Day.43 市長も教師もやるべき仕事は同じですよ市長くん

「あとくらいが限度か……」


 昼下がりの教室。


「そろそろ『学校編』も畳まないと、これが都市開発ゲームってこと忘れられるな」

「何のお話をしてるのかな〜♪ 市長くん?」


 スノトラ先生の個人レッスンを受けながら、グランドピアノの前で呟く少年おれ

 この都市せかいの市長になってどれくらいの月日が流れただろう。住民も随分と増え、新天地ではとうとう学校にも通い始め、俺はそこそこに日々の生活を満喫していた。


「学校ってなんだかんだ大事な教育施設ですよね……」


 急に悟ったような口ぶりを見せれば、スノトラはこてんと俺の隣りで首を傾ける。うわ、先生可愛い。あざとい。自分を可愛く見せる技術テクニックを心得たエルフじゃん。


「『開発ゲー』は道路とか区画とかダラダラ引いてるうちに一日過ぎていたりして、働いた時間と開発の進捗がとして視覚化しづらいんですよ。その点、学校は固定されたスケジュールの中で進めなきゃいけない課程カリキュラムが決まってて、限られた期間で生徒の能力スキルを一定量上げる『育成ゲー』としては合理的な舞台ステージっていうか……」

「そうなの? スー、人間の学校スクールとか遊戯ゲームにはあんまり詳しくないから〜♪」

「学校のスケジュールを基準ベースに、二十四時間のうち残った時間を有効に活用できるって寸法です。生活リズムって、こういう風に作るんですね……学校行かなくなると、ゲームするか寝るか食うかで一日のスケジュールめちゃくちゃだからな……」


 スノトラは人差し指をあごに当て、考える仕草をしてから答えた。


「でも学校って〜♪ 同じ場所でみ〜んな同じ科目スタディをしないといけないから〜♪ その子が必要な能力スキルだけを伸ばしたいなら、学習効率はあんまり高くないってスーは思うわ〜♪ 無駄なお勉強をさせ過ぎちゃうし〜♪ 先生も余分にいっぱい働かないといけなくなっちゃうから〜♪」

「義務教育の難点ですね……ていうかスノトラ先生、なんだかんだ真面目に授業してくれますよね。エルフはニート種族なんて創造神は嘘っぱちだな」

「優秀なエルフは必要な仕事量と生徒との適度な距離感をきっちり掴めるんです〜♪ それに〜……」


 あごから唇へと指を滑らせ、スノトラは少しだけ悩む素振りを見せてから、


「スー、女の勘で分かっちゃうんです〜……あの方、キレるとほ〜んのちょっぴりキケンなタイプ」

「キケン……? まあ、母ちゃんみたいなキレ方することは時々ありますけど……」


 スノトラの作り笑いに今度は俺が首をかしげたが、創造神の性格の話なんかで貴重なレッスン時間を浪費するわけにはいかない。

 俺は学校が始まってから一番気になっていた、大事なことをスノトラにたずねた。


「アルファは……妖精アルファは、どんな調子ですか?」



*****



 前髪をかき分けたスノトラは、もちろん気のせいだろうけれど、その赤い瞳を数秒かけて穏やかな色に変えたように見えた。

 数秒の沈黙を経てから口を開く。


「すべての種族においても、能力スキル技術テクニックがすぐに向上することはあり得ません」


 わざとらしい上擦った声ではなく、少し低めの落ち着いた声色で答えるスノトラ。


「都市だって、土地を開拓してまもなく発展はできないでしょう? 言い換えれば、絶え間なく怠ることなく開発を続ければ、いかなる種族や個体でも成長することができます」

「そうじゃなくて……」


 スノトラのやや遠回りな返答で、俺はわずかに業を煮やす。


「成長した、どうなるんだって話ですよ先生。アルファは『妖精女王ティターニア』とやらになれますか?」


 なれる、と即答しない時点で結果はすでに見えている。


 人間の俺にとっても常識だ。

 音楽にしろ魔力マナにしろ、すべての種族や個体において、努力で得られる後天性の「経験」とは別に、生まれながらに差がついている「才能」というものが存在する。

 あれほど「全能なる私」と豪語している創造神ですら、エルフたちの日課だという朝一のジョギングに混ざっただけで、あっさりと全能性を失った。あいつ、引きこもりの俺以上に運動音痴じゃん。体力スタミナ足りてねえじゃん。ステータスを魔力マナに全振りした魔法依存者じゃん!


「……どうして市長くんが妖精女王それを気にかけるの?」


 質問を質問で返したスノトラが、さほど不思議そうでもない表情で俺の目を見つめてくる。


「もちろん、天神てんじんの選定と妖精女王ティターニアの誕生には深い関連性があると『無限むげんそら』のデータには上がっています。妖精女王ティターニアがこのそらに生まれ落ちる確率は、神が新たに誕生するよりも低い、奇跡の産物とも言われています」

「そ、そうなんですか? 初耳なんですが……」

「なんでも『千年に一度の妖精女王ティターニア』だとか」

「千年に一度の美少女かよ!? どっかで聞いたことあるフレーズですけど!」


 要するに、とスノトラは改まった態度で。


「奇跡の産物である妖精女王それを、真に選ばれし者にしか与えられない称号それを、妖精でもない市長くんがどんなに外野で待ち望んだとて、アルファちゃんや他の妖精たちの現状を変えることはできません。時間の無駄です」


 わずかに言葉尻を強めながら、今度は俺に詰め寄ってくる。


「先生には先生の、市長くんには市長くんに求められている仕事があります。アルファちゃんの心配をする暇と頭脳が余っているなら、その頭は、創造神様やこの都市をより効率よく発展させるための政策考案に使うべきだとスーは思います〜♪」

「スーは思います〜♪ って語呂良いですね……」

「市長くんがアルファちゃんを大〜好きなのはよく分かったけれど、必要以上に当事者意識を持って、彼女の夢や才能に無駄な責任を持とうとするのはやめた方が良いんじゃないかしら?」

「…………」


 当事者意識──無駄な責任。

 もっともな正論をぶつけられ、俺はその場で俯いてしまう。確かに俺は市長でこそあれど、学校の先生でもなければ音楽の専門家でもない。

 もちろん都市せかいの発展のため、世界ランキングのためにも『妖精女王ティターニア』が欲しいという下心はある。しかし単に女王が欲しいだけなら、最初から優れた音楽力を持っている妖精を移住させれば良い。


 分かってるんだ。

 頭では分かっているんだけれど……。



*****



「『妖精よ大志を抱けFairies Be Ambitious』……」


 いつだかにアルファが口ずさんだ言葉。スノトラは眉を小さくひそめる。


「え? なあに市長くん?」

「あいつはパリピ系ギャル族で、好きどころかむしろ苦手なタイプだけど……自分で掲げた夢のために一生懸命努力できる、アルファの無駄なポジティブシンキングは嫌いじゃない」


 俺は俯いたまま、小さな声でつぶやいた。


「自分で夢や目標を設定できて、自分で選んだ道を自信持って突き進めるなんて、それだけで十分すごいじゃないですか。周りにもちょくちょく反対されてるのに、諦めようともしないじゃないですか。──全部、



 ゲームのチュートリアル通りじゃない。

 自分で夢や目標を選び、自分で決めたルートを進み続ける才能。


 俺にもそんなスキルがあったなら、今ごろもっとマシな人生を送れたのだろうか。

 よその都市せかいや住民のためじゃなく、他でもない俺自身のための人生を。


 天神とか、妖精女王ティターニアとか。

 そんな大それたこころざしなんて、俺は一度たりとも抱いたことがないのに。



(Day.43___The Endless Game...)

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