Day.49 Fairies Happiness 〜すべての妖精に祝福を
音楽堂のステージに光が集中する。
出演番号四十七番、妖精アルファとその共演者たちがスポットライトに華々しく照らされた。
ヴァイオリン、トランペット、ピアノ、ティンパニ……。
このコンクールには曲目や共演者の人数に規定がない。すべての出演者の中で最多となる、総勢四十ものプレイヤーがステージに登壇したのである。
少年は先日、アルファの要望を聞いた時、住民の妖精全員を共演させるのはさすがに多すぎやしないかと肩をすくめた。しかしアルファは答えたのだ。
「全員で出なきゃ意味ないっしょ。そのためにあたしは、ステージに立つんだ!」
さながらオーケストラの様相を呈したステージの中心を、小さな歌姫がひらりと舞う。
(嬉しい……嬉しい! やっと、あたしの夢が叶うんだ)
作り笑いでも見せかけでもない、純粋ではちきれんばかりの笑顔を振りまくアルファがそこにいた。客席で横並びに座っていた審査神たちも、その天真爛漫な姿に感嘆を漏らす。
そうだ──アルファにとっての「奇跡」ならすでに起きている。
夢みたいだ。本当に、このステージへ立つ日が自身に到来するなんて。
一緒に日々を過ごしてきた仲間たちと、同じステージで演奏できる日を、彼女がどれほど夢見ていたことか!
(この
くるくる飛び回りながら、虹色の鱗粉をステージいっぱいに散りばめて。
(サンキュー、人間風情。サンキュー、創造神。サンキュー、スノトラ先生。サンキュー、みんな!)
百年に一度の大舞台を、精一杯に楽しむ妖精の姿がそこにはあった。
歌って、踊って。都市やコンクールに携わるすべての生命へ、胸いっぱいの感謝を喉奥から音に変えて解き放つ。
これは虹色の軌跡、アルファがこれまで紡いできた軌跡にして奇跡。
奏でられた壮大な
(ああ……幸せ。超ハッピーだよ、あたし!)
自分に与えられた五分ほどのパフォーマンス、チャンスが体感ではほんの一瞬のように感じる。
仲間たちにも観客たちにも、今この小さき体であふれんばかりの幸福を分かち合いたい。音楽で伝えたい。あっという間に過ぎ去っていく本番を、アルファは最後まで、全身全霊で楽しんだのだった。
*****
すべての出演者の演奏が終わり、閉会式が始まった。
客席に集まった出演者たちが結果発表を今か今かと待っていれば、舞台袖からステージには五人の審査神たちが登壇し、一番左端に立った創造神がマイクを握る。
……人間相手でも妖精相手でも、コンクールの結果発表というものは、それまでの過程でかけた時間や労力とはまるで不釣り合いなほどあっさり進行し、創造神みたいな司会の口からさらりと出演番号が告げられたりするものだ。
「今大会の優勝者は、出演番号三十五番……──」
優勝というただひとつの栄誉を得たのは、アルファでも、アルファの知り合いだというシータですらなかった。
顔も名前も聞いたばかりの妖精がステージまで飛んでいき、審査委神長・オーベロンから賞状を手渡され、その頭に新たな『
少年はその様子を眺めながら、
(俺たちの出番、後ろの方だったからな……他の妖精の演奏なんかほとんど聴く余裕なかったや)
などと内心でひとりごちた。
するとどこからか、クスンクスンと静かに啜り泣く声が聞こえてくる。シータだ。
両手でしきりに目をこすっているが、その瞳から涙が収まる様子はない。
「ごめんなさい、ロヴン先生……神様……みんな……わたしっ、百年に一度の大会だからって、大事な本番だからって緊張して……手が震えちゃって、いっぱい音間違えちゃった……っ」
脇にいたロヴンが「シータちゃんはよく頑張ったよ」と小声で慰めているのを少年は横目で見る。
誰かの期待に応えられなかった申し訳なさ、思うように自分の実力を発揮できなかった歯痒さ。あのティアラを被るにふさわしくないと、負の烙印を押されてしまった者の悲痛の叫びは、かつて少年も味わったことがある辛さだ。
(そう、だよな……選ばれなかったら誰だって悔しいよな)
少年は唇を引き結ぶ。
少年自身の感触としては、久しぶりの本番にしてはまあまあ上出来だったと思っている。あれほど弾けないと感じた本番直前の不安が、ひとたびステージへ上がった瞬間、アルファの弾けんばかりの笑顔によって知らぬうちに吹き飛んでいた。
楽しかった。上手くいった。もしかしたらミスの一つや二つはしたかもしれないが、あまり詳しく覚えていない。
自分としては満足できるパフォーマンスだった──しかし、目に見えた成果は出せなかった。
(悔、しい……? アルファも、やっぱり悔しがってるんだろうか?)
ふつふつと湧き出る感情を抑えつつ、少年は自分の前方で固まって飛んでいる、仲間たちに囲まれたアルファの後ろ背中へ視線を移した。
もともと『
百年に一度のチャンスをものにして欲しかった。それまでの彼女の努力が報われて欲しかった。何かの間違いでも、偶然でも構わないから。
(でもそんな簡単には起こらないか──奇跡なんて偶然の産物は)
自分のことのように悔しい、と少年は奥歯を噛み締めていれば、壇上に上がったままだった創造神がこんな言葉を後に続ける。
「さあ諸君。
……………………え?
途端にざわつく客席。
創造神から前もって聞いていた話によれば、このコンクールで入賞できるのはただ一匹しかいないと……──
「本大会では、その音とパフォーマンスにより多くの可能性を秘めていると、神々が認定した者に贈られる『審査神賞』を特別に新設した! まずは審査委神長・オーベロンどのによる……って、ちょ、おい──」
「はいはい、僕が発表するよ〜!」
ふわりと羽根を舞わせたオーベロンが創造神のマイクを奪い取り、威勢が良い明るい声で開口一番に告げるのだ。
用意していたサプライズの瞬間、それを聞いて驚く一同の表情を早く見たいとでも言いたげに悪戯な笑みを浮かべながら。
「偉大なる妖精の王こと僕のハートを射止め、見事『オーベロン賞』を獲得したのは〜……どぅるるるるるるるるるる……っば、ばあ〜ん!」
(Day.49___The Endless Game...)
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