Day.56 過去があるから今があるんだろう?教えてほしいんだ創造神
校舎A棟二階中央部。グラウンド全体を見渡せるガラス張りの窓、その正面にどっしり構えた大きな書斎机……。
「あっ!? トレーニングマシンじゃん。腹筋するやつ。なんだよお前、筋トレやってんの?」
指摘された通り、全能にして自然体な私の空間にはふさわしくない、漆黒の機械がどかりと置かれている。学校を創った当初はもちろん存在していなかったものだが、これはそもそも私の意思で置いたものではない。
「まじでビビったぜ。俺より体力ないんだもん、創造神。体もかったいし……そんなんで、よくもまあ全能を自称できたよな」
──う〜ん、だからさあ。私は魔法を使えばなんでも出来ると再三主張してきたんだけどなあ。
「で、どうなんだ? 毎日使ってんの? 腹筋してんのか?」
──し、してない……。三日くらいで辞めた……。
「だろうな。神も人間も変わらないさ。趣味として定着してもいないのに突然トレーニングマシン買ったニワカが、そのまま継続して筋トレとか運動とかしてるなんてケースを俺は聞いた試しが無い」
少年が自分自身の運動不足を棚に上げている間、私はスケッチブックと筆記具、椅子を二脚、書斎机の前で空いたスペースに並べていく。
いきなり肖像画を書くことが決まったにも関わらず、ずいぶんと用意が早いじゃないかと少年に訝しがられたが、私はあえて返事をしなかった。たまたまだよ、たまたま。いつか少年か誰かに私の顔を描いてもらいたくて、前もって準備してました〜なんてことは無い。
*****
スケッチブックを両手に持った少年が、私とは向かい合わせの椅子に腰掛ける。そして仏頂面を浮かべたまま、
「じゃあ……ちゃっちゃと済ませるぞ」
そう告げて白紙に鉛筆を走らせ始める。
これ、今後使う通貨に載る予定のわりかし大事な絵だから、あまりちゃっちゃと済ませてほしくは無いんだが……なるほど、嫌がっていた割にはなかなか手際が良い。絵もそれなりに描けそうだという、神の勘、いや見立ては正しかったようだ。
スケッチを始めたうちは創造神室では鉛筆の音だけが響いていたが、やがて学校の授業が始まる時間を迎えれば、時おり廊下からピアノや合唱の声が漏れてくる。
そういえば、ひとつの部屋で少年と二人きりという状況はかなり久しぶりだ。
学校が出来てからは互いの業務で随分と忙しくなったし、幸いにも最近は多くの住民が移ってきたものだから、少年が彼らに囲まれている時間も増えている。
「…………あ、あんまりジロジロ見られると集中できないんだけど……」
私の顔を観察するべき人間が、なぜか私に観察し返され照れている。
ふっふふ、可愛いやつめ。
「前から思ってたけど、やっぱりお前は変なやつだよ創造神。世界ランキングみたいな開発に関わる大事な部分には実は案外頓着してなかったり、施策を俺や他の住民に丸投げするくせしてさ。やれ食事と睡眠はちゃんと摂れだ、自分の顔をお金に載っけろだ、どうでも良さげな部分にはやたらとこだわりたがる」
私のいる距離からは聞こえ辛い声色と大きさで、うわごとのように呟く少年。
「それにお前って、急に聞いているこっちが恥ずかしくなるような台詞を平然と吐くんだよな。それ普通、面と向かって言うか? ってことをさ」
──そんな恥ずかしい台詞あったっけ?
私は逡巡したが、生憎とてんで心当たりがない。そう少年に返事してやれば、
「だろうな。愛がどうとか、ああいう台詞って本人には羞恥心やら相手をたらし込んでる自覚やらが一切ないから言えるんだよな。……あと、やっぱり創造神のくせに健康志向強いよな? 食事を必要としないとか言いつつ、こないだ学食でアボカドサラダ食ってたろ。それ女子大生とかOLが注文するメニューなんだけど?」
女子大生とかOLとか、私の知らない単語を並べ立ててくる。
私は別に健康うんぬんじゃなく、食べたいものを食べているだけなんだけどなあ。日頃から愛を謳っているのも、私がそうしたいから謳っているだけなんだけど。ほら、全能なる神でも心理を完全に読み取ることは難しいわけだから、感情を言語化して従属に直接伝達するのは、この大地へ召喚した者として当然の責務というべきか。
「そういう台詞が恥ずかしいって言ってるんだけどなあ……」
口をへの字にした少年が、途端に鉛筆を持つ手を止めた。
おっと、よくよく見れば少年って左利きなのか! 実は私たち神様も同じなんだが、いかなる種族でも左利きは珍しいと噂に聞いたことがあるよ。
またひとつ新しく少年のことを知ることができた、と笑いかけてやれば、ぴたりと動きを何秒も止めていた少年が、再び口をゆっくり開いた。
「……いかなる種族もなにも、お前はもともと人間だったんじゃないのか?」
少年はスケッチを再開したものの、先ほどよりも集中がやや削がれているような気がする。
「お前ら神様は、前世ってやつがあるって聞いたぞ。お前は人間が前世らしいじゃないか。……本当か?」
──あ〜、うん。らしいな?
「らしいなって……なんだ、その腑抜けた返事は? お前自身のことだろうが」
──いや〜、そう言われてもね? 生憎と私たちは前世の記憶を引き継げないんだ。覚えてもいない事実を『
「覚えてない、か。まあ、そりゃ……そうか…………」
急に表情を曇らせた少年。
なにをそんなに暗い顔をしているんだ? 別に自分の話でも無いというのに。少年が気に留めるようなポイントはどこかにあっただろうか?
私は少年の反応にかなり不思議がったが、どうも少年は、私に投げかける次の言葉を選んでいるようだった。
しかし、もとより少年は小生意気な振る舞いが目立つ人間の子どもだ。市長という肩書きに反して、成人の政治家みたく歯に衣着せた言動はまったく得意ではない。
結局は単刀直入が手っ取り早いと判断したのだろう、少年は決心した面持ちで──
「じゃあ、前科のほうは?」
*****
──前科?
「前世のことは覚えてなくとも、前科のほうは覚えてるんじゃないのか?」
少年はいかにもバツが悪そうな様子で、それでも質問を止めることがない。
「他の神様から聞いたんだ……お前、前にも一回、違う
私と少年の二人しかいない空間。
どうやら日頃は無遠慮な少年でも、面と向かって直接聞きにくい話をその胸にモヤかけたまま抱き続けていたらしい。
「俺は一応、この
スケッチブックに目線を落としたまま。
「いろいろオープンな性格してるお前が、世界ランキングとか前の世界の話とか、あんまり喋らないのって……多分そういうことだろ? 言いたくないんなら、別に無理して言わなくても良いんだけど……」
……ああ。いや。
遠慮することは無いよ、少年。
なにせ私もちょうど、頃合いを見計らってそろそろ少年には話しておこうと思っていたのだから。
「……教えてくれるのか?」
もちろん、と。
不安げに黒い瞳で見上げてきた少年へ、私は一点の曇りなき笑顔で応えてやった。
教えてあげよう、この大地に根付いた最初の生命。
この生涯で二度目の創造において、従僕に選ばれし少年よ。
全能にして無知だった
(Day.56___The Endless Game...)
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