Day.31 私が考える最高の世界と、世界のために私ができること

 実は、「学校」の構想だけはずいぶん前から準備してあった。


 創造神にこの世界へ召喚される前は、俺はいわゆる「不登校」だった。

 中学に進学してまもない頃からぽつりぽつりと欠席が増えていき、ついにはまったく校門を潜らなくなった。

 そうなってしまった理由は色々あるけれど、本当は俺も……俺だって、他のみんなと同じように、学校へはちゃんと通ってみたかった。


 だからもし、曲がってしまった「学校生活にちじょう」をもう一度やり直すことができたなら。

 次は絶対に失敗したくないんだ。


 俺は今度こそ、最高の世界──最高の「学校」を作ってみたくて。



*****



「……」

 ──……少年。

「…………」

 ──少年。ご、ごめんね?


 自ら考案した学校兼神殿、通称「螺旋状高層建築スパイラルタワー」。

 その最上36階での新生活くらし創造神わたしに拒否されてしまった少年が、寝室のベットで布団被ってうずくまり、一向にベッドから顔を出さないまま小一時間が経過した。


 いや良いんだ少年。そんなに落ち込まなくたって良いんだ。

 私は格好良いと思うよ、スパイラルタワー。だってこれ、なんだろう?

 学校の造形デザインはまったく問題ないから、ただ、スパイラルとは別途で私の神殿さえ用意してもらえれば……。ああそれにほら、妖精アルファあたりなら、こういうスタイリッシュでスマートな建造物は結構好みタイプなんじゃないか?


「……見え透いた嘘はやめろ創造神」


 布団越しに聞こえてくる涙声。


「……いや……嘘ついてるのは俺だけど……これ別に俺が考えたデザインじゃないけど……」

 ──え、なに? 声がくぐもっててあまりよく聞こえないんだが。

「でも最近お前、めっちゃ俺の家にばっか入り浸ってっからさ……そろそろ創造神にだって、自分のプライベートを大事にしてもらおうと思ってたからさ……」

 ──え、なになに? 聞こえない。お願い少年、布団から出てきて!

「住民が気に入らない家には住みたがらないのと同じ理屈だ……神様のお前が気に入らない神殿がっこうなら、きっと他の住民だってこの学校しんでんへは通いたがらない……」


 小一時間が経ってようやく、少年はもそもそと布団から顔を表した。頭隠さず尻は隠す。すっぽりと顔だけが布団から出てきた少年の格好はまるで寝袋か、みたいだ。


「……理由を聞こうか創造神」


 赤い目元をこすりながら、少年が私にたずねてきた。


「何が気に入らなかった? 自分は空が飛べるのにわざわざ高層ビルなんてコスパ悪いってか? それとも景観信者ならではのこだわりか? 妖精やらアルパカやらファンタジーな住民相手に先進的過ぎるってか? それとも、二階はフードコートで良いって発言が気に入らなかったんなら、うっ……すいませんでした撤回します……」


 ──まあ確かに「ビルから一歩も出なくても飯食えて寝られて」とかいう発言は、生活習慣病ルートまっしぐらのため取り消してもらいたくはあるけれど。


 少年が指摘する通り、私は乗り物を使わずとも空中飛行が可能であるし、できることなら自然の恵みを大切にした景観を心がけてもらいたいと思わないこともない。

 しかしそれはあくまでも、私個人の意見だ。

 少年にも趣味嗜好があるように、この世界は基本的には、神様わたしではなく住民おまえたちの理想を追求してもらいたい。


 ああ、少年の言う通りだよ。

 私の仕事は──お前たちの「幸福にちじょう」を見届けることなんだ。



 私は少年を寝室から連れ出した。

 本当は私の魔法で少年も宙に浮かせることができたけれど、あえて少年の移動手段である「空飛ぶ車」で夜空を舞うことにした。

 相変わらず少年の運転は上達していないが……まあ、今は別に良いだろう。


 ──つまりだ、少年よ。

 少年が以前から「市長」としての公約を掲げているように、私にもこう見えて、「神様」としての信条があるという話でね。


「……神様の信条?」


 訝しむ少年に私は言って聞かせた。


 確かに、私たち神様はこの世界で誰よりも大きな力を有している。

 魔力マナの量はもちろん、用いる魔法の種類も威力も、空を飛んだり時を止めたり能力スキルもいろいろ持っている。こうして空から世界全体を見渡すことで、お前たちすべての生命が時を進めていく様を、眺める権利が私にはあるのだ。


 世界を空から見下ろす「権利ちから」を与えられていることと。

 その権利を、あたかも「当然あたりまえ」だと思って行使すること。


 ──まったく意味が違うと、思わないか?


「……ええと……うーん…………ええ?」


 言葉の意味を自分の中で消化しきれていない少年へ、私はさらに言葉を続ける。

 なあ、少年。初めて私にこの世界へ喚ばれたとき、自分が言った台詞を覚えているか? いや私だけじゃない、創造神ビイにもまったく同じ言葉を伝えていたはずだ。

 空を自由に飛べるからといって、いつでも高い位置から大地を見下ろせるからといって、本当にいつまでも空の上に陣取っていたら、なんていうのかな、お前たちの生活くらしと大きく乖離しすぎてしまう気がするんだよ。


「……つまり?」


 歯切れの悪い言い方する私に、少年が眉をひそめていたけれど。



 高層ビルの最上階。

 衣食住も通勤通学も、すべての生活が自己完結した、細くて長い建物。

 住民たちがそんな学校に通い始め、私までそんな神殿で暮らし始めたら……。


 ──それこそ、神様わたしの「視野せかい」が狭まってしまうのではないか?



*****



 私は私で自分の好きな時に、自分の魔法で空飛んで勝手に見下ろすさ。三十六階建ての家に住まなくともな。

 だから普段の生活に使う神殿いえは、いつでも高い位置から見下ろせるような高層ビルよりも、むしろ今の市長しょうねんの家みたいな、お前たち世界を見渡せるような建物のほうが良いかなあって。

 だって、ほら「住民ひとがゴミのようだ! は〜はっは!」とか一人でやってても楽しくないし……って、どうした少年!?

 ぽっか〜んて大口開いちゃってるぞ! だから運転中は前を見ろ、前!


 少年はハンドルを握る両手などそっちのけで、私が一生懸命に空中の魔力マナを動かしているのにも構わず。


「……創造神……お前……お前って…………」


 目から鱗が落ちましたと言わんばかりに、少年がまじまじと私をガン見した。


「ほんっと時々、時々なんだけど、ま〜じで突然『無知全能』から『全知全能』にモードチェンジするよな……」


 私やよその創造神には、自分の「視野せかい」に収まらない広過ぎる世界など作るなと、何度も主張してきた少年が。

 逆に狭過ぎる「建物せかい」もまた、自分の視野を狭めていく要因になるのだと、私の主張によって気が付いた星空のもとである。


 地上に車を降ろすなり、少年は胸ポケットに畳んで入れてあった学校の設計図を取り出し──ベリベリベリベリッ!

 ああああ、待て待て少年! だからすぐに地図やら設計図やら破り捨てる癖はやめろって! 神殿はともかく学校はスパイラルタワーで良いよって言っているじゃないか、本当に極端なやつだなあ!


「いや駄目だ。学校にしろ神殿にしろ、神様のお前が嫌がる建物なら駄目だ。そういう独りよがりな都市開発ゲームも……学校生活リアルも、俺はもう懲り懲りだからな」


 口を尖らせた少年が、それでも固い意志をもって首を振る。

 そして私を見据えた少年が、


「やっぱり俺一人で考えるより、お前の要望オーダーを聞いた方が早そうだ」


 新しい建物の候補を洗い出そう、と告げてくる。


 住民はもちろん、神様の幸福度ねがいにも真摯に耳を傾ける少年は、いったいどんな学校、そして神殿を私の「最高の世界」に作ってくれるのだろうか。



(Day.31___The Endless Game...)






*****

【注意書き】

 本作はフィクションです。実在の人物や団体、ゲームタイトル、そして建物などとは一切関係ありません。もちろん、特定の機関や建造物を批判および非難する意図もまったくありませんことをご了承ください。ちなみに、高層ビルへの通学通勤および生活は、作者の私にとっても大きな憧れのひとつでございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る