Day.52 美容師は情報通、美容院は情報の溜まり場なんですよお客さま

 少年いわく、これは二次元ゲームでも三次元リアルでも「都市開発」における常識らしい。


「新しい都市を開発する上で、絶対に必要とされている三つの区画──『住宅区』『工業区』そして『商業区』だ」


 はるか昔にも聞いたことのある単語が並び、創造神わたしはうんうんと頷いてみせる。


 特に優先されるのは、住民が暮らすための『住宅区』。次いで生活を維持するためには労働が必須ということで、住民の数に応じて職場の数も、すなわち『工業区』も増やしていかなければならない。

 そして私が作りし「最高の世界」には、住宅区と工業区はすでに存在している。妖精アパートにロボットやエルフの寮。カチク・コーポレーションはともかくとして……特に創造神専門学校(仮)は、学校としても神殿としても、そしてこの世界で唯一の「学食」という名の商業施設も兼ね備えた、実に多機能な施設で知られる。


「教養が高いエルフの先生たちがたくさん移住してくれたおかげもあって、住民の教育レベルは今も向上し続けている」

 ──そうだな少年。正確には教育は教育でも、音楽に特化したレベリングだがな。

「だからこそ! 俺たちは着手しなければならない。いつまでも学校経営にうつつを抜かしてはいられないんだよ。住民の暮らしをもっと豊かにするため、早いところ『商業区』を作るぞ創造神。商業の発展無くして、都市開発に未来はないっ!」


 一周回って新鮮な感覚だ。

 学校ができてからは、最近は市長というよりも学校のいち生徒として年相応の振る舞いを見せつつあった少年が……開発の話題になった途端、目をらんらんに輝かせちゃってまあ。

 変な笑いを噛み殺しながら、私は少年に問いかけた。


 話は分かったが、少年よ。

 具体的に『商業区』というのは……なにを作れば良いんだ?



*****



 農場は農場、工場は工場、学校は学校、神殿は神殿。

 あるいは住民たちの家など、今までは具体的に作る建物が決まっていたが、商業区とかいう大地の上には、要はどんな建物を作っていけば良いのかな?


「そうだな……簡単に言えば、住民が必要としている建物だ。買い物したり、特定のサービスを受けられるようなお店とかかな」


 少年がそう答えながら視線を移したのは、今まさにヨルズの要望によって臨時美容室が開かれている光景だった。


「ひとまず美容院は決まりだ。レオンだっけ? こいつの職場兼住居にもなる」

 ──ふむ、なるほど。それじゃあ、美容院の次は?

「それは俺一人の判断で決められることじゃない。一度住民たちを集めて、会議しながら計画していくしかないな」

 ──おや、そうなのか? 都市開発のプロフェッショナルこと少年が、さくさく決めていくものだとばかり……。

「たとえば美容院だって、俺は創造神に髪切ってもらってたから別に必要性を感じていなかったわけだ。その商業施設が必要かどうかは、住民によって全然変わってくるんだよ」


 商業区の開発をするに至って、そもそも住民たちが現状何を求めていて、何を必要としているのか、つまり「需要」を把握することが市長の大事な仕事らしい。


「しかも、需要がある施設は全部作ればいいってわけでもないのが難しいところだ。新しい店を作れば自ずと、その店で働く住民も必要になってくる。あと需要ってのは数字のバランスも求められる。学校や美容院みたいに、これからも利用する住民が多く見込める施設でなければいけないんだ」


 若干アルパカたちを連想させる「数字」という単語。

 しかし少年はいたって真剣で、語れば語るほど小難しい顔つきへと変わっていく。この少年をもってしても、商業区とやらの開発には相当手間ヒマが掛かるようだ。



 すると、まだエルフたちの髪を切り続けているレオンが、ハサミとクシを動かしたままでふいに少年へ話しかけてくる。


「失礼ですが、お客さま。もしやこの世界まちは、まだ発展がそれほど進んでいないのでしょうか?」


 召喚した当初から感じていたが、レオンは低く唸るようなダンディな地声と、リーゼントっぽくて若干古い髪型という、ギャップがかなり激しいリザードマンだ。


「ああ……まあな。なにせ俺も世界ランキングやら『無限むげんそら』やら、勉強不足な部分が多くてさ。神殿がようやく出来たって段階で……がっかりしたか?」

「いいえ。率直に言わせてもらえば、むしろ意外です。歴史が浅い世界まちにしては、随分とお客さまがたのチームワークが優れているようでしたので」

「……そ、そう見えるか? どの辺が?? ぶっちゃけ全然だろ???」


 素っ頓狂な返事をする少年に対して、レオンから次に放されたのは、私ですらも思いがけない告白だった。


「当方、実はイザナミ様の世界まちからやって参りました」


 ──……えっ? い、イザナミ!?

 つい最近『妖精女王ティターニアコンクール』で審査神を務めた、あのヤンデレ女神じゃないか!

 どうしてまた、私の召喚に応じる気になったんだ? 彼女は性格こそ若干病んではいるが、世界まちとしては十分に成り立っているし、世界ランキングだって常に中位あたりに入っているのに。


「そういうお話でしたら、創造神様。こちらの世界も、先日からランキング圏外を脱したではありませんか」


 レオンの証言に、今度は少年が驚いて私をガン見してくる。

 いたた、痛い痛い。視線が超痛い。「なんでそういう大事なことを黙ってやがるんだ馬鹿神!」とかいう声が今にも聞こえてきそうだ。


「イザナミ様から例のコンクールの件は伺っています。あのコンクールの影響もあってか、最近は急速に信仰力を伸ばし始めているそうですね」

「まじで!?」

「特に、アルファ様。彼女のパフォーマンスがかのオーベロン様のお気に召したということで、妖精が滞在している世界まちを中心に、巷ではたいへん多くの話題を集めていますよ」

「まじで!? 話題性とかあったんか、あのパフォーマンスが!?」


 まさかの口コミで広がりつつある、アルファという妖精界隈の新星。

 アルファの奇抜な見た目とパフォーマンスもさることながら、どうやらオーケストラ規模で共演者たちが舞台に上がるという、少年たちの手厚いサポートも大きな話題集めに繋がったらしい。

 コンクールの結果こそ残念ではあったが、どうやら挑戦した甲斐はあったようだ。



*****



「当方もぜひ一度、アルファ様の演奏および演技をこの目で直接拝見したいと思いまして、今回は召喚に応じさせていただいた次第です」


 レオンの意外な移住理由に、少年はその場で両腕を組み顎に手を当てて下を向き、なにやら考え事をし始めた。

 十秒、二十秒と時間だけが過ぎていき、ひたすらエルフの白髪を切ったり梳いたり、ドライヤーで乾かしたりしている音だけが教室で響き続ける。


「…………これは……」


 ようやく口を開いた少年が、


「これは、使かもしれないぞ」


 珍しく悪戯な笑みをこぼしたのを私は決して見逃さなかった。

 ど、どうした少年。優等生気質の少年が、またずいぶんと笑い方をするじゃないか。


「創造神。俺は決めた。開発される『商業区』全体的なコンセプト、すべての商業活動の主軸となる、新しい事業ビジネスを俺は思いついた!」


 すぐに住民を学校へ集めるよう、少年は私へ呼びかける。

 こうして始まる、新たな都市開発の幕開け。レオンの登場と証言によって思い浮かんだ、何やら悪い顔で企んでいる少年市長の施策とは……いったい?






(Day.52___The Endless Game...)

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