Day.62 天から降ってくる少女は必ずしも運命的な出会いをもたらさない
妖精たちとランチに勤しみ、午後はエルフたちの職員会議に混ざり、夕方はアルパカたちから定例報告と広報活動のプランを聞かされ、
学食は今日は開いておらず、いつだかに創造神からもらったグルメカタログもどこへやったか忘れてしまった。
たまには別に良かろうと、ずいぶん久しぶりに食器棚の引き出しを開け、しまい込んでいたカップラーメンを取り出しかけた、そのときだ。
ピンポーン……。
玄関のチャイムが鳴り、俺は慌ててカップラーメンを引き出しに戻した。
ま、まさか創造神のやつ! 実はどこかから俺のこと見えているのか? 小言か? 「少年よ、私がちょおっと目を離した隙に、また乾燥食品漬けの毎日を送ろうと目論んでいるのか! そうはさせん、そうはさせんぞ」とか母ちゃんみたいな小言をしにわざわざやって来たというのか!?
「いや、でも創造神はわざわざチャイムとか鳴らさないな……?」
なんなら玄関から入ってきた試しがない。急に部屋の中へ魔法陣を展開させて乱入してくるものである。
……もっとも、そういう「突撃! 隣の創造神」みたいな真似ができるほど、現状じゃ俺と創造神の関係はあまり良好ではなかったが。
「そ……そーぞー……しん……?」
俺は恐る恐る玄関の扉を開けた。いつも通りのお気楽な笑い顔を期待した。少しくらいはしょげた面を見せられても構わない。
そこに立っているのが創造神であれば良いなという、俺の些細な願いは……──
*****
玄関前で立っていたのは、俺と同じくらいの背丈をした少女だった。
茶髪で後頭部にお団子を作り、お団子には白いシュシュが巻かれている。花柄のTシャツとジーパンを着てピカピカの白スニーカーを履いた、朗らかな笑顔で立っている目前の少女は、背丈だけでなく年頃さえ俺と近そうに見えた。
そう。彼女はまるで──俺と同じ「
「こーんばーんわー!」
開口一番に叫ぶ少女。
声量がアンプでも入れてんのかってくらいに大きくて、俺はたじろいでしまう。
「突撃! 隣の市長さん!!」
「え……っと、あ……?」
「さっそくですが市長さんのお家を拝見させてください! ありがとうございます! ほほう、木造二階建てにお一人でお住まいですか〜。さすがですね!」
「お、おい。えーと、俺、まだ何も言ってな……」
「隣接の学校は鉄筋コンクリート構造でモダンなデザインを採用なさってましたが、ご自宅のほうを木造にした理由は? 災害対策や防犯は万全ですか? もし対策がお済みでないなら、防犯グッズの保有と地下シェルターの設置をおすすめします!」
少女は勝手に家を上がり、スニーカーを脱いではズカズカと。
カジュアルな見た目とアクティブ過ぎる言動に、アルファとは違う類の陽気さを感じた俺は逆に陰気さを丸出しにしてしまっている。
「──市長さん!」
「え、あ、うん」
リビングで突然振り返った少女に、俺はびくりと肩を震わせた。
「お腹すきました!!」
「……は?」
「どうかプリンに晩ごはんを恵んではもらえませんか!?」
「…………」
どうやら俺の家に突撃した目的は本当に晩飯だったらしい。
俺は口を半開きにしたまま数秒黙ってから、
「……プリン、は、うちには無いけど……?」
「あ〜いえいえ! プリンは名前です! ボクの名前です!」
「……あっ。ああ〜……」
指を自分の頬へ向けた少女に、俺は納得したようなしてないような相槌を打つ。
プリンって、それが名前なのか? 珍しいにもほどがあるだろ。どこぞの
「今、カップ麺しか無いけど……」
「おおカップ麺!! いいですね〜、ジャンキーですね! 一周回って新鮮です! ぜひご馳走になります!!」
「ああ、そう……」
定価百円ちょいのラーメンでも、プリンにとってはご馳走判定されるらしい。なにがなにやら分からないまま、やはり勝手に食卓についたプリンへ、俺はいつのまにかカップラーメンを振る舞うこととなった。
……おっと。
あまりに突然のことだったから、俺は判断を誤ってしまった。
俺がまず、名前よりも先に聞かなくちゃいけなかったのは。
「えーと、ぷ、プリン……?」
電気ケトルで水を沸かしている間に、俺はようやくプリンへたずねた。
まったく見知らぬだけじゃなく、市長の俺がまるで心当たりなかった新住民へ。
「お前は……ええと、創造神に
「神? 召喚? ……あはは、まっさかー!」
椅子の上で両足をパタつかせたプリンは、あっさりと俺の問いを否定した。
そして、次いで放たれたプリンの台詞は俺にはあまりにも衝撃的過ぎたのだ。
「偉大なる
*****
「
「そーですよ!
「……てん、し」
「創造と召喚は神が行使するべき義務ですが、魔法陣の生成はまったくちっとも全然、神ごときの専売特許なんかじゃないんですよ〜!」
人間だと主張されれば疑わない容貌をしたプリンは、自らを天使だと名乗る。
しかも、創造神に召喚されたのではなく、自らの意思でこの大地へ降り立ったのだと主張してきたのだ。
まるで想定していなかった返事に戸惑いを隠せない俺の、不安へ追い討ちをかけるように、ケトルから発された沸騰音がゴポゴポと。
「あ、お湯沸きました? いただきます!」
カップ麺の蓋を開け、ケトルの湯を自分で注ぎ始めるプリン。
創造神がはじめは知らなかったような、乾麺や電気ケトルといった現代文明の産物を完全に理解している天使の少女──果たして本当に少女かどうかは知らないが。
「よっし、それじゃあ本題行きますか!」
「……本題?」
「三分くらいでちゃっちゃと済ませましょうね! カップラーメンだけに!」
唐突に現れたプリンは、市長の俺へ告げた。
この都市の経営者へ直談判という形で──創造神へなんの断りも入れないまま。
「市長さん。ボクを、市長さんの『専属秘書』として雇用してくださいっ!」
(Day.62___The Endless Game...)
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