Bパート 神様と市長、ケンカ中

Day.60 開発も遠足も計画している時が一番楽しいよな人間風情

 美容師のリザードマン・レオンが新たに移住してきてから、住民たちは彼を中心にあらゆる都市の情報を共有するようになった。


 例えば、妖精のアイツとコイツが最近はなにやら雰囲気だとか。

 例えば、カチク・コーポレーションが自社グッズの開発に着手し始めたとか。

 例えば、エルフの先生たちが近隣都市へ合コンあそびに行ったとか。


 例えば、この都市が作られてから初めて──神様と人間の市長が大喧嘩したとか。


 噂とは一度広まれば一瞬で住民中に知れ渡るものであって、しかも噂が事実であったことを住民たちが察するのも、さほど多くの時間は要さなかった。

 あれから、もう三日が経つ。

 彼らは三日間で一度たりとも、あの二人が顔を合わせたり、言葉を交わしている姿を見ていないのだという。



*****



 学校は都市の中心部に位置しており、対して学校の生徒である妖精たちの大木アパートは、道路と魔力マナのラインが平行する道沿いに進んでも、そこそこ離れた町外れで悠々と生い茂っていた。

 今日はいわば週末みたいな日で、学校の授業も学内食堂の営業も行われていない。妖精たちは大木前の原っぱに布を引き、それぞれがこしらえた弁当箱を広げることで和気藹々とランチタイムを楽しんでいた。

 さながら子どもたちのピクニック。珍しくも、そのピクニックでは妖精だけでなく市長の少年も輪の中に混ざっていた。


「やっぱさ、人間風情。この通りに『商店街ストリート』つくろーぜ」


 アルファが苺を串で刺しながら、サンドイッチを頬張る少年へ提案する。


「あたし、一度通ってみたいお店とか、むしろ働きたいお店とかいろいろあるんだよね〜。そーゆーの、商店街に全部つくろーぜ」

「全部ってのはさすがに欲張りだけど、『商店街ストリート』は大賛成だ。むしろ俺もそのつもりだったしな。まあアルファの場合、都市の宣伝も兼ねたみたいな企画は用意できるかもしれない」


 少年が口をもぐもぐさせながら頷けば、アルファは嬉しそうにガッツポーズした。


 妖精アルファを広告塔にした商業都市計画。

 現状で少年の中で決まっていた施策は、共通通貨の制作と全住民への配布、学校と妖精アパートを繋ぐ道路沿いに商店街の開発、そしてアルファのコンサートライブは毎週末の夜に、学校の音楽堂ホールで開催するという三点だった。

 週末の夜は要するに、学校が営業していない時間帯を狙ってのスケジュール設定だ。どこぞの週末ヒロインも○くろを意識してか否かは、少年のみぞ知るところである。


「レオンの美容院も、今は適当に市長おれの家の隣に配置しちゃったけど、商店街が出来たら移転させてやりたいな。……で? お前ら」


 少年は自分を取り囲み、布の上で羽根を休めた妖精たちに問いかけた。


「通いたい働きたいお店って、具体的にはどんな……──」

服屋ユ○クロ!」

ケーキ屋不○家!」

古本屋ブ○クオフ!」

手芸店ト○カイ!」

家具屋ニ○リ!」

カラオケま○きねこ!」

「生ビール一丁!」

「おかえりなさいませご主人様!」

「具体的過ぎるだろ!? あと、ラスト二つはなんだ? 居酒屋とメイドカフェか? それ、働きたいんじゃなくて単に言ってみたい台詞ってだけだろ!」


 ちなみに、生ビール一丁は店員ではなく客が発するべき台詞である。


「観光客の呼び込みを意識するなら宿泊施設も必須だな。コンサートは夜開催なわけだし、みんながみんな日帰りじゃないだろ?」

「良いっすね〜! 俺、ホテルの従業員とか憧れてるんすよ、まじで」

「あたし、ホテルより旅館が良い。仲居やりたい。着物着たい」

「ああああアルファの着物ぉっ!? 超パネエ、見てえ、まじで尊みがやばい……」


 アルファとベータのカップルが仲睦まじく語り合う姿を、少年は笑みこそこぼさなかったが、内心では微笑ましく思ったものだ。

 ……よくよく考えたら、これから音楽活動を始めるアルファに、彼氏とか存在していて良いのだろうか? まあ別に構わないか。妖精アイドルって触れ込みにするわけでもあるまいし。


「ふむ。……需要に応じて商業施設はある程度厳選するが……それでも、どう足掻いたって人手が足りていないな」


 ひとつの弁当箱を空にした少年が、学ランの胸ポケットから小さなメモ帳とシャープペンシルを取り出す。

 妖精たちの希望を箇条書きにまとめては、独り言のようにぶつくさと。


「新興都市として、移住者をさらに募集する必要がありそうだ。なにより、近隣都市との人の行き来を前提にした、交通機関の整備は最優先事項だ。……駅と役所、つまり『ステーション』の設置ってところか」

「ステーション?」


 アルファが聞き返せば、少年はうわごとみたいに説明を並べる。


「お金とかルールとか住民の名簿とか、町に関わる情報とその管理を一箇所に集約させるための大事な施設だ。施設の内容によっては、よその住民に対してここがどんな町であるかを客観的に示す、インフォメーション的な役割も担うことができる」

「へー。それ、人間風情の町では絶対にある感じ?」

「間違いなくある。役所が無い町なんか存在しない。ついでに、カチクから散々催促されてるグッズ販売と観光ツアーの開催も、このステーションでまとめて実施できればと思っているんだ」

「ふーん……じゃあ、駅は?」


 再び質問を投げ掛ければ、少年のペンを走らせる手が突然止まった。

 顔色変えない少年に、アルファは容赦なくたずねてくるのだ。



*****



「よその町の連中を、どうやってここまで運ぶわけ?」

「どうやって、そりゃあ……創造神の魔法陣で……駅を高台に設置して、魔法陣を置いて、入場チケットを切ったらエレベーターで地上へ降ろす。セキュリティ対策も兼ねた改札はどうしても必要だから、妖精アパートかカチク・コーポレーションの付近で、住民の目に届きそうな立地がベストかな。……いや、騒音問題とか渋滞を考慮したら逆に住居から離した方が良いのか?」

住宅区アパートとか工業区コーポレーションよりも公共施設がっこうの近くでどうよ? 最寄駅なんだから、他の建物から極力離れてない方が良くね? あと、学校なら創造神も常駐してるし」

「……ああ、そうか。確かにな」

「だったら、さっさと創造神に頼んで作ってもらわねーと」

「…………」


 途端に歯切れが悪くなっていく少年。その反応は、アルファには大方予想できるものだった。

 深い息を吐いたのち、アルファは暗い表情を浮かべる少年へ。


「はあ。さっさと仲直りしろよ。神と市長がそんなシケた面してたらさあ、寄ってくる客も寄ってこなくなると思うんだけど? えーぎょーぼーがいッス」


 苺をぽいと口へ放り込むアルファ。少年はアルファに心臓を炎で焼かれたような、いかにも苦しそうな顔をしている。



 仲直り? なんだ仲直りって?

 もしかして少年おれは今、アルファや住民たちから見て──創造神と「喧嘩」したことになっているのか?


 あれは喧嘩だったのか? 喧嘩だったとして、仲直りって……どうやって?

 だってあれは、どう考えても、誰がどう見ても……──■■が悪いじゃないか。



(Day.60___The Endless Game...)

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