Day.34 保健と音楽は美人で優しい先生がマスト。ここテストに出るぞ創造神

 妖精たちがアパートへ帰っていき、学校に残された私と少年は、理事長室ならぬ「創造神室」へと足を運んだ。

 校舎A棟二階中央部。グラウンド全体を見渡せるガラス張りの窓、その正面にどっしり構えた大きな書斎机。私は革製の高級椅子に腰掛け、机へ両肘を付き、両手の指を組み合わせた平らな関節に細い顎を乗せてみる。


「おお〜……校長とか社長とか、立場が偉い人の偉そうな座り方してんじゃん」


 なぜか私の座り方を嬉しそうに分析する少年へ、私はいたって真剣な面持ちで問いかけた。


 ──さて、少年。

 私の最高なる世界にして最高なる学校しんでん、そして従属たちの信仰力ならびに音楽力をより向上させるべく、私たちが取るべき選択はいかに?


「決まってるだろ。この学校に新しい『指導者せんせい』を雇うんだ」


 住民の誘致スカウトでもあるな、と少年は言い加えた。

 そうだな少年、異論はない。

 だからここで重要なのは──いったいどの「種族」を選択するかなんだ。



*****



 現在この都市せかいで暮らしている、創造神わたしの従属をいったん整理してみよう。


 まず、ここに「人間市長しょうねん」が一人。

 自給自足、悠悠自適な生活を送る「妖精フェアリー」が数十匹。

 近隣都市いせかいに本社を持つカチクの「羊駝アルパカ」が三頭。

 そして、カチクの工場へ出稼ぎに来ている「傀儡ロボット」が数百機。


「改めて整理してみると……なんか地方都市っつーか機能都市っつーか……」


 少年が苦笑して、


「どんな都市も、スタート時点では近隣からの流れ者で住民が構成される。まあ当たり前っちゃ当たり前なんだけどな? でもまさか今んとこ、最初に連れてきた妖精たちが事実上唯一の純粋住民になっているとはな」

 ──そうなんだよ〜。やっと気が付いたか少年? まだ開発が進んでいないからって、新たな住民の誘致を渋るからだよ。

「ちなみに妖精って、種族としてはどうなんだ? ほら魔力マナとか……」

 ──こと「音楽力」に限っては妖精は圧倒的なんだ。ジンクスなんてものが出回るくらいだからな……まあ実力に個体差はあるが。しかし魔力マナに関してはこのそらに存在する種族の中では真ん中くらいだな。ロボットやアルパカよりは遥かに上位で、アマゾン族には一歩及ばずといったところか。


 新しい住民の選定に取り組んでいる姿を私は微笑ましく思った。


 いやあ嬉しい……本当に嬉しいよ。

 これまで自身の「都市開発ちしき」のみを頼りに市長として励んできた少年が、最近は私から新たに与えられた「種族情報ちしき」を判断材料のひとつに数えてくれるようになった。

 もとより私個人が下した少年や都市せかいへの評価は大して悪くなかったが、主観ではなく『無限の天きゃっかん』で良い評価を得るための施策を、この少年は講じてくれようと奮起している。


 ありがたいなあ……ありがたい、


「だったら、次は魔力マナの量がもともと高い種族で、なおかつ音楽指導ができる住民を喚ばないとな。心当たりはあるか、創造神?」


 提案を投げかけられた私は少し悩んで、以前ちょっとだけ少年や妖精たちとの会話で登場したことがある、上位種族のひとつを挙げてみた。

 ずばり──「半神エルフ」ではなかろうか?



 半神エルフ族──「半妖精」族と呼ばれることもある彼らは、全種族でもっとも私たち「神様」と身体構造が近いと言われているほどの上位種だった。

 事実、アルファたちが元いた世界は、実はエルフを前世ルーツとしている神が運営していて、軍神アレスと同様ランキング上位の常連なんだ。


「そっ、そうだったのか!? へえ……アルファたちって、そんな良い世界とこから移住してきてたのか……わざわざこんな新興都市に…………」


 驚きながらも少年は、エルフに関する一抹の不安を拭いきれない。


「……なあ創造神。エルフって種族は俺から見ても割とメジャーっつーか、むしろ妖精以上にファンタジー世界の常連みたいな感じだけどさ。少なくともアルパカよりはダントツで聴き馴染みある種族名だけどさ」

 ──ふむ。そうなのか? まあ神々わたしたちにとってはアルパカもかなり有名な種族だけどな、って。

「だろうな!? アルパカあいつらネタ枠だよなどう考えても!? ……じゃなくて、おいちょっと待てよ創造神! エルフにしたって、確か『無限の天ここ』のエルフって……」


 ──……ふむ。

 どうやらこの賢い少年は、妖精アルファのかつてDay.12の証言をちゃあんと覚えていたらしい。


 平均身長が高く。

 逆に平均身長が低いドワーフ族とはズッ友で。

 高い魔力マナと優れた魔法を引き換えに──労働への意欲を著しく失った「働かないニート」気質。



「──いやっ、駄目だろ!?」


 バタム!

 上官座りを続けた私のところまで駆け寄って、思い切り両手で机を叩いた少年が抗議してくる。


「一番駄目じゃん! ニート確約種族なんか召喚したら駄目じゃん! いっちばん学校の先生に向いてない種族じゃん!?」

 ──……。

「そんなやばい種族を勧めてくるなよ創造神! 今から『妖精女王ティターニア』育成ゲーだってやらなきゃいけないってのに……」

 ──…………。

「マイナスポイントばっかりじゃねえか。プラスなのって高身長くらいだろ? ほら、現実リアルはともかくファンタジーな学校って、保健室と音楽室の先生は美人で優しくて背の高い女教師ってのは定石だからさ」


 私は上官座りを崩さなかった。

 この椅子に腰掛けた時から終始表情を変えないまま、全能にしてそらを知る私は少年に言い聞かせたのだ。


 学校ファンタジーそんなものの定石はまったく知らないが、エルフは美人が多いし性格も温厚なやつが多いよ……いささかのんびりし過ぎているくらいに。

 そして、少年。言い換えると、だ。

 妖精を超えた魔力マナを持つ種族で、つまり上位種ではエルフくらいしか──など存在していないんだよ。



*****



 少年の反対を押し切り、私は召喚の詠唱を大地に謳う。


 אתה לא תבגוד בי

(訳:お前は私を裏切らない)

 אני לא אוהב אותך

(訳:私はお前を愛さない)

 אתה עבדי הנצחי

(訳:お前は私の永遠の下僕だ)

 חירה טובה, החיים שלך

(訳:選択するが良い、お前の人生を)

 הדרך הנשגבת של "נשגב לה'"

(訳:「神への従属」という崇高なる道を)


 私には召喚の時点で住民の「種族」は選べても、その「個体」を選ぶことが叶わない。言ってしまえばランダム、博打ガチャというわけだ。

 どうせ博打であるのだから、もし私や少年にとって気に入らない住民だったなら、創造神権限で元の世界へ丁重にお引き取り願えば良いだけの話だと、私は少年を説得した。


 ……要するに、私は選択したのだ。

 現在この世界に住まう従属の顔ぶれを確かめ、そして学校という名の「神殿」が建てられた頃合いを見計らって、私はエルフという「上位種」を私自身の新たな従属として招聘スカウトした。


 今でこそ、私の世界は『無限の天うちゅう』から見ればちっぽけで、誰にもどの世界にも何ひとつ影響を与えないランキング底辺層かもしれない。

 だが、もしも。

 少年や今いる住民たちによって、その評価ランクが覆るような日が訪れたなら。


 少年は市長として、やるべきことを為している。

 ならば私も神様として──として、万一に備えた愚行のひとつくらいは講じておかなければな。



(Day.34___The Endless Game...)

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