Day.32 少年、学校経営シミュレーションゲームに浮気するってよ

「──……っつーわけで…………」


 翌日正午、学校兼神殿建設予定地。

 私の世界まちに存在するすべての住民を集めた少年市長が、新しい設計図とともに今後の方針を掲げていく。


「俺が前いた日本せかいで、自然環境と融合した芸術家たちの創造の場として評判が高かったある公共施設を参考に、ここへ『創造神専門学校(仮)』を新設する」


 妖精のアパートとカチク・コーポレーションの工業地帯、それらの喧騒と大きく離した、台地の上に建てられる専門学校。

 住民たちが今揃っている地点を軸に野外グラウンドを展開し、教室と図書館、食堂を備えた校舎A棟を建設。校舎は二階建てで、現状はA棟のみ。少年いわく「住民や生徒の人数が増え次第増設する」とのこと。

 雨天時に備え体育館と、今回は特に音楽を専門に学ばせたいということで、学校行事にも使える「音楽堂ホール」も隣接する。

 そして『創造神専門学校(仮)』と称するだけあって、A棟二階中央部には理事長室ならぬ創造神室……つまり私の神殿いえが配置される。


市長おれの家もこの建物付近に移転する。日中は俺も内政やらなきゃだし、お前ら住民も仕事やら何やらで忙しいだろ? よって、この施設の『専門学校』としての営業は夜間になると思う」


 カチクの営業時間が午前九時から午後五時だから、学校の授業はそれに合わせて夜の六時から九時で予定を組んだらどうかと少年は提案した。

 住民たちは皆が賛同したが、夜間制の学校か……。まあ、専門学校らしいっちゃらしいし、この少年らしいっちゃ少年らしいタイムスケジュールだなと私は思う。


「言うほど変なスケジューリングじゃないぞ、創造神。俺の感覚的にはどっちかっつーと学校よりも、部活動か習い事みたいなノリじゃないかな」


 私は住民たちが見守る中、久しぶりに創造魔法の詠唱を歌う。

 ……ううむ。本当に久しぶり過ぎて「創造」の神という私の全能なるアイデンティティが危うく失われるところだったじゃないか!


 אתה נבחר על ידי

(訳:お前は私に選ばれた)

 קבלו את ברכות הארץ

(訳:大地の恵みを受け取りなさい)

 תשפוך עליי אהבה

(訳:私に愛を注ぐのだ)

 בהצלחה לבסיס ההיסטוריה

(訳:歴史の礎に幸あらんことを)



*****



 何もなかった大地に召喚陣が展開されていく。

 新たな学校が建ったあたりで、アルパカとロボットは自分たちの通常カチク業務へ戻っていった。

 グラウンドに佇んだまま残っていたのは私と少年、そして自給自足ののどかな暮らしにより日頃から暇を持て余した妖精たちである。嬉々として学校中を飛び回りながら、口々に「すごいやばいかっけえ」などと語彙力の低い賞賛を浴びせていた。


 特に評判が良かったのは校舎A棟の外壁だ。

 少年が先日提案した高層ビルこそ諸事情により没となってしまったが、唯一、透明なガラス張りの壁だけは、少年の要望オーダーを通すことにしたのだ。

 綺麗な光り物を好む妖精たちが外観に満足している様子を、少年もしばらくは嬉しそうに眺めていたが──


「妖精アルファ!」


 少年に名指しされ、仲間たちと談笑していたアルファがきょとんと頭のリボンを傾かせる。……なんか、私の創造魔法も久しぶりだったが、妖精アルファの顔を見たのも随分と久方ぶりじゃないか?


「学校作りはもともと俺の念願だったけどな。けど学校と神殿を同時に作ることになった、最初の目的を忘れちゃいけない」

 ──…………あっ。

「学校の『指導者せんせい』を雇うのはこれからだが、その前に俺と創造神で、お前ら妖精、特に妖精アルファの『入学試験』を実施する!」

 ──……あっ、ああ〜…………。

「ロボットの『入試』はまた今度でいいや。お前も協力しろよ、創造神。魔法詠唱とかである程度は歌えるだろ? 俺がソルフェージュと楽器演奏、お前が歌唱の審査を担当しようか」

 ──ああ、はい…………。

「生徒の実力をあらかじめ把握しておくのは、学校の運営者として当然だからな。それにアルファがオルガン弾いてるところ、俺はまだ聴いたことな……って、おい聞いてるか創造神?」


 言えない……だなんて。

 妖精アルファの音楽家ミュージシャン志望から始まった、彼氏ベータとの別れ話。世界ランキングと信仰力、そして音楽との強い結びつき。

 相当前Day.26から起きていた問題が、今になってようやく解決の兆しを見せているわけか。解決の兆しというか、糸口というか。むしろ糸掴んで問題を解決させるのは今からというか。


 すっかり忘れていたよ。

 この専門学校の開校目的は、住民たちの『音楽力』を向上させること。

 特に──妖精アルファ!

 あたかも彼女のために作ったような学校ではなかったか!?



 こうして突如始まった、私と少年の審査による「入学試験」。

 入試とは言え、これはあくまでも個々の能力を測るための事前調査。点数付けて順位や合否がでたり、ましてや入学を拒否するために実施するテストでは断じてない。

 ……断じて……ない…………はず、だ……ったが…………?


「……………………アルファ」


 ぽお〜ん。

 音楽堂ステージに設置されたグランドピアノ。

 妖精たちのひと通りの試験が終わり、ラスト一音を叩いた少年は宣告した。


「アルファ。お前の『創造神専門学校(仮)』入学を破棄する!」


 ──な、ななな流れるような「婚約破棄てのひらがえし」ぃ!?!!?



*****



「入学を破棄する! 学校から追放する! さっさと転生して来世に期待しろ!」


 怒涛の勢いでヒロイン失墜の常套句を並べ立てる少年。

 歌は音痴。楽器もリズム音痴。

 ピアノから鳴らされた音は正確に聴き取れず、聴き取れない音程ものを声に出して正確に歌うことも当然叶わない。


「つーか楽譜もまともに読めてねえじゃん! 今までそれでどうやってオルガン弾いてたんだ!?」

「耳コピっしょ? 当然。あたし、一度聴いた曲は全部覚えて弾ける初見暗譜能力パーフェクトメモリースキル持ってっから」

「その再現力の低さで『の○め』みてーな天才ヅラするんじゃねえ!」

「ほらもっかい歌ったげるから。なんだっけ? カチクの社歌だっけ? はい、さんっ、はいっヴ! ッララ゛ッララー♪ ママ゛ァマンマー♪」

「チェエ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ンジ!!」


 しょ、少年!

 たった二小節で諦めるなあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!



 ……私が作りし「最高の世界」で新たに始まった、少年と住民たちの学校生活。

 これから学校を舞台に巻き起こるのは、おそらく世界史上最難関ミッションだ。


 すなわち、妖精アルファ──『妖精女王ティターニア』への道!






(Day.32___The Endless Game...)






*****

【作者の余談】

 すっかり失念していたんですが、作中(Day.15/Day.29)で登場したストリートオルガンは妖精用とその他種族用の「二台」設置してある設定にさせてください。妖精のちっちゃい身体で、少年と同じサイズの楽器を両手で弾けるわけなかった……。

 また「ソルフェージュ」とは、音楽の実践(Play/Listen問わず)に必要とされている基礎的な技術のことを指します。特にクラシック音楽界隈でよく耳にする言葉ですね!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る