Day.30 おれのかんがえたさいきょうのがっこう

 少年市長プロデュース、都市開発講座。


 都市開発ゲームにおける「学校」の役割とは、住民たちの教育レベルを引き上げることに他ならない。

 発電所などのインフラ設備や道路、住宅地や工業地などと比べれば設置する優先度はそれほど高くない。だがある程度の住民を誘致できたにも関わらず、いつまでも教育機関の充実を怠れば、都市の発展は大きく遅れを生じさせてしまうらしい。

 ゲームによって用意されている学校の種類はさまざまで、簡易的に「学校」のみ建設できるゲームもあれば、日本のカリキュラムに乗っ取り「小・中・高校」と段階に分けて建設できるゲームもある。また教育レベルを上げるための補助施設として「図書館」や「美術館」、さらには「大学」「研究所」などといった公共施設も時には建設する場合があるらしい。


 いずれにせよ、いかなる都市においても「学校」は今後の発展、ひいては「最高の都市せかい」を作るためには、遅かれ早かれ欠かすことができない建物なんだとか。



 ──ふむなるほど。

 都市開発講座ご苦労だったな、少年よ。

 では早速この全能なる創造神わたしが、少年の注文オーダー通りに学校とやらを建設つくろうじゃないか。


 それでいったい少年は、どんな学校をご所望かな?



*****



 ばあんっ!

 市長の家、その食卓テーブルに叩きつけられたのは学校の設計図だった。


「俺が作りたいのは、学校は学校でも『専門学校』だ!」


 いつのまにか設計図を書き上げていた少年が……いやあるいは、ずっと前から学校の設計図だけは用意済みだったかのような、らんらんと目を輝かせた少年が。


「特に今回は、住民たちの『音楽』に科目を絞ってレベル上げしていきたいって話だからな。日本でもない都市せかいでわざわざ義務教育に則った五科目すべてを頑張る必要はないし、住民にとって必要で勉強したい科目に合わせた、つまり生徒のニーズに合ったカリキュラムが組める学校を俺は作りたい! そうしたいっ!」


 テーブルに広げられた設計図を一目見るなり、私は思わず感想をこぼした。

 ──た、高っ! 細っ!

 どうなっているんだその外壁!? 青? 銀色? 窓いっぱい! なんか見た目がぐるんぐるんしているんだが!?


「鉄構造、三十六階建て。螺旋的スパイラルなデザインがスタイリッシュでスマートで超かっけえ! まさに高層ビルの最高峰っ!」


 少年が鼻息荒くして、


「縦に長いぶん敷地面積マスも全然取らないから、コスパにも環境問題こうがいにも配慮した現代的モダン設計なんだ! しかもっ!」


 興奮冷め止むことはなく。


「このビル、なんと学校としてだけじゃなく『商業施設』にもなるんだっ! この都市せかいではまだ一度も区画されていない『商業地区』が、ようやくによって生み出されるんだよ! 本当は地下街も作りたいけど、今いる住民で地下まで潜りたがるのは俺くらいしかいなさそうだからな。まあ今回は地下は遠慮しよう!」


 遠慮の二文字など存在しなさそうな解説を繰り広げ、ようやく少年は言葉を連ねることをやめた。ここまで息吸うことを忘れていたかのように、スーハーゼーハー、言いたい台詞を言い終えるなり息切れを起こす始末である。

 しばらくの間息を整えていた少年が、


「創造神!」


 私を見上げるなり、張り裂けんばかりの眩しい笑顔でこう告げた。


「お前の家は今日から、このビルの最上階だ!」

 ──え? さ、最上36階?

「この学校が住民たちから信仰力を集める『神殿』としても機能していく以上、お前もこれからは俺んちにばっか住み着いてちゃ駄目だろ?」

 ──……はあ。まあ、それはそうなんだが。

「それに創造神おまえの仕事は都市せかい全体を見渡すことだろ? この先どんな高層住宅を建てたとしても、きっとこの学校以上に高い建物は作らないと思うんだよ。だから、ここの最上階で暮らせばお前はいつでも、このから俺たちを見下ろすことができる!」

 ──…………。

「どうだ創造神! 完璧だろ? まさに多機能ビル、まさに最強の学校、まさに俺が目指す『最高の都市せかい』にふさわしい神殿だと思わないか!」


 これぞ「多様化社会の永久機関エンドレスループ」だ──と。

 叫ぶ少年の嬉しそうな声が、部屋中でぐわんぐわんと轟いた。



「っつーか、市長おれの家もここに移転しようかな!」


 いそいそと設計図に新しい線を書き込んでいく少年を、


「もともと仮住まいのつもりだったからさ。学校は都市の中央部に作るつもりだし、こんな空間マスの隅っこじゃ、妖精の住宅地区アパートはともかくアルパカの工業地区かいしゃから離れすぎてる」


 私は黙って見つめていた。


「一階は受付ロビーだとして、二階はフードコートでも作ろうぜ。前から憧れてたんだよな〜、高層ビルから一歩も出なくても飯食えて寝られて、学校にも通えちゃう夢みたいな生活!」


 ……私は内心、かなり悩んだ。


「ベージュが言う通り学校の先生は移住スカウトするとして。この学校ひとつ建っただけでも、新しい仕事が一気に増えそうだな。特に妖精たちは今んとこ自給自足で済んでるみたいだし、これからはあいつらもビルの中で働いてみないか、改めて会議で呼びかけなくっちゃ」


 …………今私が感じていることを、そのまま少年に伝えてしまっても良いのかと。



*****



「よし、ひとまず建設だ!」


 設計図を書き終えた少年に、


「それじゃあよろしく創造神! いつもみたいに、よくわかんねー言語とよくわかんねー魔法でちゃっちゃと建物作っちゃってくれ。でもいつもよりはちょっとだけ張り切れよ? なにせこの建物は、記念すべきお前の神殿いえでもあるんだから」


 私は告げた──できる限り、申し訳なさそうな顔を作りつつ。


 すまない、少年。

 一度は少年に一任しておきながら、それも神殿は従属が用意するものだと散々豪語しておきながら、後からこんなことを言いたくはなかったんだが……。


「うん?」


 学校は確かに承った、少年の注文オーダー通りに作ろうじゃないか。

 ただ……すまない。

 神殿は、別の建物ものを用意してくれないだろうか?


「……え?」


 ぱちくりと目を瞬かせる少年に、私は言った。

 この都市せかいの創造主にして──この私が。



 少年市長。

 創造神わたしは──その「神殿いえ」には、あんまり住みたくないなあ。






(Day.30___The Endless Game...)

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