Day.58 大事なのは過去より今だろう少年?/今と昔、なにが変わったんだ創造神?

 創造神わたしの召喚に応じた、この大地で初めての従属は、ずいぶんと不機嫌そうな顔をした人間の少年だった。

 背丈は私の胸くらいまでの高さで、声は自ら低く作っているがまだ子どもらしいあどけなさが隠しきれていない。前髪も後ろ髪も水平に切り揃えられており、少し太めの眉がいつだっての字に折れ曲がっている。

 遊戯ゲームと評した「世界の作り方」に関する、少年自身のこだわりは最初から強かった。加えて、少年が前にいた世界の住民たちも、妙な文化思想を有しているなと私は不思議に思ったものだ。例えば少年がいつも纏っている黒服は、少年が通っていた学校が指定し支給されたころもらしく、学校の生徒たちはそれを常に着込むことで、自分がどこの何者であるかを周囲へ示しているらしい。


「最高の都市せかいを作るんだろ? まずはコンセプトを言ってみろよ創造神」


 ぶっきらぼうで遠慮も忖度もしない少年が、しかし出会って真っ先にたずねてきたのは、少年自身ではなく私の願望だった。

 住民が増えれば、彼らの度重なる注文にすべて応じた。近隣の世界まちで問題が起こればすぐに対処しようとした。神や種族によっては気難しい性分をしている者も少なくなかったというのに、いつのまにやら打ち解けていた。


 ──最初にして、最高の従属だと思った。

 この少年とであれば、私はきっと「最高の世界」を作れるだろう。


 だから私は明かしたんだ。かつての愚かな、私自身の話を。

 今度こそ、包み隠すことなく。



*****



「誰だ? 創造神おまえから世界を運営する権利を──信仰を神様って、いったい誰なんだ!?」


 ──うん? 奪う? 奪うとは物騒なことを言うなあ少年。ちょっと友人、いや友じんに貸しただけじゃないか。


「はあ? 友だちいぃ?」


 ──アレスだよ。


「……あ……れ、す」


 ──少年も会ってみて気が付いたかもしれないが、彼、昔から上昇志向強めでさ。私のような大雑把でお気楽な神様が運営するより、上位ランカー目指してる彼みたいな奴に任せたほうが、従属たちにも都合が良いんじゃないかと思ってね。


「いや、え……は? ちょ、ちょっっっと待て創造神。アレスって……あの『軍神ぐんしん』アレスか?」


 ──そうだよ? 他に誰がいる。だが私の見立てが甘かったというか、彼に大地の権限を一時預けることについて、従属にきちんと理解してもらうための説明を怠ってしまった、私の落ち度というか……。


「待て。待て待て。お前の落ち度? 判断ミス? ……ち、違うだろ? いや違わないけど……それもあるだろうけどさ」


 ──うん?


「それ以前の問題だろ? お、お前に、都市せかいの諸々の権利を明け渡すよう言ってきたのは……アレスのほうなんだろ? お前からアレスに頼んだわけじゃなくて……」


 ──うん。そうだけど?


「……………………え、なんで?」


 ──うん?


「なんで渡しちゃったの?」


 ──なんでって……そりゃあ、アレスの頼みだったからな。私の土地と住民をしばしの間貸し出すことで、相手アレスの信仰力を一時的に高めればランキングも自ずと上がるだろう? 上位に食い込むための地盤固めとしては、時には神様同士、世界まち同士の連携も有効だからな。


「…………」


 ──今だって似たようなことをしているだろう。カチク・コーポレーションの傀儡ロボットたちは、निर्माता भगवानビイ世界まちから借りているじゃないか。


「……そ……創造神ビイの件は、お前のそれとは違うだろ?」


 ──うん? そうか?


「地盤固めという点は同じだ。でもこれは俺たちだけじゃなく、相手ビイ都市せかいにとっても、傾きかかった運営を一旦立て直すために必要な措置だったんだ。片方じゃない、だったんだよ」


 ──あ〜……まあ、確かに?


「対して、お前のそれはどうなんだ? お前自身の都市せかいにとって、アレスの頼みを聞いてやるメリットはどこにあったんだ?」


 ──あ〜、う〜ん、なんていうか、利点がどうこうという話ではないんだがなあ。


「はあ!?」


 ──アレスとは結構長い付き合いなんだよ。私が全能なる神として生を受け、間もない頃からの古いよしみでさ。彼とは友だちだって前から言っているだろう?


「と、もだ……お、お前。お前は、例えばさ。相手が友だちだったら、莫大な額の資金を貸してくれと急に言われても貸すのか? 借金を肩代わりしてくれって言われたらそうするのか? あるいは、自分のために死んでくれと言われれば死ぬのか?」


 ──うん? なんだその極端な例えは? よく分からないが……そもそも私は金を他の神に貸せるほどお金持ちだったことは一度もないなあ。ははは。まあ、借金を代わりに請け負うだけの、が。


「な……きょ、極端なものか。だって、実際、お前の都市せかいが潰れてるじゃないか……!」


 ──ヘルミオネを覚えているか少年? ほら、美貌と巨乳を併せ持った、アマゾン族の彼女。実は彼女、んだよ。


「…………」


 ──私の世界まちが無くなってしまったから、アレスの世界まちへ移ったんだ。もっとも、彼女のほうは従属としての記憶を『無限むげんそら』に回収されているから、生憎なにも覚えていないだろうがね。


「な、んだ、それ……そ、そんなの、アレスに世界まちごと、吸収されたようなもんじゃないか……! なにをそんな、へらへら笑ってるんだ創造神!?」


 ──それは結果論だろう、少年? 私の世界まちが滅んだのも、信仰を失ったのもひとえに私の責任であって……──


「だから笑うなあっ!!」



 ばんっ!

 突然、少年は持っていたスケッチブックを床へ叩きつけた。鉛筆ごと勢いよく投げたものだから、鉛筆は床に落ちた弾みでぼっきりと折れてしまう。

 椅子から立ち上がって鼻息荒くしている少年を、私は座ったまま呆然と見つめた。少年が不機嫌そうな顔をしているのはいつものことだが、こんなにも顔色を変えて怒っている姿を見たのは初めてだ。


 ──な、なんだ少年? 怒っているのか? 私はちゃんと、私自身のありのままをだな……。


「お前こそ、なんで今の話を笑いながら出来るんだ? なにを平気そうな顔してやがるんだ? 創造神、お前こそもっと怒れよ!」


 ──わ、私が? 怒る? え、なんで?? ていうか、誰に怒るんだ???


「アレスだよ! まず先に言っておくけどな、創造神。アレスは絶っっっ対、お前のことを友だちだなんて思ってないからな!? 自分がのし上がるための踏み台か、都合の良いなにか程度にしか思ってねえから!」


 ──え……ええ? なんだ急に……アレスのなにを知っているんだ? だいたい、もし仮にそうだったとしても、なにも少年が怒り狂うことはないだろうに。


「俺はアレスじゃねえよ、むしろお前に怒ってるんだよ!」


 ──ええっ!?


「お前がへっちゃらそうな顔してるからだよ! そりゃ潰れるさ! 世界滅亡けいえいはたんするさ! 都市開発舐めてるにも限度があるだろ! !」


 ──えええええっ!? 唐突な表題回収タイトルコール!?!!? い、今のタイミングでやっちゃって良かったのか少年!?


「ギブアンドテイクって知ってるか? お前がやったのはただのギブだ。ギブアンドギブだ。普通はさあ、アレスにいきなり自分の都市せかいを寄越せって言われたら断るだろ? 断るし、なによりまず怒るだろ!? 普通だったらな! それをお前、お前のその口振りじゃあ、二つ返事、それも無条件で……!」


 ──ええっ、な、えーと……ええっ!?


「自分の都市せかいだろ。神様なんだろ? なんでよその神様に言いたい放題、やりたい放題されて、しかも今も当たり前みたいに会ってるんだ? なんでそんな奴を友だちだなんて呼べるんだ? なんで、そんな風に笑えるんだよ……!」



*****



 いったいどうしたことだろう。

 包み隠すことなく私のすべてを明かした途端、少年がで怒り狂っている。


 そ、そう言ってやるなよ少年。私はアレスのこと、怒ってないよ、別に。

というか、そもそも前の都市せかいの話なんだから、でとうに許しているよ。

 だから少年、一度過去の話を持ち出しておいてなんだが、昔のことは綺麗さっぱり水に流して、ここからは私と少年の今の都市せかいの話をしよう……──


「違う。違う違う違うっ!」


 私が少年を宥めようとしても、その熱は収まるばかりか増す一方だ。

 知らぬ間に夜もすっかり更けこんで、漏れていた他の教室の音も、皆が下校してしまったのか今では完全に静まり返っていた。


「寛大? いいや、違うな創造神。お前は前から自分の寛大さに酔ってるようだが、そもそも寛大な心ってのは、誰かを許す行為ってのは、まずは怒る心を持っていることが大前提なんだ」


 ただ二人きりとなった校舎で、顔を真っ赤に染め、肩を震わせ、目に涙を溜めた少年が私へ言葉を吐き捨てた。


「なあ創造神。お前……お前には、本当に『感情こころ』があるのか!?」



(Day.58___The Endless Game...)

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