Day.54 いらっしゃい諸君。金の棒を1ダースいかが?

 少年によれば、商業都市を作るにあたって手初めに作らなければいけないものがあるらしい。もっともそれは、今に限らず以前から「無い無い」言われ続けていたものではあった。


「さすがに必要だよな──『お金』」


 少年の言葉に妖精たちはともかく、エルフはやや強めに頷いた。


 それは例えば、金貨や銀貨であったり。

 それは例えば、紙幣の類であったり。

 私の世界ではまだ存在していない、今後の商業活動では決して欠かせないであろう代物だ。


「むしろ、よくもまあ今まで、硬貨のひとつも無しに経済が成り立っていたわね」

「今までは住民同士、物々交換と自給自足で済んでいたんですよ。けどこれからは他の都市とも繋がっていかなくちゃいけないから、さすがに経済システムを見直さないといけませんね」

「ふうん……ずいぶんと原始的な文明だったわね」


 声に呆れの感情を乗せたのはヨルズだ。

 彼女らエルフの先生方は、なんたって『アース十六』が一柱のスノトラが連れてきた女傑たちである。おそらく前にいた世界まちでは、もっと現代的で先進的な文明の中で生活していたのだろう。学校だけはガラス張りのモダンなデザインだったが……。


「もし近隣都市の住民が観光目的でこっちへ来た場合、相手が自分の都市で扱っているお金を、こっちの都市で使えるように換金する必要があるからね」

「外貨両替ってやつですね。言葉にも英語という共通語が存在しているように、まずは俺たちの都市で共通通貨を用意しないと……」


 少年は両腕を組んで考え込んでいる。

 確かに難しい話だろう。少年は市長といえど子どもだからな。だから、外貨両替のレートとかを考えるのはスノトラや他の見識者たちに任せれば良いんじゃないかと、私は少年に提案した。

 すると少年は首を横に振って、


「いや、俺が悩んでるのはそこじゃなくて……」

 ──うん?

「お金の形を……どうしようかなって……」

 ──え? 形?


 私は訝しんだ。いやいや少年、システムや相場の方はともかくとして、お金の形状は別に悩む部分じゃないんじゃないか?

 例えばほら、少年は日本とかいう国に住んでいたのだろう? かの国に倣って、千円札とか百円玉とか作れば良いんじゃないのか?


 すると少年は組んでいた腕を解きざま、ばん! と机を両手ではたく。


「何を言っているんだ創造神!」

 ──うん?

「お金だぞ? 日頃の生活を強く象徴付けるアイテムなんだぞ? なんなら、食べ物や住居よりも遥かに重要だ! そんなもの、デザインから考え直すに決まっているだろう」

 ──え? デザインそこから?

「そんな既存の国に頼った思考回路じゃ、他の都市の住民が興味を惹くような真新しい都市せかいは完成させられない! 先に言っておくが創造神、異世界やゲームでありがちな『ゴールド』とかいう単位はもっての外だからな?」


 少年いわく、お金の単位が「ゴールド」な世界観の異世界を舞台にしたファンタジーは決してを名乗ってはならないらしい。

 …………い、いやあ〜〜〜わからん! どういう意味だ?


「……いや、わからないなら別に良い。これ、わりと界隈で喧嘩の種になる話題だから。とにかく、今議論すべきはよその世界じゃなく、この都市せかいにふさわしい通貨の設定だ」


 自ら発言しておいて、その言葉の真意をはぐらかした少年がおもむろに机へ何かを並べ始める。

 学校へはリュックサックを背負って通う派のようで、そのリュックサックは本やらタオルやら、随分とぎっしり中身が詰まっている。明らかに重そうな荷物だが……そんなものを毎日背負っているのか? ははあ、さては少年、が苦手なタイプかな?

 そして少年が取り出したのは──ペンケースだった。



*****



 ペンケース──正確にはケースに入った鉛筆。

 それもなぜか、本当に鉛筆ばかりが入っている。消しゴムとか定規とかはどうした? おいおい少年、リュックばかりが大荷物で、中学生が今どきシャープペンシルの一本も持ち歩かないなんて珍しくないか?


「いつもはちゃんと持ち歩いてるよ。今日だけだ」


 お菓子の空箱に鉛筆を移し替えながら。


「この学校を軸に商業都市を作っていく。そういう話だったろう? だったらお金も、都市のコンセプトに合ったデザインが良いんじゃないかと思ってさ」

「あらあら〜♪ もしかして市長くん──『鉛筆それ』がモデル?」

「はい。今後この都市まちでは、ペンケースくらいの箱に収まるような棒状のお金を普及していこうと思います」


 どうやら少年はすでに、新しいお金のデザインについて検討を付けていたらしい。

 円やドルに取って代わるお金の「単位」はまだ決めていないものの、均一の長さに切り揃えた棒切れ、その価値の高低を色や長さの違いで設定したいのだとか。


 そのお金は、一見すれば少年や学校の生徒先生たちが持ち歩く筆記用具。あるいは少し穿った見方をすれば、やや長めなタバコの箱っぽさもあるかもしれない。


「具体的な価格設定ができたら、最初はすべての住民に、十二本一ダースで箱に詰めて配布するつもりだ。もちろん体が小さい妖精たちでも運べるよう、軽量化にもこだわってデザイン設計するつもりだ」

「あ〜、それは大事っすねまじで! どこの町も硬貨とか、じゃらじゃら入った袋ぶら下げるの重くてだるいんすよ、まじで」


 ベータも少年の提案に喜んでいる。どうやら誰も異論ないようだ。



 私も無論、せっかくの少年の提案を無下にするつもりはない。

 ただひとつだけ……お金が棒状と聞いて、全能なる私はほんのちょっぴりうずうずするわけだ。


「うん? どうした創造神?」


 私のあいまいな微笑みに気がついた少年が、怪訝そうに私を見つめてくる。

 主張すべきか否か悩んだが、私はひとつだけ少年に注文をつけるんだ。


 ──な、なあ少年よ。

 例えば少年が前いた日本せかいでは、その紙幣に偉人の肖像画が描かれていたそうだな。


「え? ああ、まあ……万札イコール福澤諭吉っていう共通認識は、日本人の中では持ってるよ?」


 これは、新たに創造した世界での、神としてのひとつの憧れ。一種の社会的ステータスみたいなものだ。

 せっかく新しいお金を生み出すというのなら、少年よ。

 創造神わたしの顔って……どこかに載っけてくれたりしませんかねえ?



(Day.54___The Endless Game...)

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