Day.41 ロボットに心あっても音楽に心は込めなくて良いんだよ

【作者のまえがき】

 今回は「都市開発」要素も「シミュレーション」要素もほぼありません。皆無です。作者の趣味全開なお話となっておりますが、どうぞ温かい目でご覧ください。

 え? もともと作者趣味全開の小説だろJK? 今更タウン?? 昨日までやってたランチの話も、なんなら学校編が「都市開発」関係ねえだろって???

 ……ああ…………そうですか…………。

*****






 ぶん、ちゃっちゃっちゃっ。

 ぶんちゃっ、ちゃっちゃっ。


 新たに開講されたロボットクラスの教室で、なんの変哲もないCメジャーがグランドピアノから鳴らされる。

 狭い室内に集まった五十機弱の生徒は、関節を軋ませながら「カチークカチク」と伴奏のリズムに合わせて歌い踊った。……ちなみに創造神わたしは、妖精もロボットも、エルフの教師陣に至るまで『カチク』の社歌以外を歌っている現場に立ち会ったことがない。


「……はい。そこまで」


 A教室の担当教師──ヨルズ。

 スノトラが連れてきた、知り合いの女エルフの一人だ。エルフ特有の白髪と赤目、淡い色のオフィスカジュアル系スーツに高めなヒールのパンプス。髪こそボブだが、そのファッションは取り立てて列挙するべき点がなく、妖精アルファに言わせるところの「量産型ふつう」というやつだ。私に言わせれば、知性の高さがゆえか、周囲から浮かず目立ち過ぎない無難な格好とも言える。

 ヨルズはひと通り社歌の伴奏を弾き終えると、ピアノ椅子から立ち上がり……。


「きみたち、トータルで『低性能ロースペ』だね。不採用。さよなら。もう帰っていいよ」


 ……いや、ヨルズ先生。

 学校ここは「会社」じゃないから採用とか不採用とかないんですけど!?

 指導のひとつもしないまま生徒を帰すな職務放棄ニート



*****



 妖精クラスを開講したときと同じように、ロボットたちにも「入学試験」という名の事前性能スペック調査は行われている。

 数百機の新入生に合わせ、エルフの音楽教師も新たに十人増員された。これで夜の通常授業は五十人で一クラスの集団レッスンができるようになったわけだが……。


「ご、ご指導ご鞭撻よろしくお願いします!」


 見学がてら授業を受けにきた少年が、機械音に混ざりながらも大声で挨拶する。スノトラに次ぐ新しい先生の授業に、元不登校の少年が期待に満ちた目でヨルズを見上げていた。

 無機質じゃない少年の純朴な瞳。いくら怠慢気質なエルフ族といえど、きらきらの目を向けられてもなお「帰れ」とはさすがに言えなかったらしい。

 ヨルズは小さくため息を吐き、ホワイトボードまでかつかつと歩み寄る。


低性能ロースペとは言ったけど、きみたちは全クラスで比較すれば一番性能スペックが高い生徒なんだよ、一応。入試受けたでしょ?」


 なるほど、と教室の隅で見学する私も納得する。どうやらロボットたちは、エルフたちの審査によって成績順でクラス分けをしたらしい。

 ヨルズは黒ペンできゅきゅっとボードに文字を書いていく。入試で個々の性能スペックを審査した際、どんな基準で点数が付けられたのかを箇条書きで示しているようだ。


「『音感ピッチ』『拍感リズム』『調和ハーモニー』の徹底は常識。音感ピッチに関しては、この集団グループでは四四〇ヘルツがAアーの音という共通認識を持つのであれば、Aアーを発音しろと先生こっちが指示しているのに、意図して四四〇ヘルツを発音できないやつは、技術スキル不足として減点される」

 ピアノの鍵盤でAアーの音を叩きながら、

拍感リズムも同じ。先生こっちが手を叩いたら、同じタイミング同じ速さ同じ回数で真似して叩けないやつは、リズム感覚が不足していると判断せざるを得ない」


 すると、ロボットの一機がぎししと挙手した。ヨルズの指名を受けたロボットが質問を投げる。


「センセイ。『ハーモニー』ハ、ナンデスカ?」

「音楽の三要素のひとつ。四四〇ヘルツのAアーだけ発音したって、それはただの『音』でしょう? 個人ソロで鳴らそうが集団グループで鳴らそうが構わない。複数の音を発音すれば『和音ハーモニー』になるし、複数の音を発音すれば『音律メロディ』になる。つまり、複数の音を鳴らすことで『音楽』は初めて成立するってわけ」


 すると今度は、別のロボットが挙手した。少しだけもの悲しげな表情で、そのロボットはこんなことを口にする。


「デモセンセイ、ボクタチ『ハーモニー』ガナイッテ、カイシャノ『ヒト』ニオコラレマシタ」


 私は内心でのみツッコんだ……多分、ヒトじゃなくてアルパカだよな?

 カチクの支社で働くロボットたち。彼らには著しく音楽センスが欠けていると、しばしばアルパカたちが嘆いているのを私も耳にしたことがある。


「ピッチ、リズム、ボクタチハウタエル『スペック』アリマス。デモカイシャノヒトニハ、ハーモニーガナイッテ……」


 おそらくアルパカたちの言うハーモニーとは、まさしく「調和」のことだろう。

 みんなで同じ音を歌っているはずなのに、正しく踊っているはずなのに、それでもアルパカたちに言わせれば、自分たちと同じ「音楽」を演じることができていないとの酷評。



 私はロボットの話を聞いて、ふとこんな言葉を思い浮かべた。

 神様界隈でも議題にのぼることは多い。なぜ彼ら傀儡ロボットは、魔力マナがあっても音楽力が著しく低いのか。


 音楽とは、ときに同じ音を奏で、ときに同じ音を聴くことで、その感性を共有して然るべきもの。

 音楽を通ずるは心を通わせると同義ともよく言ったものだ。


 要するに、ロボットたちが足りていないのは技術スキルではない。

 彼らに足りないもの、傀儡であればこそ持ち得ないもの。

 それはずばり……──



とか、そんな具体性皆無アバウトな回答が『無限むげんそら』でまかり通ると思ってるんなら、即時解体するよ低性能ロースペども?」


 ──……えっ?

 不正解ちがうんですか、ヨルズ先生!?



*****



 面食らう私には目もくれず、ざわつく教室でヨルズは言葉を続けた。

 極力働かず、決して無駄な仕事をしないと有名なエルフ族が一人、ヨルズ先生なりの音楽論にして指導方針。


「だから低性能ロースペなんだよ、きみたちは。正しく歌って踊れる? その正解って、いったい誰の基準?」

「どういう意味ですか先生?」

「会社は言われた通りの仕事をしないと怒られるだろうけどね。音楽に関しては、先生の言うことが全部正しいと思ったら大間違い。なぜならその正しさは、先生が自分で練習して学習して実践して経験積んだ、その先で初めて獲得した最適解だから」


 ロボットたちだけではない。少年もぱちくりと目を瞬かせている。


「きみたちは、先生と同じくらい練習したの? 学習した? 実践は? 経験は? 時間をかけて体も頭も十分に使って、自分の基準で正しい音を選択したことが、ほんの一度でもあるわけ?」

「…………」

「その選択が必ず正解とは限らないよ、当然。方向性ミスった音楽やってる残念な音楽家ミュージシャンも少なくない。でも、そういう連中は少なくとも選択をしている。きみたちがよく指摘されている『心がない音楽』ってのはそういう意味。教科書通りの音を出す技術スキルは必須だけど、それゴールじゃないから。むしろスタートラインだから」



 これは果たして、音楽の授業だったんだろうか。

 私にも、おそらく少年にとっても。

 ヨルズの指導は、言葉は、何も音楽だけに当てはまる話ではなく……──


「プログラム通り、演奏プレイしかやらないとわかってる演奏家プレイヤーの音楽に、観客ギャラリーが『心』とやらを動かしてくれると思う?」



(Day.41___The Endless Game...)

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