Day.29 都市開発ゲームだけが専門ではなかったんだな少年

 妖精たちが暮らす大木の前には、私が創造して以来、木製のオルガンが常に置かれるようになった。

 人通りのある場所に誰でも演奏できるよう配置された楽器のことを、人間たちの世界では「ストリート」なんたらと呼ぶらしい。


「へ〜、足踏みオルガンじゃん。懐かしいな」


 そんなストリートオルガンに初めて触れた少年が、


「小学校なら何台か音楽室に置いてあったかも。まあずっとペダル踏みながら弾くとか、すっげえ大変で演奏コスパ最悪だから俺は嫌いだけどな。なんで電動にしなかったんだよ、発電所もちゃんとあるのにさ」


 ……などと私の創造物にいちゃもんを付けつつ、鍵盤前の椅子に腰掛ける。演奏コスパってなんだ? 初めて聞いた言葉だな!

 少年はおもむろに、ペダルをきこきこ漕ぎながら両手を鍵盤の上に置く。


 ……。

 …………。

 ……………………ん?


 オルガンは鍵盤さえ叩けば音が鳴る楽器だが、音が鳴ることと「音楽」を奏でること、その意味合いはまったくもって違う。

 私は少年が奏で始めた「音楽」に、うっかり無言で耳を傾け続けてしまった。


 ん? え、あれ?

 少年ってもしや──『音楽力スキル』持ってる系か!?



*****



 少年がオルガンを弾き始めると、次第に大木から妖精たちが集まってくる。

 どこからか『カチク・コーポレーション』の製造部長・ベージュまで、オルガンのそばまで歩み寄ってくる。

 やれ土地運用だやれ区画設計だやれ交通整理だと、妖精アパートへ顔を出したら基本的に都市開発の話しかしてこなかった少年の、知られざる一芸に住民たちがざわついていた。


「ふむ、素晴らしい!」


 パチパチ。

 演奏が終わるなり両前足を鳴らしながら、ベージュが鼻をぶるると震わせる。


「人間風情にしておくにはもったいない演奏でした。して、ただいまの曲目は?」

「曲名は忘れちゃったな。俺が一番好きな『都市開発ゲーム』のBGMビージーエムだ」


 ──いや、ゲームかい! やっっっぱり都市開発かい!


「ゲーム音楽だからって舐めてかかったら駄目だぜ。特に都市開発ゲー界隈は、どこのレーベルも良いサウンドトラック集出してるんだよ。クリエイターもがっつりオーケストラ音源使ってるしな」

「市長どの。聴衆リスナーとしても奏者プレイヤーとしても音楽に見識があるのはたいへん結構ですが、サビに入る手前のメロディは、も〜う少し『溜め』てもバチが当たらないとわたくしは思い当たった次第で」

「溜め? いやいやクラシックじゃあるまいし、この手の演奏は基本テンポは一定にしておくもんだろ?」

「これは録音音源ではないんですよ、市長どの。ライブにしかりコンサートにしかり、こと生演奏に至っては客席を沸かせるための新鮮なパフォーマンスも充実させていく必要があるのです」

「うわ〜出たよ! アドバイスのフリした個人趣味の押し付け。ファンの皮を被った厄介オタクかよベージュお前?」


 ──厄介オタクはお前たちだよ!

 もうやめろ! 私も読者も置き去りにしていく、都市開発ゲームよりもマニアックなトークはもうやめろ!



「まあ、ともかく都合が良ろしいことで」


 するとベージュは両前足を組んで、少年にこう切り出してくる。


「市長どのには弊社のガラクタ……いえ社員たちに、社歌のクオリティを向上させるべく音楽指導を外注したいと要望オーダーを出しにうかがったのです」

「社歌? へ〜、そんなもんがあったのか」


 少年は幸か不幸か、まだ連中の社歌を聴いたことがない。

 脇でうんざりした表情をしている私にも構うことなく、ベージュはパカラと地を踏み鳴らしてみせた。


「まあ市長どのもたいへんご多忙でしょうから? わたくしとしましては、指導者として別途で新たな住民のスカウトを提案いたしますが。なにせ社員の『音楽力』の向上は企業イメージのみならず、創造神どのの『信仰力』にも関わる極めて重大な課題ではないかと」

「へえ……お前らアルパカも、たまにはマシな要望出してくるじゃん」

「失敬な、わたくしたちはいつでもマシですよ。特にわたくしは、社長室やら市長の家やらでふんぞり返ったあなた方などよりも、社内で現場のことをたいへんよく理解している素晴らしい立場でございますので」


 現場職の強みを主張してくるベージュに、少年はなぜか微笑んだ。

 どうした少年? 笑うシーンだったかここ? なんやかんやとアルパカがうざいだけのセリフだったろう?


「そうか? 住民なんてこんなもんだろ。むしろシステムで動いてるゲーム世界の住民よりかはずっと理不尽じゃない要望だ」


 それに、と少年は言葉を続けた。


「ベージュの提案は俺にとっても好都合だ。ちょうどこっちも『神殿』の建設に手を尽くしてる最中だったからな」


 ──え、神殿?

 私は首をかしげた。はて、とベージュも長い首をキリンみたいに折り曲げている。


「神殿……でございますか? 弊社の問題となにか関連があるんですか? まあ、そちらの事業に関しては、むしろ取り組むのが遅すぎますけれど」

「そりゃあ悪かったね。俺も『信仰力』うんぬんのゲームシステムは、つい最近創造神から情報共有シェアされたばかりでさ」


 私も少年に問いただした。

 いったい何をするつもりなんだ、少年? 確かに神殿作りに関しては、少年へ全てお任せ状態だが……。


 少年はふふんと誇らしげに鼻を鳴らす。オルガンの椅子から立ち上がり、周囲に集まっていた妖精たちへも言って聞かせるべく、少しだけ胸を張って大声で宣言する。



*****



「神殿は『信仰力』を集めるための場所なんだろ? で、信仰力は住民の『魔力マナ』プラス『音楽力』イコールなんだろ?」


 少年市長が打ち出した、私の都市せかいの新しい施策。

 ずばり。



「今からこの都市せかいに──『学校』を作るぞ!」



 それは、住民たちが音楽力を高めるための場所。

 そして、まだこのそらや人間以外の種族について未知を溢れさせた少年が、創造神わたしや住民たちとの交流を通してさらに視野せかいを広げていくための学び舎。


「この都市せかいの学校は、神殿としての機能を兼ね備えた公共施設になる」


 少年は楽しそうに笑っている。

 学校、と口ずさんだ瞬間──その笑顔がわずかに強ばったのを、私は見逃さなかったけれど。


 いや、私は別に良いんだけどさ。

 その神殿って少年……ほ、本当に作って大丈夫か?



(Day.29___The Endless Game...)

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