Day.35 美人で優しくて指導上手な先生なんか実在するわけないだろJK

「そんなふうに考えていた時期が俺にもありました……」


 ぽつりと一人でに呟く少年へ、隣の席のアルファが「なに言ってんだお前」とツッコミを入れる。

 新たに作られた『創造神専門学校(仮)』が開講されてから、今晩で三日目。

 午後六時を控えた教室には少年と、専用のミニ机に座った妖精たちが揃っていて。


「JKってなに?」

「『冗談は顔だけにしろ』の略だよ。『常識的に考えて』の略でもある……つーかアルファ、パリピ系ギャル族のくせに知らないのか?」

「妖精が人間風情のギャル語なんか知るわけねえだろJK」

「使いこなしてるじゃねーか、女子高生JK風味妖精」


 そんなの他愛ない会話を聞いていれば、


「お〜はようございます〜♪ 愛〜らしいスーの子どもたち〜♪」


 歯の浮くような美声と共に、カラカラ引き戸を開けて教室へ入ってきた者がいる。


 創造神わたしよりも長身で、くびれがかった細い腰。

 その腰まで伸びる白い髪に、すらっと高く伸びた鼻。

 清潔そうな白いフリルブラウスに桃色のロングスカートを履いた「女性」が、カツカツと赤いハイヒールを踏み鳴らしながらホワイトボードの前に立つ。

 その両耳はピンと、で麗しい長髪から飛び出ていた。


 ふわりと花の香りを漂わせた女性に、もう夜だから「おはよう」じゃねえよJK、などとは少年も妖精たちも決して言わなかった。

 皆が童心に帰ったニコニコ顔で、


「そ〜れでは出席取りま〜す♪ 市長く〜ん?」

「はい!」

「アルファちゃ〜ん?」

「はあい」

「ベータく〜ん、ガンマく〜ん、デルタさ〜ん、イプちゃ〜ん…………はい、今日もみ〜んな出席してますね〜♪ やったあ、良い子ばっかりでスー嬉しいです〜♪」


 名前を呼ばれれば口々に挙手していく。

 ここは妖精族だけが集うクラス。

 ロボット族の専門クラスが開講されるのは、教壇で満足げに両手を合わせたあの女性──「半神エルフ」族の音楽教師・スノトラの試用期間が終わってからだ。



*****



 四日前。

 新たに召喚したスノトラは、大地に降り立つなり私の目前へカツカツと歩み寄り、そのまま小さく頭を下げた。


「『我が神のBuíochas愛にle grá感謝を』」


 従属なるスノトラが、


「召喚に応じ参上いたしました。本日付けで創造神様Cruthaitheoirしもべとしてご奉仕いたします、わたくし、詩神しじんオーディンが授かりし半神はんしん『アース十六』が十三番目の使者、スノトラでございます。どうぞご存分に、しゅが権限を行使くださいませ」


 知性に溢れ、かしこまった様子で名乗りを上げているスノトラを、私も少年も呆然と眺めていた。

 いくら女性への免疫に乏しい少年といえど、彼女の神々しいオーラとエルフならではの美貌には、さすがに見惚れずにはいられなかったのだろう。

 私が呆気に取られていたのは、その美貌にではなかった。


 ──……あ、『アース十六』だと!?

 そもそも上位種族なエルフの中でも、特にオーディンが贔屓している美女集団で有名な十六人の一角じゃないか!

 私たち神様には召喚の段階で「種族」の選択権はあれど「個体」の選択権は持ち得ていない。しかし彼女の宣言通り、召喚に応じることができるのは私への従属を誓った者だけだ。


 な……なぜだスノトラ……?

 エルフの中でも上流と名高いきみが、なぜこんな辺境でランキング底辺層な私の世界へ移住することにしたんだ?


そらからの評定が奮わない世界であればこそ、ですよ。創造神様Cruthaitheoir


 ふわりと微笑んだスノトラが、私の隣りでぼんやり突っ立っている少年の頭に手のひらを乗せ、なでなでと。


「オーディン様からお噂はかねがね。わたくしたち『アース十六』が地上に生まれ落ちたその使命とは、そらで存在するすべての大地に、歌と魔法の力を以って豊かな恵みを与えることでございますから」

「……よ、よくわかんないけど……創造神!」


 頭を撫でられて有頂天になっている少年が、私の服の裾を掴みながら。


「やればできるじゃねえか創造神! 召喚ガチャ成功じゃん、大当たりじゃん!」

 ──しょ、少年? どうした急に、人が変わったような……。

「確かに言ったよ俺? 保健室と音楽室の先生は美人で優しくて背の高い女教師がマストに決まってるだろJKって言ったよ? 正直ちょっと、いやかなり欲張り過ぎたと思ってたが、まさかガチで存在していたとはな! さっすが異世界ファンタジー!」

 ──ああ……な、なるほど……。美人で高身長……。

「あとは『授業レッスン』か。なんせ学校の先生だからな、どんなに美人でも教えるのが下手くそだったら意味ないもんな」


 浮かれ切った少年へ、くすくすと小さな笑みをこぼしたのはスノトラだ。もう一度少年の頭をポンと軽く叩いてやれば、私にも清らかな微笑みを向ける。


「ふふ、健康的でお元気な人間の子どもですこと。この澄んだ空気と暖かな風にふさわしい素敵な施政者を喚びましたね、創造神様Cruthaitheoir


 エルフという上位種族でありながら、スノトラは決して少年を他の連中みたいに「人間風情」などと卑下することはなかった。

 握手を求められた少年が、頬を軽く染めながら答えた。


「よろしく……いやっ、よろしくお願いします、スノトラ先生!」



*****



 ──というわけで。

 スノトラが召喚された翌日から、学校はすでに始まっている。


「は〜い皆さん、ピアノの前に並んでくださ〜い♪ スーが合図出したら歌い始めてくださいね〜♪ いきますよ〜、さん、はいっ♪」


 奥行き百五十一センチの小さめなグランドピアノから奏でられる美しいハーモニー。スノトラの伴奏に合わせ、生徒たちが一斉にカチクの社歌を歌い始める。


「『パッカー、パッカー、アルパッカー♪ ラーマーじゃないよ♪』……ストップストップ皆さ〜ん! ラーマーの『ラー』は弱起アウフタクトですから〜、もっと歌い出しを鋭く深く〜、しっかり舌を巻いて歌ってみましょ〜う♪ ではもう一度〜、さん、はいっ、『ルゥアァマーじゃないよ、アルパッカー♪』……そお〜う、皆さんお上手!」


 ……ラマの「LA」って「RA」じゃないから巻き舌にはならないんじゃないか?

 とはツッコみつつも、私はスノトラの指導とピアノ伴奏に感心した。カチクの社歌って、あんなまともに四拍子かつCメジャーだったんだな……アルファのカオス伴奏を聴いたあとではめっちゃ普通の曲に聴こえる……歌詞は相変わらず酷いけど……。

 最初に会った時とかなり口調が変わった点こそ気になるものの、私が教室の隅で見学しているぶんには、スノトラは終始つつがなくそつもなく、綺麗に音楽の授業をこなしていた。



 少年も妖精アルファも、生徒たちの誰しもが、ここ三日間は授業をしている夜も、あるいはスノトラの授業を待ち侘びている日中でも本当に明るい笑顔を見せて過ごしている。


「音楽の授業って楽しいなあ、創造神!」


 私を振り返った少年が、楽譜両手にきらきらと純粋な目を輝かせ。


「スノトラ先生はピアノも歌も上手いし、優しいし、すごく丁寧に教えてくれるし。だなんて嘘っぱちじゃないか」


 このまま正規雇用さいようで良いんじゃないか、と嬉しそうに話す少年へ私も笑顔を返してやった。

 ……残念ながら。

 エルフという種族のことを、そして『アース十六』のことをなにも知らない私のは作り笑顔だけれども。


 いやあ、まいったね。

 確かに召喚としては大当たりだよ。当たり過ぎてしまったくらいに。

 

 いったいどういうことかって?

 そうだなあ。少年風に言うなら──「美人で優しくて指導上手先生」なんか、本当に居るわけないだろう? 常識的にJ考えてK






(Day.35___The Endless Game...)

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