Simulation04: 観光都市(せいち)
Aパート 商業地区、開発中
Day.51 美容と健康は女エルフのたしなみだから
אתה לא תבגוד בי
(訳:お前は私を裏切らない)
אני לא אוהב אותך
(訳:私はお前を愛さない)
אתה עבדי הנצחי
(訳:お前は私の永遠の下僕だ)
חירה טובה, החיים שלך
(訳:選択するが良い、お前の人生を)
הדרך הנשגבת של "נשגב לה'"
(訳:「神への従属」という崇高なる道を)
教室の独特な板床へ召喚陣が展開されていく。
今回新たに従属を召喚することとなったのは、私の思いつきや少年の施策ではなく、ある住民からの要望による決定だった。
「──いらっしゃいませ、お客さま」
光が収まればダンディで低い地声が教室に轟く。
赤い前髪を逆立て、ストライプ柄のシャツとジーパン姿。目尻にわずかなシワがあるあたり、それほど若い年頃ではなさそうだ……もっとも、あらゆる種族が混在するこの星において、寿命も老若も外見だけではさっぱり判別できないが。
ひときわ目を引いたのは、尻からジーパンを突き破っている硬くて長いウロコの尾。
「ようこそ
左手にハサミ、右手にクシを携えた新顔が会釈のひとつも終わらぬうちに。
「本日のご用件は? ヘアカットですか、トリートメントですか、パーマでしょうか? 当方ではカラーはもちろん、お客様のスタイルやオーダーに合わせた豊富なバリエーションと最新のトレンディを追求しており……──」
「御託は結構!」
理髪師が召喚されたと見るや真っ先に前へ進み出たのは、短い白髪に、赤い目がトレードマークの──
「ぎゃあああっ!? ええええ
「ヘアカットだけでいい。さっさとやって。もう我慢の限界!」
「ひいいいい! お、お許しを!! お願いします命だけはあああああっ!!!」
……あ、ちなみに。
リザードマンにとってエルフは天敵だ。文字通り喰われてしまうため。
*****
召喚に応じたのは、リザードマンの理髪師──レオン。
さかのぼること数時間前。すべての発端は女エルフがひとり、ヨルズが癇癪を起こしたことにあった。
「もう無理。我慢できない。理髪師でも美容師でも、とにかく髪切れるやつを連れてきて。じゃなかったら私、移住する」
ショートヘアへのこだわりが強いヨルズにとって、美容院の有無は移住をも仄めかすほどの重要事項だったらしい。
よくよく見れば、つい昨日まで眉を若干覆う程度の長さだったはずの前髪が、今日は随分と眉の上の方まで切り揃ってある。
……いや、切り揃えたというか…………さてはヨルズ先生、切り過ぎてしまったか?
「私じゃない! スノトラに切られたんだよ!」
そう返事したヨルズに睨まれたスノトラが、生徒を前にしている時の演技ともまた違った素っ頓狂な声を上げる。
「あら。似合ってるわよ?」
「私はパッツンは嫌って言ってるでしょう!? 斜めじゃなきゃ嫌なの。しかもオン眉って。自分がおでこ出したがりだからってオン眉って。ガキか!?」
「子どもに失礼よ、それ? ヨルズはもともと癖っ毛だし、カチューシャとかヘアピンとかで額まで髪上げた方が可愛いと思うの」
「それってあんたの感想だよね? しかも自分の趣味じゃなくて元カレの趣味だよね? 未練たらたらか?」
「……なんですって?」
──あああ、待て待て! やめろエルフたち喧嘩するな!
そこまで口論しなくても脅迫めいた言動しなくても、トリマーの一人や二人召喚するから! 全能なる私にかかればお安い御用だから!
「あんたは良いわよねスノトラ。いつも自分で髪切ってるんだものね」
怒だつ感情が収まりきらないヨルズは、前髪を片手で覆いながら舌打ちする。
──スノトラ、そのロングヘアを自分で散髪しているのか? さすがは『アース十六』が一柱! 楽器演奏に限らず手先が器用なんだなあ。
「けど、どうして他の連中は、プロに散髪してもらえない現状に誰も文句を言わないわけ? 髪も自由に切れない世の中なんか滅んじまえ!」
暴言はなはだしいヨルズに、私は苦笑いする他なかった。ちなみに全能なる私は睡眠や食事を必要としないように、姿形が永劫に変わることがないため散髪する必要がない。
しかし、言われてみれば確かに妙だ。ヨルズが
私はその場で、各々の散髪事情をリサーチする。
妖精たちはもともと自給自足の完全ハンドメイドを信条にしている集団だ。案の定、髪も自分たちで切り合っていたらしい。
カチク・コーポレーションのアルパカたちは、社員のロボットに切ってもらっていたらしい。ちなみにアルパカたちの散髪を担当すればボーナス手当がつくらしく、彼らの体毛がもこもこ伸びるたびに名乗りを上げるカチクが後を絶たないとか。
そして、少年。少年の場合は……──
「ああ、俺? 創造神に切ってもらってたわ」
「……」
「ごめんなさいヨルズ先生、全然気がつかなくて。実は俺、昔から髪は母ちゃんに切ってもらってたから美容院とか行った試しないんです。
「……市長くんマザコン?」
誰が
ともかくヨルズの熱望により、私の世界へ急遽プロの理髪師を招くこととなったわけだ。
*****
しかしまさか、呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーンしたのが、肝心のヨルズを
申し訳ないことをしたなと思っている間にも、召喚された勢いのままに教室が臨時美容室と変貌を遂げる。
「ひ、ひいい……どうかご慈悲を……食べないでください……!」
「うるせえ黙って切れ! 本当に食うわよ」
欲求不満が募り性格がいつも以上に
ようやく散髪が始まれば、専門家なだけあってレオンの手捌きは悪くなく、周りで見物していた他のエルフも「私も私も」と便乗していく。
そんな様子を眺めていた少年が、
「……そうなんだよなあ…………」
しみじみと呟いたのを、私は決して聞き逃さなかった。
どうした少年? 少年も切ってもらうか? 私は別に構わないが、少年の髪はなんとなく私が切ってあげたい気分だな〜。プロにお任せしたい心情は理解できるが、少年の人となりをよく知る神様に切ってもらうのも一興だよ?
「面倒臭いやつだな……じゃなくて。なあ創造神、気がついているか?」
少年は腕を組み、わざとらしく考える素振りを見せた。
「いやさ、俺も前々から気が付いてはいたんだぜ? 見て見ぬ振りをしてたというか、学校経営でそれどころじゃなかったというか。でも仕方ないだろ? こいつに着手すれば、ゲームの特性上終わりがないっていうかキリがないからな……」
──やけに遠回しな物言いだな。結局なにが言いたいんだ?
「つまりさ、創造神。この
少年は拳を振り上げ、突然声を張り上げた。
その瞳の輝き方は、まさしく私が初めて少年を喚んだときと同じような──
「ずばり、この
(Day.51___The Endless Game...)
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