったかと聞かれればそうでもない。それぞれの施設へ赴いては住民たちの様子を見たり、俺の衣食住……特に食事と睡眠については口酸っぱく説教垂れてきたり、欲しいものがあればすぐに持ってきてくれたし。先日のコンクールにしたって、わざわざ主催のカードをぶんどってきたのも創造神なんだ。


市長おれ秘書サポート担当って……もはや創造神あいつじゃね???)


 あっちが実質上司みたいな立場であるはずが、やることなすことがモロに秘書そのものじゃね? 創造神は全能なる神ではなく、そこそこ有能な秘書だった!?

 いずれにしても、現状の俺には秘書はそれほど必要ではないような……。


「とぉ〜り、あえず……」


 うっかり声を上擦らせてしまった俺が、カップラーメンを手前にキランキランな瞳を向けてくるプリンへ。


「創造神はまだ、あんたがここへ来たこと知らないってことだよな? じゃあ秘書云々の前に、一応創造神へ話通してから──」

「必要ありませんよぉ!」


 全てを言い終えるよりも早くプリンの両手がこちらまで伸びてきた。強引に俺の両手を掴めばうっかりカップラーメンの蓋に肘を掠めたらしく「あ゛っづ……」と低く呻いたが、それも一瞬のことだ。


「神は所詮神! 創造主でこそあれど施政者にあらず! 大地を作り従属と契約したのであれば、あとは従属にすべて信託するのが、神の本来あるべき姿なんですよ?」

「な……」


 なんだこいつは? 本当にそらの使いか!?

 俺もあまり人のこと言えた義理じゃないかもしれないが、神への冒涜にも限度あるんじゃないか。


「それとも……ふっ、不採用ですか?」


 今度は瞳をウルウルさせながら、


「ボクは市長さんの秘書としてふさわしくありませんかっ?」

「え……い、いや」

「良かったあ、じゃあ決まり!」


 俺の両手をがしりと掴んで離さないプリンは、こんなことを口にするんだ。


「それじゃあ市長さんっ、ボクと『契約』しましょう!」

「けっ、契約?」

「本当は一気にまで上げちゃいたいんですけど、さすがに神の承認なしでは第一からのスタートですね。期間は〜そうだなあ、まずはお試し一ヶ月ってところでどうですか?」


 プリンが早口でまくし立ててくる、要所要所のワードが俺はひどく気になった。

 契約ってなんだ? ステップ?? 承認???

 まるで意味がわからないが、ひとつだけ確かだったのは……──



*****



 三分が経過して、カップラーメンが出来上がるのと。


「契約方法はいたって簡単! ボクの目を見て、市長さんがイエスと頷くだけっ!」


 秘書としての採用と称して、なぜか雇用する側であるはずの俺じゃなくプリンの方から強引に契約とやらを迫ってくるのと。


「まっ、待て! タイム! けけけ契約もなにも、俺っ、一応創造神あいつの……!」






「────ぐぉおおおおおおん、らあああああああああああああああああああああああああああああ少年えええええええええええええええええええええんっ!!!!!」






 突然リビングに魔法陣が展開され、顔を真っ赤にした創造神が修羅場に飛び込んでくるのとは、ほとんど同じタイミングだった。


「こらあ少年! ちょおっと私が目を離した隙に、まぁた乾燥食品漬けの毎日を送ろうと目論んでいるのか!? そうはさせん、そうはさせんぞ!!」

「…………」

「食事と睡眠を抜いて良いのは全能なる神だけだと散々言ってきただろうがぁ! ようし分かった、今日は特別出血大サービスで私が手ずから料理を振る舞ってやるから、夕飯の支度を整えている間に風呂入ってこい! 着替えろその服! 知っているんだぞ少年。その黒服がくらん、三日前から替えていないんだろう!?」


 やっぱり見てたのかプライバシー侵害しんとか、服替えてないことどうして気がついたんだストーカー粘着しんとか、ツッコミどころが多すぎて逆に沈黙を貫いていれば。


「……悪い予感ほど的中するものですね」


 創造神の背後から、ひょっこり顔を出したのはスノトラだった。

 いつになく険しい表情をしながら、まだ俺の両手を掴んで離さないプリンへと腕を伸ばして向ける。指をピンとしていることから、腕はプリンを狙った手刀のようにも見える。


「彼から手を離しなさい──『権天使プリンシパリティ』」


 スノトラの低く冷たい声がリビングに響き渡って、


「あなた、確かロヴンと同じ都市に滞在していましたね? 正当な手段で合意を得ていない者への契約強要は、重大な違反行為です。彼女ロヴンの創造主にわたくしから訴え出ても構いませんか?」


 ロヴンという、コンクールで一度見かけたスノトラと同じ『アース十六』が一柱の名前を口に出せば、プリンは頬をぷくりと膨らませた。


「それとも……まさかとは思いますが、それはロヴンの指示による愚行だと主張なさるおつもりで? あの子は確かに神へ媚び売ることしか能がないアバズレですが、ゆえに『そらの掟』を侵すような危険は決して行わないと、曲がりなりにも同胞であるわたくしが証言します」

「……ふん、『アース十六』ですか。こんな辺境でも目ぇ光らせてるんですね」


 ようやく俺から手を離したかと思えば、完成したカップラーメンと割り箸を両手にふわりと椅子から浮き上がる。

 本当に空を飛べたのかと仰天しているうちに、プリンの体はかすかに光を帯びて。


「出直します。──なら文句無いってことでしょっ?」


 にこりと綺麗に微笑んだプリンが、次第に身体を透けさせては消えていく。

 そのまま、嵐のように現れては去っていったプリンを、俺はただ唖然として眺めることしかできなかった。


 ……そして、俺は当分忘れることができないだろう。

 去り際にプリンと視線を交わした瞬間の創造神が、いつになく困り果てた、あるいは苦しそうな表情をしていたことを。



(Day.63___The Endless Game...)

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