Day.61 神は従属の心を理解できず、エルフはドワーフの男心をくすぐれぬ
少年が妖精たちと同行していた、昼過ぎ。
学校の職員室でも、エルフの教師たちが集まりランチにいそしんでいた。
休日がゆえに生徒の姿もほとんどない校舎。和やかな雰囲気で包まれた職員室の、しかし隅っこ一角だけは、空気がやたらと
「……どうしてわたしって、いつもこうなの…………」
昨夜、近隣の都市へ合コンに出かけていたスノトラが、ソファに腰掛け机へ突っ伏しては白い長髪をひょこんひょこんと揺らしている。生徒たちの前では決して見せない、賢明で麗しい彼女らしからぬ体勢だ。
「いつまで引きずってんの? たまたま巡り合わせが悪かっただけでしょ。合コンなんかパチンコと一緒で、数打ってなんぼだから」
「初対面よね……会ったばかりよね? どうして初対面のドワーフに、面と向かって『面倒くさそうな女エルフ』って言われなきゃいけないの……?」
「面倒くさそうだったからでしょ。普通聞く? 初対面で『その髭、どこのサロンで剃ってます? どのメーカーの髭剃りで?』とか『女エルフに求める月収は? 身長は? ショート派ですかロング派ですか?』とかぐいぐい聞いちゃう?」
夜が明けてもお通夜モードなスノトラが昼間からワインボトルを開けビーフジャーキーをつまみながら袖を濡らす様子を、合コンに同席したヨルズが言葉では慰めつつも冷ややかに見下ろす。
ちなみにヨルズはスノトラほど交際願望が無いそうで、合コンへはいわゆる数合わせでの参加だったとか。
「聞くわよ普通……大事でしょ収入。一番端に座ってた彼とか、絶対ショート派よ。ずっとヨルズのこと見てたもの……」
「やっぱりあいつ狙いだったんだ? あんたが好きそうな顔とあご髭してたもんね。連絡先もらったからあげようか?」
「やっぱりあなた狙いじゃない! ショート派だったんじゃない! ……今からでも髪切ろうかな」
「やめろ重いわ!」
そして実は、職員室でお通夜モードだったのはスノトラだけではない。
スノトラとは反対側のソファに腰掛け、彼女以上に机へ雪崩れ込むように伏せている創造神が、クリーム色の髪をひょこんひょこんと揺らしている。学校内外すべての関係者を従えるべき、全能なる神らしからぬ醜態を教師陣に晒していた。
「……下がった……絶対ランキング下がった…………」
机に伏したまま、口元を手で覆う仕草。
「まさかゲーム脳都市開発中毒の少年が……『最高の世界』が作れないだなんて……もうだめだ、おしまいだ……あの少年に見放されてしまったら……あとは緩やかに大地が削られ朽ち果て、再び歴史は繰り返されるんだ……滅ぶ……絶対にこのまま滅ぶぞ……うわっ……私の信仰力低すぎ……?」
照明の角度で虹色に変わる両眼からは、わずかに雨粒がこぼれかかっているのをヨルズが目視するなり嘆いた。
「どいつもこいつも……感情だけが先走って非合理的だよ。泣く暇があるならさっさと問題点を洗い出して、現状の改善と自己の向上に徹すれば良いものを」
「改善……そうですね。とりあえず
「却下だスノトラ……この
すると、創造神の言葉にヨルズが首をかしげる。
「信仰力ガタ落ちって……別に落ちてないじゃん? むしろ『
「そんなはずがあるか!」
バタム!
突然起き上がった創造神が、机を両手で思い切り叩いた。最近は神も従属も、机を感情に任せぞんざいな扱いをする輩ばかりである。
「だってだって、三日も口を利いてくれないんだよ? 目も合わせてくれないよ? 怒ってる、少年超怒ってる! 私が悪いのか? 私が悪いんだよな? なら謝るよ、謝るからせめて、私に謝るタイミングくらいくれたって良いじゃないか少年! ああああああああ……」
「そうよヨルズ! わたしになにか落ち度があるのなら、彼の趣味に合わない部分があるなら可能な限り好みの女に近付けるよう、努力する意思は持っているわ! ああああああああ……」
ほとんど同じタイミングで頭を抱え出す創造神とスノトラ。
ヨルズがそんな二人に抱いた心境は単純明快……あ゛〜、こいつら面倒くせ〜。
*****
「ていうか、市長くんが怒っている理由が分かってないのに、表面的に謝罪したところで納得しないんじゃない? 最悪、逆撫でするでしょ」
ヨルズがそう言ってやれば、創造神は頭から両手を離して、
「た、確かに……その通りだヨルズ。ああ困った、私はどうすれば良いんだ!?」
喚き散らかしているのを、向かい側の席からスノトラも耳に入れる。
「これでも、少年とは短くない付き合いなんだ。少年のことは、この
「……杞憂のうちに、ですか。創造神様。市長くんの学校生活が、なんの問題もなく進行していたと……あなたの目にはそう映っていたと?」
「応とも! 少年はたまたまピアノも上手いようだったし、アルファはなんやかんや活躍してくれるし。ましてや商業都市の開発なんて、もろに少年の得意分野だろうから、すべては順調に事が運ぶであろうと踏んでいたのに……」
「……創造神様。あなたは市長くんが、どうして以前の学校を不登校になったかご存知ですか?」
創造神が放つ言葉の節々に引っ掛かりを覚えたスノトラが探りを入れれば、創造神は案の定、少年が抱えた過去の出来事をなにひとつ知り得ていないらしかった。
スノトラは前髪をかきわけ、乱れかかっていた身なりをゆっくりと整える。そしていまだに取り乱し続けている創造神へ、
「……怠慢ですね、
ニート種族と揶揄されることすらあるエルフ族が、渾身の侮蔑を創造神へ告げる。
きょとんと面食らった顔を見せた創造神へ、正確には侮蔑というよりも、いち従属として主たる神に説教を垂れているような口ぶりで。
「従属の幸せがどうこうと日頃から高説なさっている割には、市長くんの幸福を阻みうる懸念材料を払う努力すら講じなかった、実に怠慢で不出来な神様でございます」
「な、なんだって?」
「あなたが彼の怒りを理解できないのは、彼がなにを重んじて市長としての業務に励んでいるかを理解していないからでしょう。……これ以上ヒントを差し上げたところで、あなた自身がお気づきにならない限りは、市長くんの怒りを鎮めることはままならないでしょうね」
スノトラは創造神からわずかに視線を落とし、なにかを思案してから説教を再開する。そのとき彼女の脳裏にあったのは、昨夜惨敗した合コンで得た、数少ない収穫である参加者からの証言だった。
「もちろん、一刻も早い和解をおすすめいたしますが……それができなかったにしても、今はあなたが市長くんから目を離すべきではないかと」
「ど……どういう意味だ、スノトラ?」
「レオン氏も先日おっしゃっていたように、例のコンクールが終演して以降、この
事実、レオンは周囲からの口コミで移住を決断している。
彼は単なるアルファの追っかけに過ぎなかったが、今後は必ずしも、彼のように善意のみを有した者ばかりが移ってくるとは限らないのだと、スノトラは忠告したいようだった。
──そして。
いつまで経ってもドワーフの男心を掴みきれない彼女が、都市の未来に対して抱いた懸念だけは、なぜか彼女自身が想定しているよりもずっと早く的中してしまうのである。
(Day.61___The Endless Game...)
【作者より】
10,000PV達成しました。ご愛読、本当にありがとうございます……!
次に目指すべき地点は★300でしょうかね。引き続き更新に励みたいと思います。ここまで読んでくださっているような方はすでに評価ボタンも押してくださっている気がしますが、もしまだ押してないよって方がいましたら、ぜひ前向きに検討していただけると嬉しいです。
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