Day.38 スローライフ?ゆとり?それ少年とは一番遠い概念だから

「移住いたします」


 アット・創造神室。

 妖精ベータに次いで二人目の移住申し出となったのは、創造神わたしに召喚されてまだ一週間も経っていないスノトラだった。


 ──……いや、きみは早過ぎるだろ! 移住も諦めも早過ぎるだろ!

 事情は聞くまでもない。私にはわかるぞスノトラ、麗しき『アース十六』が一柱よ。さてはきみ、あの少年に『カチク・コーポレーション』も真っ青な労働時間タイムスケジュールでも提示されたんじゃないか?

 頼むよスノトラ、賢明なる神の子。人間族の子ども如きに、そう易々とを上げては半神エルフ族の名折れだよ? 音楽教師だけに。まあせいぜい頑張ってくれ。少年には私から、いつものゲーム脳効率厨無茶振り政策はすこ〜しばかり自重するよう注意しておくからさ。


「……何をおっしゃっているのですか?」


 書斎机でコーヒーを嗜み、高級椅子で両足を組み、ぎっしぎっしと背もたれを軋ませながらくつろぐ私を、スノトラは静かに睨みつけた。


「前提が間違っています、創造神様Cruthaitheoir。わたくしを過重労働がんばらせるのではなく、あの市長くんに労働基準スタンダードを改めさせてください!」

 ──これでも改めさせたほうだよ? 以前の少年であれば、住民はともかく自分は三日三晩働きかねない真正の過労死願望者オーバーワーカーだったんだから。

「はい? 人間族の身体構造でそんな長時間労働は不可能……いいえ、そういう問題ではなく! そもそも可能できる実行やるはまったくの別物で……」


 赤い目を白黒させているスノトラを、私は再び説き伏せる。

 説得ではない──説き伏せているのだ。


 頼むよスノトラ、実行やればできるエルフさん。

 知っているかスノトラ? 確かにあの少年は思想も性格もいろいろと拗らせているが、特に女性への耐性が著しく低いんだ。相手がメスというだけでバタムと倒れてしまうほどに。

 そんな少年が珍しく、きみには最初から随分と懐いている。いったいどんな魅了まほうを使ったんだか知らないが、市長にして学校の生徒でもある少年がきみを気に入ったのであれば、無論私だって歓迎するとも。

 ほらそれに? 性格はともかく、表面上はこの世界で貴重な正統派美人枠きれいどころを、そう易々と逃すわけがなかろうて?


 ……うん。スノトラ先生。

 っすよ?



*****



 背もたれから背中をゆっくり離した私を、スノトラが依然として睨み続けている。

 賢明な彼女は気が付いたらしい……自分をこの世界で過重労働オーバーワークさせようとしていたのは、あの純朴で悪意なき少年ではないことに。


 私が従属できるのは、詠唱に応え召喚を承諾した者だけだ。

 一度私への従属を誓っておきながら、一週間やそこらで「契約破棄いじゅう」などもっての外だ。きみには私が目指す「最高の世界」を作るため、きっちりかっちり働いてもらおう。


「……冗談、でしょう?」


 いやあ〜、スノトラが来てくれて助かった! 人手不足に魔力マナ不足。何より少年や他の住民では解決が難しい、に対抗する術を持っている。

 果たしてこの学校の指導者として、きみ以上に適任などいるだろうか?


「……創造神様。まさか、わたくしを喚んだ段階から、そういう腹づもりで!?」


 鈍く光った赤い目が、にやにや笑う私の顔面を捉えたまま。


「なんのために辺境田舎こんなところまで移住してきたと思って……! それに、あなたは『天神てんじん』を志すつもりがなかったのでは?」

 ──天神それとこれは別問題だ。私に高尚なこころざしがなくっとも、従属なる少年や妖精たちも同様とは限らないからな。

「現住の民度、現状の信仰力で世界ランキング上位など成し得ません! もし真に天神てんじんを志すのであれば、指導者そんなもので住民の質を上げるよりも、住民そのものを刷新した方がはるかに効率的、建設的だとはお考えにならないのですか?」


 住民の刷新アップデート

 身も蓋もない施策を案じるスノトラに私は苦笑した……いや。

 おそらく「都市開発ゲーム」脳の少年でも、彼女の案は既に一度くらいは脳裏で浮かべたことがあるんじゃなかろうか。


 世界ランキング上位、天神てんじんを目指すための定石。

 あの少年市長じみた表現をするなら──より優れた住民の「誘致スカウト」と「刷新アップデート」こそ、現行されている世界作りゲームの「最適解こうりゃくほう」なのだから。



 ──……ま〜、とは言ってもね?

 ヘルミオネへの回答と同じだよスノトラ。

 この地に根付いた住民たちが幸福を得られる世界こそ、私自身にとっての「最高の世界」だからさ。


 ひとまずは、私を天神にしようと健気に施策を巡らせ続ける少年。

 次に、己が掲げた『妖精女王ティターニア』という夢を叶えるべく練習に励み続けるアルファ。

 彼らの幸福ねがいを満たすため、きみの明晰な頭脳と強かな知略の限りを尽くし……うん! どーにかこーにかしてもらえないかなあ!?


「どーにかこーにか? なんですかその具体性皆無アバウト? まさか本当に完全放任まるなげ!?」


 えへへと頭を押さえて舌を出す私へ、書斎机を力強く叩きつけるスノトラ。

 怠慢極まった長閑な生活を望んでいた、ニート上級のエルフ族が喚いている。


「彼らの無謀ねがいは聞き入れて、わたくしの要望ねがい無視スルーですか!?」


 わなわなと艶やかな唇を震わせて、


「やはりおかしい……どうかしている。創造神様、あなたからは従属への偏愛を通り越した、一種の執念すら感じます」


 スノトラは私の、創造主としての信条ありかたを真っ向から否定する。


「舞うべきそらを舞わず、誰よりも大地を高みから俯瞰すべき存在であるあなたが、そうやっていつまでも地上でのみ見据えていれば、今度こそ愚神と成り果ててしまいますよ」


 私はスノトラに言い返してやった。

 きみこそ、くれぐれも生徒たちの信頼を落とすような指導しごとは慎みたまえよ? エルフ族の面子に賭け、彼らをより高みへと昇華させてやってくれ。

 愚神賢神はともかくとして、これはさ、最近のマイブームでもあるんだよ。


「はいぃ? 趣味ブームぅ!?」


 上擦らせた声で聞き返してくるスノトラ。

 先生を名乗りはじめた今の彼女であれば、遅かれ早かれ、きっと私と同じ感情を抱く日が訪れるんじゃないだろうか。



 愛情というか、愛着というやつだ。

 相手が人間だろうと妖精だろうと──一生懸命に頑張る「生徒こども」を見ている間は、信仰されるまでもなく幸せな気持ちになれる。


 生徒たちの明るい未来のため。

 そして、創造神わたしの幸福のため。頑張ってください、スノトラ先生!


 あれれ〜それとも、ひょっとして……「不可能できない」んですか?



(Day.38___The Endless Game...)

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