Day.48 コンクール最大の敵は他人ではなく昨日までの自分

 妖精アルファの出演番号は四十七。

 二十番、三十番と次々に出演者たちがロボットに呼ばれ、廊下を飛んでいく様子を少年おれは教室の内窓から眺めていた。


 ──この両手に、を抱えながら。


「せ、先生」


 俯きかけると印刷された音符が目に入ってきて、思わず目を逸らしてしまう。俺は震えた声でスノトラに話しかけた。


「やっぱり、先生が弾いてくれませんか? 教師が伴奏で出るぶんにはルール上問題ないんですよね……?」


 頬杖を離したスノトラが組んでいた足をおろし、椅子の上でわずかに身体を傾倒させている。そんな先生の反応が怖くて、俺はやっぱり下を向いてしまった。床の板目が気になってしまう。ああ、新設校なだけあってめっちゃ綺麗だ。

 もちろんスノトラ先生が怖いって意味じゃない。俺が怖いのは……──


「出たくないの? 市長くん。百年に一度の貴重な催しですよ」

「は、はい……」

「市長くんの不安要素はなにかしら? 練習トレーニングは十分おこないましたね? 共演者同士の合奏アンサンブルも、時間・日数・クオリティともに十全だと、スーはもちろんヨルズも指導者として判断しました」


 あくまでも理論的なスノトラの言葉に、俺はちょっとだけ口角を緩めてしまう。

 でも違うんだ、先生。コンクールは都市開発ゲームじゃないんだ。練習かいはつを頑張ったぶんだけ成果が出るんなら、俺は今ごろこんなに両手を震わせてはいない。


 俺だって前は、ここまで緊張するやつじゃなかったんだ。

 親父やピアノの先生に言われた通り練習すれば、全国大会で入賞するのは当たり前にできるんだと思っていた、天下無双な時期が俺にもあった。

 いつから本番に限ってミスをするようになったんだろう。いつから人前でピアノを弾くことを恐れるようになったんだろう。コンクールで入賞できなくても、親父に叱られなくなったのはいつからだったろうか。


 弾けない。まるで弾ける気がしない。

 気負いたくもなるってもんだ。遊びじゃない、コンクールなんだぞ! しかも自分のじゃない。今日はアルファと──創造神が作った、都市せかいの運命がかかっている!



*****



 俺はふと、妖精たちが集まっている教室の隅へ視線を移す。

 本番衣装に着替えた彼らの輪の中心で、アルファが虹色のドレスを着こんではひらりと宙を舞っている。羽根がはためくたびに、天井の明かりで幻想的に煌めいた。


 ……ベータの髪といいアルファの服といい、とことん虹色レインボウなんだよなあ。妖精っていうか、蝶っていうか、蜻蛉っていうか、玉虫?


「だあれがムシだ、人間風情がっ!」


 ごすっ。

 どうやって俺の心理を読んできたんだろう。この表情が語ってしまっていたのか? アルファがきぃと睨んでくるなり、俺の脇腹めがけて一直線に飛んでくる。小さな体で飛び蹴りくらっても痛くも痒くもない……と思いきやハイヒールじゃんお前!


「いってえ!?」

「アルファちゃんの晴れ舞台で、そんなシケた面すんなっ!」


 楽譜を床に落とし、腹を押さえている俺をいまだにアルファは空中から見下ろしている。


「今日の主役メインはあたしなんだけど? 共演者サブのくせして、なにをいっちょ前に緊張してるんすか?」

「サブって……そ、そういうお前は緊張しないのかよ!?」

「全っ然?」


 ぜんっぜえん?

 けろっとした表情で、アルファはラメがまぶされた瞼をパチクリと。


「だってあたし、自信ある。超自信ある。魔力マナも全身にみなぎってるぜ!」


 両手のこぶしを腰に当て、仁王立ちならぬ仁王飛び。

 俺は呆れ返った……おいおいアルファ大先生。お前からみなぎってるその自信、なにを根拠にどっから湧いて出てるんですか!?

 つい最近までカオスでホラーだった音楽センスが、ぎりのぎりぎり及第点にまで落ち着いたような次元レベルのくせに!? スノトラ先生が判断するまでもなくきりぎりす、いやぎりぎりっすよ!?


「そもそも『妖精女王ティターニアコンクール』の審査基準ってなんだ……?」


 深いため息をついてから、俺は床に散らばった楽譜を拾い集める。


人間おれたちが知ってるコンクールは、大概が『技術力テクニック』と『表現力エスプレッション』のふたつの観点で審査されるけどな。少なくともお前は『技術力テクニック』のほうは絶っっっ対に点数稼げないから、ほぼほぼ『表現力エスプレッション』の一点突破だと思うんだよな……つーか、人間と神様たちの判断基準ってどのくらい合致しているんだ? むしろ乖離してるのか? ああ、不安しかない……!」


 ぶつくさ呟いている俺に、アルファは頬を大きく膨らませた。俺が感じているのは不安だが、アルファが抱いているのは、どちらかといえば不満のほうらしい。

 次に放たれたアルファの一言で、俺ははっと顔を上げた。


「難しい顔しやがって……もっとエンジョイしろっつーの」



*****



 楽譜を拾い上げた俺の、つむじのあたりへひょいと腰を下ろす。

 アルファがこうやって俺の頭に乗っかってきたのは、彼女がこの都市せかいへやってきてから初めてのことだった。


「お前はエンジョイしろっての、人間風情。伴奏で一緒に出るのは別にお前だけじゃねーんだから。ていうか……むしろサンキューっていうか」

「え?」

「あんたなんでしょ? 学校作れって創造神に言ったのは。なんつーか、このアルファちゃんを『妖精女王ティターニア』にするためにぃ?」


 頭上から降り注ぐ声で、俺にはアルファがどんな顔をしているのか分からない。

 語尾をやや低めたアルファを、それぞれカラフルな衣装を纏った他の妖精たちが、なぜだかニヤついた表情で見つめている。


「だからありがとう。サンキューベリマッチ」

「え? いや、サンキューもなにも本番は今からだろ? 絶望を希望に変える戦いはむしろここからっていうか──」

「希望どころか、って言ってんの」


 俺にはアルファの言葉の真意が掴めなかった。

 ぽかんとしている間に頭から飛び降りたアルファが、机で自身のチャームポイントである水玉模様のリボンをいじりながら。


「こっから頑張るのはあたしの仕事なんで。人間風情はとにかく、ステージに立ったらエンジョイしてプレイしてくれるだけで十分だから」


 それも、俺はもちろん、アルファひとりで頑張る必要はない。

 同じステージに上がるのは、この教室にいる妖精たち全員なのだから……!


「さあ行きましょうか〜♪ スーの可愛い子どもたち〜♪」

「はあい」


 スノトラの呼びかけに応じる妖精たち。

 観客がいる、審査員がいる。

 パソコンやスマホの画面内ではない、この世界にやってきて初めての本番ステージが俺を待っている。



(Day.48___The Endless Game...)

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