Day.36 きみの教育方針を聞こうか先生/教育はサービス業に過ぎませんよ神様

 エルフとドワーフは昔から親交が深く、共に「働かないニート」種族で有名だ。

 だが実際のところ、この両種族における「ニート」の定義はやや違う。おそらく、諸君がイメージしているニートとは、なかなか定職に就かず遊び呆けているドワーフたちのことを指す言葉だろう。


「ここはとても美しい大地ですね、創造神様Cruthaitheoir


 少年と妖精たちが下校した、夜九時過ぎ。

 私の部屋へふらりと立ち寄った新任の音楽教師・スノトラが、口元に手を当て目を細め、可憐な花のオーラを撒き散らしながら言葉を紡ぐ。


「あなたの寛大な御心がていを表したような世界まちでございます。この近代的な建物も素晴らしい。あなたに従属する市長くんが、かの地球ほしで人間族の文明を真摯に学んでいたという証明に他なりませんね」


 ──いや。

 多分あの市長しょうねんは、真摯に人間文明れきしを学んでこなかったタイプの不登校生徒ひきこもりだと思うが……。


 私はあえて高級椅子に座ったまま、スノトラの言葉を訂正しなかった。やがて書斎机の前で立ち止まったスノトラへ、私は上官座りをしながら問いを投げるのだ。

 つい数分前まで生徒たちを前にしていた時の「さ〜ようなら〜♪ スーと一緒に明日もた〜くさんお歌うたったりお勉強しましょうね〜♪」なんて、ふわふわぷかぷかした喋り方など一切しないスノトラへ。


 スノトラ。『アース十六』が一柱の麗しき従属よ。

 三日間この学校で務めてみた、その所感を聞こうじゃないか。


 きみの歌、きみのピアノ、きみの魔法。

 きみがこの三日間で為してきた「授業レッスン」を以って──妖精アルファを『妖精女王ティターニア』に育て上げることができるのか?



*****



 私が問いかけるとスノトラは長いまつ毛を数回はためかせ、口元に手を当てたまましばらく黙っていたけれど。


「……創造神様」


 唇から手を離したスノトラは面食らったように、


「この大地へ『妖精女王ティターニア』を芽吹かせるご意向があったのですか?」


 おおむね私が予想していた通りの反応を返してくる。


 ほうらやっぱり。妙だと思ったんだよ。

 私が見てきたのは、この三日間で彼女がしてきた生徒たちに優しくてゆったりのんびりした授業。良く言えば優しい……悪く言えば、甘い授業。

 あんな生ぬるい指導方法では、『妖精女王ティターニア』はおろか、妖精や他の住民たちの「音楽力」なんか伸びるはずもない。


「ああ〜そうでした! 傀儡かいらい族のクラスもいずれ開講するとのことでしたね」

 両手を合わせたその甲を頬に擦り寄らせながら、

「それでは明日から、わたくしの連れの仲間エルフも新たな教師として雇用していただけませんか? 現在は何機ほど? 数百? 左様でございますか。では一クラス百機のグループレッスンにすれば、新規雇用は四、五人で足りるでしょうね」

 提案してくるスノトラに私は言った。


 ──ちなみにスノトラ、少年が前いた日本せかいの学校では一クラスが多くても四十人だそうだよ。中にはさらに人数を絞った少人数体制を取り入れている学校もあるとか。

 初めから一定の実力スキルを有した入学生徒が集まる大学じゃああるまいし、いくら賢明なきみが教壇に立ったところで、一度の授業レッスンで百機を相手に、個々の性能ランクが上昇するとは到底思えないんだが?


 これは重要なことなんだよ、スノトラ。

 学校の理事長……もとい神殿の主たる創造神わたしには、未だきみの「指導者せんせい」としての教育方針がてんで見えてこないんだ。


 一度私の召喚に応じたからには──、賢明なる神の子。



 スノトラは毅然とした振る舞いを続ける私を、微笑みを崩さないまましばらく見つめ返していたけれど。


「……順を追ってお伝えしましょう、創造神様」


 口を再び開いたかと思えば、スノトラは一呼吸置いてから話し始める。

 この三日間で得た学校の所感──すでに定めていたのだろう、私の世界まちに住まう住民たちの「評価ランク」を。



「まず『妖精女王ティターニア』につきましては、現住している妖精族ではなく、近隣から新たな精材じんざい再収集リコレクトいたしましょう。芳しくない香りを故意に引き立たせるよりも、すでに優れた香りを漂わせるほうが、はるかに自然で美しいですから」


 自分の指導で点数ポイントを引き上げる意欲は微塵も持ち合わせていないスノトラが、


「次に羊駝アルパカ族が管理している傀儡族ですが、これまでに『無限むげんそら』で集計されてきたデータによれば、彼らを主種族としている世界の創造主が『天神てんじん』に選定された実績は、この宇宙史百億年で一度たりともございません。アルパカは魔力マナこそ多く所持していませんが、信仰力よりも景観維持パブリックに一定量の貢献はできると計測されております。よって『カチク・コーポレーション』はそのままで、傀儡族は今後の世界の発展を著しく妨げる恐れがありますので、早急に元いた世界への返却リリースをお勧めいたします」


 をわずかに光らせたのを見て、私は手の甲で覆った口元を歪ませる。

 はあ。私がせっついてようやく……と思ったらこれですよ。

 彼女ら「半神エルフ」族は決して無駄な仕事をしない。極限働かない主義。この世界が会社であったなら、間違いなく定時退社とリモートワークを主張するタイプ。


 同時に、上位種族ならではの方針スタンスも確立されている。


 他の種族は少年や魔力マナを持たない人間たちのことを「人間風情」などと罵るが、スノトラに限らずエルフとかいう真のカースト上位連中は、自分より下位の種族を見下す態度なんかわざわざ取らない。

 少年の頭を撫でてご機嫌取りしているのも、少年や少年の施策になど初めから関心を有していないからだ。


 要するに、スノトラはこう主張したいわけだ。

 世界の信仰力を高めたければ、現住民の点数ポイントの底上げではなく──もとより点数ポイントが高い住民の誘致を。

 お嬢さまおぼっちゃま学校も真っ青な教育方針だ。いや、教育ってなんだっけ!?


 はあ……ある程度は覚悟していたとはいえ。

 スノトラ。きみというやつはまったく、清々しいまでの「指導放棄ニート」だな!



*****



「……語弊を受けないよう申し伝えますが」


 スノトラは透明な長髪をかき分け、尖った耳を空気に触れさせながら。


魔力マナにしろ音楽力にしろ、力弱きしゅには相応の生き方、コミュニティが用意されて然るべきだとわたくしは考えております。存在そのものを否定するなど言語道断。種族や個体により差が生じている現状であればこそ、そらも大地も豊かで色とりどりの美しさを演出することが叶いますから。……ですが…………」


 微笑みは崩さずとも、その赤い瞳は笑っておらず。


「それはあくまでも、当事者たる彼らが選択すべき生き方でございます。学校にしても神殿にしても、その大地を請け負う創造のあるじたるあなた様は、もう少し主としての務めを果たすべきではないでしょうか」

 ──……神の務め? どういう意味かな、それは?

住民かれらの中でも弱者しか抱かぬ思想、選択し得ない生き様。弱き者を救い母数の小さき者を重んじる、少数派マイノリティ多様性バラエティを尊ぶ文化。これらは、より良い土壌を育むことを使命とする創造神あなたが有するべき感情ではないということです」



 真の上位種族は、決して人間や下位の住民しゅぞくを貶める言動などしない。

 市長の少年とか生徒の妖精たちとか、今いる住民たちに対して何かを物申すことなどあり得ない。

 彼女らエルフは、特に『アース十六』は、私に喚ばれこの大地へ足を降ろした時点から──初手で創造神わたしをぶっ叩いてくる!


 スノトラは私を諭した、エルフ流の助言アドバイスとして。


「召喚魔法の詠唱うたにもありますでしょう? 『私はאותךお前をאוהב愛さないאני לא』」


 全能なる神様わたしの信条と、賢明なる教師スノトラの方針がすれ違う。


「わたくしたち従属が神を愛しこそすれ、神であるあなたが従属を愛すことなど許されませんよ。創造神様Cruthaitheoir──あなたはもう、人間などでは無いのですから」



(Day.36___The Endless Game...)






*****

【作者のあとがき】

 いつもご愛読ありがとうございます。

 連載開始時より不定期更新を売りにしてきた本作(売りにするな)ですが、最近はご好評につきかなりアップテンポでお送りしています。皆さん、ゴールデンウィークは楽しんでいますか? 遊びは? デートは? 家族旅行は? 私はずっと家にこもってパソコンと睨めっこして、とても充実した楽しい楽しいGWを過ごしています!


 次のエピソードからBパートに突入です。少年市長の新しい学校生活、妖精アルファの挑戦、二面性がある美人エルフ教師……奇人外&変人外だらけの「学校編」を、引き続きお楽しみください!

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