Day.50 都市開発は続くよどこまでも

「偉大なる妖精の王こと僕のハートを射止め、見事『オーベロン賞』を獲得したのは〜……どぅるるるるるるるるるる……っば、ばあ〜ん! 出演番号四十七番!!」



 少年おれは耳を疑った。

 え、今なんつった? この審査委神長、アルファの出演番号を呼んだのか……!?


「おめでとう〜アルファちゃん! この僕に名前を呼んでもらえるなんて光栄の至りだね? さあステージに上がった上がった! ティアラは渡してあげられないけど、代わりに直筆サイン入りの賞状なら渡してあげられるよ? ぜひとも妖精界の家宝にしてくれ!」


 恩着せがましい台詞が聞こえているが、俺だけでなく当人のアルファも何が起きているのか現実を受け止めきれていないらしい。あんぐりと口を開け、羽根以外の全身がすっかり硬直してしまっている。

 するとオーベロンから再びマイクを奪い取った創造神が『オーベロン賞』とやらの正体について語った。


「此度のコンクールはあくまでも『妖精女王ティターニア』を選定するための儀式だ。その席はただのひとつしかない。だがこれほど多くの妖精たちを集めておきながら、特別賞のひとつも用意しないなんて無配慮な真似を、この全能なる私がするはずなかろ──」

「ってなわけで、粋な妖精王のはからいで今回は特別に、それぞれの神が独断と偏見で選んだ『審査神賞』を設けることにしたのさ! そして頭脳明晰なる僕に選ばれた名誉ある妖精がきみってわけ──」

「司会は私だ羽虫! 勝手にしゃべるな! 寛大な私でもいい加減怒っちゃうぞ!」

「あ〜言った! 虫って言ったな!? 妖精に決して言ってはいけない三大タブーを犯したな!? 絶許ぜつゆるだ! 絶交だ! きみとは絶対に交際しないからな!」

「誰が交際するかゴミ虫!」


 無様にも神々によるマイクの奪い合いと詰り合いが繰り広げられる中。


「ちょ……ちょいちょい、ちょい待ち!」


 ようやく声を絞り出したアルファが、オーベロンに問いかける。


「なんであたしっすか!? 五十もいる中で、なんであたしを……だって、あたしより上手でイケてる妖精は他にもいっぱい……みんな、あたしよりずっとずっと凄くて……」


 俺は仰天した。ポジティブの権化みたいなアルファの口から、まさかそんな俺みたいに卑屈なセリフが出てくるとは思わなかった。

 もしかして、アルファのやつ……本番も本番直前までやけに明るく振る舞っていたのは、あれ、わざとだったんだろうか。あるいは、他の妖精たちのパフォーマンスを見たことで、少しでも自分の歌と客観的に比べていたんだろうか。


「選考理由かい? 理由が聞きたいのかい? ふっふーん、それはねえ」


 最終的にマイクを獲得したオーベロンが、もったいぶった様子で数秒ほど悩んでから答えた。


「ぶっちゃけ、きみ……──元カノに似てたかな?」



 …………は?



「…………は?」


 俺の心情とまったく同じ返事をしたアルファへ、オーベロンは言葉を続ける。


「なんていうの? リアル・ティターニアっていうの? 僕たちの気を引こうと健気に歌って踊ってる姿見て、感動しちゃったっていうか応援してあげたくなるというか……父性本能ってやつ?」

「……………………は?」

「僕、優しいから放っておけないんだよね〜。一生懸命頑張ってる子を見ちゃうとさ、声かけてあげたくなるっていうか支えてあげたくなるっていうか?」

「…………………………………………」


 私情の極みみたいな理由を並べられ、次第にアルファも、周囲にいた妖精たちの血の気もさあと引いていく。

 おい、オーベロン。妖精の王だか森神しんじんだか知らないが、音楽の技術も表現もまるで無視した判断基準でアルファを入賞させるのはやめろ! 失礼か! お前のその話じゃ、まるで特別賞というよりも頑張ったで賞とか努力賞とか、コンクールよりも子どもの発表会とかお遊戯会的なアレになっちゃうだろうが!


「どうしたんだい、アルファちゃん? 早くこっちおいでよ」


 アルファを手招きするオーベロンが、直筆サイン入りの賞状を片手に。


「この名誉ある賞をきみに贈ろう。うん、なんだい? 賞状だけでは不満かい? 欲張りさんだなあ。よしわかった、審査委神長の権限で、特別に副賞もおまけしちゃおう。僕が運営している世界まちへの移住権なんてどうだい?」


 アルファはしばらくの間黙っていたが、やがて口を開いたかと思えば──


「……パスで」

「うん? なんだって?」

「オーベロン賞、超いらねえ。パスで」


 ──俺も妖精たちも、なんなら壇上にいた創造神や他の神々ですらも、その場で静かに頷いた。

 音楽堂の空間で生まれた、謎の一体感。


 オーベロン賞、超いらねえ。



*****



 ──……というわけで、『妖精女王ティターニアコンクール』は幕を下ろした。

 ちなみにオーベロンだけでなく、他の神々からも『審査神賞』とやらは贈られた。


 アレスは出演番号三番。選定理由は「妖精にしては躍動感にあふれていた」という素晴らしい筋肉脳。

 オーディンは出演番号十八番。選定理由は「当たり障りなく上手だった」と褒めてるのか貶してるのか分からない。

 ヨーデルは出演番号三十六番。選定理由は裏声で「ヨー、ホー!」だそうだ。この神様に至っては意思疎通すらままならない。


 そしてイザナミは出演番号五十一番。シータを選んだようだ。


「一緒に入賞できてよかったね、アルファちゃん!」


 閉会式が終わるなり、賞状を持ったシータがアルファへ笑顔で飛んでくる。


「優勝できなかったのは悔しいけど、誰かの心に私の音楽が届いたんだなって思ったらすっごく、すごく嬉しいなっ」

「……ああそう。お前の入賞理由って、確か……」

「イザナギ? 元カレさん? と、ラブラブだった時期を思い出して泣いたんだってさ!」


 どいつもこいつも、選定理由がしょうもないんだよなあ。プライベートがだだ漏れだ。

 呆れ返る俺やアルファの表情などまるで見えていないのだろう、シータはうきうきと羽根を動かしている。


「…………ふん」


 結局は受け取ることになった賞状をまじまじと見つめながら、アルファは真顔で鼻を鳴らす。しかしその真顔からは、わずかに明るい眼差しが隠れているようにも俺は見えたんだ。


 他の神様たちと話し込んでいた創造神が、ようやく壇上から降りてきて「楽しかったか?」とアルファに笑いかける。「まあまあ」とうそぶったアルファがはにかんでいるのを、創造神が茶化せばまもなく炎だるまが飛んでくる。

 客席のどこからか口論が聞こえると思ったら、スノトラとロヴンによるどろどろした女エルフのいさかいが起きていて、二人の間でオーディンが眉を下げながら仲裁している。やがて音楽堂ではあらゆる属性の魔法が飛び交い、コンクールとはまったく別の戦いがあちこちで勃発していた。


 戦い、というか──祭りというか。


「少年」


 声をかけられ、振り返れば非常によく見知った顔。


「楽しかったか? 今日の催しは」


 創造神にたずねられ、俺は少しだけ返事を迷いながらも……──


 さあ、俺は創造神になんて答えたと思う?

 教えないよ。この都市せかいだけの秘密だ。



(Day.50___The Endless Game...)



*****

【作者のあとがき】

 いつもご愛読ありがとうございます。長きに渡った第3章「学校」編が完結です!

 3章は本当に書きたい放題書かせてもらいましたので、4章からは初心に帰って、「都市開発ゲーム」のセオリーを思い出すような内容にしていきます。

 いったいどんな施策が繰り広げられるのか……? 引き続きお楽しみください!

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