Day.59 創造神。お前と一緒に最高の世界を目指していたはずだった

 パカラ……パカラ……ッ。

 すっかり夜が更けこんだ学校の廊下で、軽快な足取りが聞こえてくる。

 パカラ……パカラ……パカパカパカパカ……ッ。

 その足音は次第に早まっていき、とうとう創造神わたしの部屋の扉前で急ブレーキをかければ、ノックもすることなく足音の主は扉を開けた。


「おぉお〜〜〜〜〜っ久しぶりでございます〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜うっ!!!!!」


 私の部屋に喧騒をもたらしたのは、カチク・コーポレーション代表取締役のクロ。


「こんばんは創造神どのっ! お久しぶりでございます、ええ本当に! 最後にお会いしたのはいつ頃Day.28だったでしょうか? もしかして、忘れてません? わたくしたちカチクの存在を記憶から抹消していません? ねえねえ、ねえねえねえねえっ!?」


 部屋へ入ってくるなり、唾を飛ばしながら怒涛の勢いで。


「わたくしのことは嫌いでも、カチクのことは嫌いにならないでください! ということで創造神どの、聞きましたよ!? 美容師のレオンどのから聞きました。なぜ誰も彼も教えてくださらなかったのですか? この世界まちで遂行されている、商業都市計画をっ!!」

 ──……く、クロ。あのさ、今は、ちょっと……。

「わたくしは今怒っているのですう! 商業といえばわたくし! ビジネスといえばカチク! 違いますか? 大事な事業だというのに、仲間外れだなんてひっどーい! 創造神どのと市長の人間風情から精神的苦痛を受けたとして、然るべきところに訴えますよお!? アルパカ保護団体とかアルパカ社長会APAに虐待で訴えます! パッカカカア!」

 ──いやだから……今は、その、少年が……。

「まあ良いでしょう、わたくしはですから今回は綺麗さっぱり差し上げましょう。ではさっそく商業都市計画について、わたくしめから提案が何点か。まずは都市外からお越しの観光客向けに、カチクツアーを開催いたしましょう! 社内の工場を見学し、ロボットたちが油という名の汗を流して働く姿をご覧いただきましょう。そして体験コーナーも設けましょう。その名も『最高のの作り方』。使用する電池は当社で最も安価の商品にしますが、体験料金の内訳は高級ブランドの定価を採用いたしますので、原価率で大幅に儲けることが可能です!」


 寛大とか水に流すとか、ついさっき私自身が口にした言葉をクロが発するたびに、少年が肩をヒクヒクとわななかせる。クロにはどうやら、少年の姿が視界に入っていないらしい。いや、入っていても見て見ぬふりをしているのか? いずれにしても、いずれにしても……おい、クロ!


「体験コーナーといえば、今回の計画では妖精アルファどのが観光大使に任命されているとか? 彼女も確かに広報塔として十分機能するとは思いますが、観光といえばわたくしたちアルパカだって、マスコットキャラクターに大いに向いているとは思いませんか? サイン会・チェキ会・ふれあいコーナー! アルパカグッズも大量生産いたしましょう。社歌を一斉に歌って踊る、パレードも定期開催いたしましょう!」

 ──クロ!

「きっとカチク・コーポレーションは、ただのオフィスとしてだけでなく、この世界まちの素晴らしき観光名所、地域密着型の多目的でアミューズメントなレジャー施設になるでしょう……」



*****



 ──ちょっと黙れえっ!!


 ばんっ!

 私が足を大きく踏みならせば、ようやくクロは「パカアッ!?」と呼吸を止めた。


 うるさい! ちょっと黙っていてくれ!

 私は今、少年と話をしているんだ! 取り込み中だ!

 いち会社の長だというなら、営業をおっぱじめる頃合いはちゃんと見計らってからにしてもらおうか!?


「ななな、なんですか創造神どの!? もしや怒っていらっしゃる? 全能さと寛大さをにしている、あなたらしくない顔を浮かべなさって……」


 どんなに全能で寛大だろうと、私だって怒りたくもなるさ。

 なにせ今、そのアイデンティティのどちらをも、私は今しがた目前の少年に真っ向から否定されたばかりなのだから!


 私だって怒るべきときは怒るとも少年!

 なんだね、黙って聞いていれば言いたい放題……この私に『感情こころ』が無いだって? そんなはずはないだろう!?


「いいや無いね。お前のそれはだ。怒っているように見せたポーズだ。今のクロとおんなじだ。心の底からキレているわけじゃない。このタイミング、この状況であれば他の奴も怒りそうだなって時に、空気を読んで便乗しているだけだ」

 ──空気を読んでなにが悪い? もとより抱く感情も感覚も生命によって異なるというのに、彼らと良き関係を築くため、他の生命と同調してなにが問題あるというんだ? まるで意味がわからないぞ少年。少年こそ、さっきからなにをそんなに怒っているんだ? アレスの件は、少年が怒る必要は……。

「だあから、お前が怒らないのが変だって話してるんだろうが! やっぱりおかしいぞ創造神お前! 普通の考え方じゃねえ。俺たち人間と明らかに感性が違う……!」

 ──人間と違うって……。だって私は神なんだから……なんだよ少年、こうして腹を割って真実を話したと言うのに、なにがそんなに気に食わない? 前の世界と同じ失敗をしたくないから、今度はちゃんと従属たる少年にも、私が考えていること、思っていることを明かしたってのに!


 よく分からないが、とりあえず少年。

 これからは相談なしに勝手なことはしないよ。約束する。少年が今怒っているのはそういうことだろう? 私が以前、他の住民たちに相談しないまま勝手に大地の在り方を決めてしまったから……。

 私だって本望だよ。大地で住まう少年やこそ、私が目指す「最高の世界」……──


「それが違うって言ってんだろ〜があっ!!」


 今度は少年が足を踏み鳴らした。アルパカの軽快な蹄や、私の靴と比べたらさほど大きな音は立たなかったものの、この場で誰よりも怒りの感情をあらわにしているのは間違いなく少年であった。



*****



「住民の幸福? おい創造神、お前言ったよな? このゲームは世界ランキングを上げるゲームだって! 『信仰力』を上げるゲームだって! 俺たちは今、なんのために商業都市を作ろうとしている? ここはなんのための学校、いや神殿だったんだ? お前がさんざん言ってる『最高の世界』ってそれ──なんだよ!?」


 少年は目に涙を溜めたままスケッチブックを拾い上げ、私から踵を返しつかつかと部屋から出て行ってしまう。

 な……ちょ、おい。どこへ行くんだ少年? 私の肖像画は!?


「描いてる場合か、そんなもの! 俺だって市長として、住民が少しでも快適に暮らせて、みんなが幸せな都市を目指してて……でも、神様のお前がその調子じゃ……」


 クロすらも通り過ぎ、廊下まで出ていった少年が立ち止まっては最後に告げた台詞はこうだった。


「わかってない。わかってねえよ創造神。なにが全能なものか。昔も今も、お前は本っっっ当に馬鹿だ! 無能だ! 無知無能だ! 人間じゃねえ!! ……って叫んだところで、お前も今やっぱり平気な顔してやがる……寛大なんじゃない。他人に侮辱されていることを、馬鹿にされていることをそもそも理解していないんだお前は!」


 その言葉が、私の脳裏から染み付いて離れない。

 鈍器で頭をぶたれたような、鋭いナイフで胸を突き刺されたような痛みが私を大きく揺さぶった。



「今のお前が『天神てんじん』になんかなれるもんか……お前と一緒に『最高の世界』なんて、作れるもんか!」



 少年が鋭いことを吐き捨て、廊下を駆け出して行ったのを私は唖然として見送ることしかできなかった。

 その一部始終、修羅場を見物していたクロは、しばらく沈黙したのち静かに「……馬鹿バカにされているって、アルとかけたんですかね、あの人間風情は?」などと、誰よりも空気が読めない洒落を決めたものである。






(Day.59___The Endless Game...)



【作者より】

 例によってAパートはここまでとなります。次回から4章Bパートに突入です。

 都市開発どころの騒ぎではなくなってきましたが、いったい創造神と少年の関係はどうなってしまうのでしょうか……? 商業都市はちゃんと作れるんでしょうか?

 次回以降も引き続きご覧ください。

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