Day.47 ここで会ったが百年目。憎きライバルは必ずこの手でぶっ倒す

 軍神ぐんしんアレス。

 詩神しじんオーディン。

 泉神せんしんイザナミ。

 歌神かじんヨーデル。

 そして森神しんじんオーベロンの五名を審査神しんさしんに迎え、ここに『妖精女王ティターニアコンクール』が開演した。


 創造神はステージで司会進行をし、ステージ裏や校舎の出場者控室など運営に関わる仕事は、すべてロボットたちがスタッフとして引き受けた。ちなみに、昼間からカチクの社員を借り受けているため、ボランティアではなくちゃんと報酬でんちが出る。


 校舎A棟、教室のひとつ。

 出演番号四十七──妖精アルファと、その共演者たちが待機している部屋に、は突然姿を現した。



*****



「アルファちゃん、久しぶりぃっ!」


 鼻が詰まったような甘い声とともに、引き戸を開けて飛んできた女妖精。さらに、女妖精の背後から付いてきたのは、白い髪と赤い目、尖った耳を持つ女エルフ。

 明らかに市長の少年おれが知らない、こことは違う都市せかいからやってきた出演者だ。

 しかしどうやら、アルファはその妖精とは顔見知りだったらしい。一瞥するなり、くしゃりと顔を歪めてあからさまに嫌そうな表情をした。


「げっ……シータ……」

「アルファちゃんも町の代表に選ばれたんだ、すごいねぇっ。同じコンクールに出られるなんて嬉しいっ。入賞目指して、一緒に頑張ろうねぇっ」


 シータと呼ばれた妖精は、フリルが多く付いた真っ白なドレスとパンプスを履いていて、黒のロングヘアはストレートパーマをかけたかのような滑らかさ、化粧も控えめという、目に見えて清純派といった容貌をしている。

 日頃から派手な色合いの服と濃いめの化粧をしているアルファとは対照的だ。いやむしろ、アルファに限らず俺の都市に住んでいる妖精は総じて格好が派手だから、てっきり妖精という種族自体がパリピ系ギャル族なんだと思い込んでいた。


 ──なんだ、まともな見た目した妖精もいるんじゃないか!

 仮にアルファを学校のカースト上位を牛耳るリーダー格と例えるなら、シータはそんなリーダーをカリスマではなく純粋な実力で押さえ込む、カースト最上位の優等生といったところか。

 ちなみに今回のコンクールは、演奏する楽器や共演者の人数に規定がない。シータが手にしている楽器はヴァイオリンだった。


「シータは、自分らが前に住んでた都市とこでエース張ってた妖精っす……」


 ベータが慌てたようにおれの元まで飛んでくるなり耳打ちする。


「まじな話、アルファがこっちに移住パスするって決めたのも、本当は神様にクレームあったんじゃなくて、シータからコンクールの代表枠を取るのが絶望的だったからなんすよ」

「……まじで?」

「まじでまじで。もっと言えば、アルファはシータが超絶キライっす。わざとらしくあざといキャラが生理的に合わないっつって」


 ──うん、キライそれは何となく分かる。

 だって絶対違うカースト層じゃん、あの二匹。でも残念なことに、わざとらしくあざといキャラってのは、俺から見ればアルファもどっこいどっこいだ!


 本番前に分かりやすく登場した、アルファのライバル。

 しかも、ライバルの出現はどうやら妖精サイドだけで発生するイベントではなかったらしい。……世界も宇宙も案外狭いもので、音楽のコンクールでもスポーツの大会でも、同じ界隈のイベントやコンテストはだいたいどこへ行っても顔見知りや、結局は同じような顔ぶれだったりするんだ。


「うっわあ、スノトラさ〜ん☆ お久しぶりです〜☆」


 シータの後ろを付いてきたエルフが、教室の椅子のひとつで優雅に足を組んでいたスノトラへ歩み寄る。

 パーマを内巻きにかけたセミロング。おそらくシータの共演者なんだろう、ピアノの伴奏譜らしき本を片手に、白のブラウスと黒のスーツパンツをぴしりと着こなしている。


「最近違う都市まちに移ったってオーディン様から聞いてたんですけど〜☆ へ〜え、スノトラさんも『妖精女王ティターニア』育成のお仕事してたんだ。同じ大会なんて偶然〜☆」


 フォーマルな格好に反して、非常にフランクな喋り方をするエルフだ。

 スノトラは椅子から立ち上がらず、机に頬杖をついたまま。


「ロヴンは今日は伴奏? 相変わらずに精が出るわね」

「そ〜なんですよ〜☆ でもスノトラさん、めっちゃピアノ巧いですもんね〜☆ 伴奏がスノトラさんより下手だからって減点されたら、ロヴン泣いちゃいます〜☆」

「共演者の演奏は審査基準には入らないわよ。それに私は舞台には乗りません」

「えっ、出ないんですか!? え〜なんで? スノトラさんてば『アース十六』の中でもハンパない実力持ってるから、名簿見て超びびってたんですけど〜? なんだあ、残念。でもラッキー☆」


 ロヴンと呼ばれたエルフは、どうやらスノトラと同じくエルフ族のカースト上位層『アース十六』のひとりらしい。シータの指導者だろうか? もしそうだとすれば、なるほど……あの生徒あってこの先生といったご様子だ。


「スノトラさんには悪いんですけど〜、今回はこっち、本気なんで〜☆」


 指先でくるくるとパーマをかけた毛先をいじりながら、


「神が迷信ジンクスとか、ちゃんちゃらおかしいって正直思いますけど〜☆ シータちゃんが『妖精女王ティターニア』になれば、滞在してる神が新しいドワーフいっぱい連れてきてくれるって言うんですよ〜☆」


 つけまつげでパチパチとまばたきしたロヴンが、厚めの唇を歪ませる。


「あ、スノトラさんもこっち来ます? 合コンやりましょ〜☆ 最近、前の都市まちで別のエルフと浮気されて別れたんですよね〜?」

「……」

「あ〜そっか、別れたから移住したのか! 失礼しました〜☆ でも『アース十六』相手に、元カレさんも浮気相手も度胸ありますねえ☆ なんで浮気されたんですか、っていうか? ま〜た尽くし過ぎて、重い女だと思われちゃいました?」


 ──……俺の気のせいか?

 アルファよりも、スノトラ先生のほうがはるかに深刻な移住理由だけど? 本番直前にとんでもないプライベート事情を暴露していくじゃん、この地雷エルフ女!?


「新しいドワーフおとこ紹介してほしかったら、いつでも相談乗りますよ〜☆ あたし、仕事がデキるスノトラさんのことめっちゃ尊敬してるんで〜☆」


 電光石火がごとき勢いで、ロヴンはシータを連れて自分の控室へ引き返していく。シータも屈託ない笑顔でアルファに手を振りながら「ステージで会おうねっ、アルファちゃん」とか言い残しながらフラフラと教室を去っていった。



*****



 引き戸が閉じられ、普段は騒がしい他の妖精たちもさすがに静まり返っている中。


「……す、スノトラ先生…………」


 俺は恐る恐る口火を切った。


「今のエルフは……その、友だちですか?」

「肩書きとしては同胞です〜♪ 『アース十六』が八番目の使者ですから〜♪」


 にっこにっこと普段以上に薄い唇を横へ広げたスノトラは、


「でも残念、ロヴンとは天地がひっくり返ってもお友だちにはならないですね〜♪」

「そ、そうですか……」

「『無限むげんそら』からの評価ばかり気にして、彼氏おとこ都市まちもころころ変えちゃう尻軽女ですもの〜♪ 彼女、よっぽど『天神てんじん』とお近づきになりたいみたいで〜♪」

「そう……ですか……」

「不思議ですね〜市長くん♪ ああいう頭と尻の軽いエルフに限って、なぜかドワーフにはすっごくモテちゃうんです〜♪ お馬鹿さん仲間だからかしら〜? 世界ランキングや神様のシステムよりもずっとずっと不思議な現象……つまり」


 ようやく椅子から立ち上がり、いまだに廊下へ消えていったシータの背中を視線で追っているアルファに声をかけた。

 アルファもまたシータのことを忌々しそうに見据えていたが、


「アルファちゃん?」

「うっす」

「さっきのエルフの先生はね〜♪ 演奏のランクはともかく、スーがムカつく女ランキングでは圧倒的一等賞なんです〜♪ あとは〜……言わなくてもわかるわね?」

「へ〜、ぐ〜ぜんだね先生。あたしもシータが、妖精史上一番ムカつく女なんすよ」


 拳を強く握りしめたアルファが指を解くなり、小さな手でスノトラの綺麗な手を取った。力強く頷いた二人が、互いの目的は同じとでも言いたげな様子で口を揃えた。

 あたかもそれが、コンクールの優勝よりも重要な目標かのように。


「嫌いな女妖精は倒そう!」

「嫌いな女エルフは倒しましょう!」


 ──……う、うん。

 利害が完全一致した女の結束力は、先生と生徒の信頼関係よりもずっと強い。




(Day.47___The Endless Game...)

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