Bパート エルフの先生

Day.37 人間もエルフも、スローライフとゆとり教育が一番ですよ市長くん

『アース十六』──


 詩神しじんオーディンにより地上へ産み落とされた、半神エルフ族の中でも神の子と称されるほど優れた魔力マナ知力ブレインを持つ、真に選ばれし十六柱の女傑。

 大抵の種族であればひとつの世界まちに集落を作り集団グループで行動するのが普通だが、同族たちから見ても上流エルフで有名な彼女らは、オーディンの元に留まることも『アース十六』同士で同じ世界まちに留まることもないという。より高尚な発展を目指す創造主からの召喚に応じ、その地にて有する叡智を存分に振るうことこそ、彼女らが生まれ持った使命だからである。


 もちろん。

 その使命をどのように全うするかは、個々の裁量次第だけれど。


「前世はあくまでも前世。すでに人の身でない創造神あなた様が、わたくしたち従属をあまりに愛し過ぎております」


 部屋を去る間際に放った、スノトラの最後の言葉を創造神わたしは反芻する。

 同時に思い出されるは、私がしばしば口ずさんできた召喚魔法の詠唱うたの一節──『私はאותךお前をאוהב愛さないאני לא』。


 ……う〜ん。スノトラ先生。

 日頃の少年といい今回のスノトラといい、なんていうかさ。こうも真正面からぶった斬られ続けるとさ。さすがの全能なる神様でも、精神ハートがすこ〜し傷ついちゃうかもしれないぞっ☆ 神だけにっ☆

 メンタルだけは創造魔法でも作れない、とかいう妖精アルファのはるか昔の至言も一緒に思い出しちゃったぞっ☆


 …………はあ。

 私はこんな調子で、本当に「最高の世界」を作れるんだろうか?



*****



『創造神専門学校(仮)』は授業が夜間にしか行われないため、日中の敷地内はほとんど自由開放となっていた。

 授業がなければ当然、スノトラの「音楽教師」としての仕事もない。必要以上に働くべからずを信条ポリシーにしているエルフ族が、昼間にわざわざ授業の準備をすることもない。


(……世界ランキング上位から縁遠いという評判に偽りなかったようですね)


 スノトラは校舎A棟の窓から、グラウンドでボール遊びをしている妖精たちをぼんやりと見下ろしつつ──


(綺麗な建物、少ない住民、まだほとんど確立されていない法。これすなわち、絶対数として仕事の量が少ない。……んん〜、。なんっっって『最高の世界まち』なんでしょう!)


 ──文字通り「最高の生活スローライフ」を満喫していた。


 他の『アース十六』が滞在している世界は、その大半が彼女らの功績によりランキング上位に位置している。上位種族の中でも上流エルフと名高い彼女らにとって、より高い評定を得ている世界に住むことこそ、一種の社会的地位ステータスであり誇りなのだ。

 ごく最小限の労働で、より最高の世界を目指すことこそ、彼女ら『アース十六』の嗜みといえよう。


(なあ〜んちゃって……)

 もちろん。

(実際はランキング上位の常連で、まともに怠慢サボれる世界まちなんてありませんけどねえ。力弱きしゅに相応の生き方やコミュニティが存在するように、力強き種が集まる社会であればこそ、いっそう不必要で不条理なしがらみが生じるものですから)

 そんな社会的地位ステータスをどの程度重んじているかも、個々の嗜好次第だけれど。



「おはようございます、スノトラ先生!」


 黄昏ていたスノトラのところへ、ぱたぱたと廊下を駆けてくる少年の姿。

 常に「学ラン」と呼ばれる黒服を身に纏い、創造神に代わって日夜この世界の内政に励んでいる、熱心で素直な働き者。


「お〜はようございます〜♪ スーのかわいい市長く〜ん♪」


 白髪の毛先を指先でいじりながら、スノトラは作り笑顔で少年の挨拶に応じた。


「まだお昼なのに登校してきたの? えらいえら〜い♪」

「はい! 俺の家を学校ここの近所に移したから、前よりずっと通いやすくなったんです!」


 創造神を相手にしている時とはまるで人間が変わったような態度で、少年はスノトラに接してくる。

 ……ちなみに、多様多彩な魔法を有するエルフ族は「魅了」という魔法チートも使えるが、スノトラは特段そういった魔法チートを少年に行使した覚えはない。あくまでも魅了それは、女エルフの武器でたぶらかさなければ施政もままならないような無能ヘンタイのために用意された魔法だ。


「先生、今ってお時間ありますか?」


 魔力マナを浪費せずして少年からの好感度を勝ち得たスノトラは、


「追加で先生を雇うって聞いたんで、それを踏まえた学校の時間割とカリキュラムを考えてみました。ぜひ先生のご意見をもらいたいんですけど……」


 両手に本やらクリアファイルやら抱えた少年が、学校の生徒なのか先生なのかよく分からない仕事をする様子を微笑ましく眺めていた。

 スノトラは人間の子どもに接したのは初めてだったが、なるほど、創造神の言う通り……少年だと、内心でのみほくそ笑む。


(まあ、どうせ暇だし? 子どもの戯れままごとくらいは付き合っても神罰バチは当たらないでしょう。半神エルフだけに)


 少年の誘いに応じたスノトラが、連れていかれたのは図書室だった。

 創造神によれば学校が建てられて以降、少年はどうやら暇さえあればピアノのある教室か、この図書室に入り浸っているらしい。「まあ結局引きこもりといえば引きこもりだが、同じ引きこもりでも家に籠るのと学校に篭るのとでは幾分か違うと思うのだよ。少年も少しは成長したんじゃないか? はあ〜はっは!」といった謎の評価も込みで聞かされた情報だ。


(教師の新規雇用の件も二つ返事でオッケーでしたし? やはり、この世界まちへの移住はわたくしながら英断でしたね。創造神様も市長くんもチョロいチョロ〜い♪)


 わざとらしい口調が内面でも若干抜けなくなりつつあった頃。図書室の椅子に少年と隣り合わせで腰掛ければ、スノトラの目前に広げられたのは──


「まずこれ、創造神に取り寄せてもらったやつ!」


 ──二人が腰掛けた机と、さらに何台かの机の上に積み重ねてあった本山だった。



*****



 どさっ。


「各校で使われている教科書と参考書はもちろん、校風、校歌、一日一週間の時間割、部活動、学校行事、高校入試の過去問、その他もろもろ。日本全国公立私立問わず、判明している限り全部の中学校資料です。


 どさどさどさどさっ!


「あと、この学校は基本夜間制ですが、音楽に特化した専門学校ということで、日中は俺が前に通ってた『音楽教室Y○MAHA』のレッスンシステムも導入したいんです。特に妖精たちは暇してるんで、アルファや希望者を募って『妖精女王ティターニア育成プログラム』を通常授業とは別で用意します。週一回のグループレッスンと、週二回の個人レッスン。あとあとっ、できれば生徒たちの成果が目に見えてわかるようにしたいので、毎月末には音楽堂で発表会も開きたいです!」


 少年どころかスノトラすら息つく暇もなく。

 本の山をスノトラの目前で崩しながら、少年は嬉々として、開講した日からおよそ三日間ほど費やしてきた学校経営に関する調査報告レポート経営方針説明プレゼンテーションを繰り広げたのだ。


「………………………………………………………………ねえ、市長くん?」


 軽く見積もっても十分以上は喋り倒した少年が、わずかに呼吸したタイミングでスノトラがプレゼンを強制中断させて。


「ええと? つまり〜……」

「はい!」

「市長くんが教えてくれた今の計画プランだと〜、スーはどのくらい『先生おしごと』する計算になるのかな?」

「はい!」


 問いかけられた少年が答えた。さも当然のように。


「週休二日、昼十二時から夜九時の一日八時間フルタイムです!」

「……フルタイム」

「中学校教諭の平均勤務時間に合わせてみました……あっでも、最近は残業時間の多さが教員界隈で問題になってるらしいんで、休日や午前を使った劣等生アルファ課外授業とっくんも込みで、一日あたりの平均残業二時間以内で収まるよう頑張りたいです!」

「…………残業」

「俺も市長の仕事で忙しいけど、スノトラ先生のレッスンも新しいエルフの授業も、とにかくいっぱい勉強してみたいです!」

「……………………」

「先生、ここまでで何か質問はありますか?」


 スノトラは内心でのみ、目前の生徒に問いかけた。

 なぜか先生ではなく、生徒の方が質問を求めてくる現況に対してではなく。


 ──市長くん。

 そんなにいっぱい学校事情を調べたのに、どうして教員せんせいたちの労働環境ブラックにはなんの疑問も感じないんですか?



(Day.37___The Endless Game...)

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