Simulation03: 学校(しんでん)

Aパート フェアリーの学校

Day.28 グッモーニン、カチクたち 〜製造部長ベージュの議事録

 カチク・コーポレーション──略称「カチク」の朝は早い。


 午前七時。

 カチクの最高責任者にして最優のアルパカと名高い代表取締役・クロは、常に社員の誰よりも早く事務所へ出社してくる。

 敷地内をランニングしながら農場や工場の状態を見回り、社長室へ帰れば塩水にふやかした穀物で優雅な朝食タイム。備え付けのマッサージチェアでむにゃむにゃしているうちに、営業部長・シロや製造部長・ベージュも社長室へ挨拶しに現れる。


 なおシロとベージュはどんなに早く出社しようとも、午前八時半になるまで絶対に社長室へは顔を出さないようにしている。

 いわく、クロにとってはマッサージチェアで過ごす朝の数十分間が至福のひとときらしく、万が一にもこれを邪魔しようものなら時速四十キロで体当たりしてくるか、口臭が凄まじい唾を吐き捨ててくるのだとか。


 午前八時半。

 アルパカの三人が一堂に会したあたりから、次第にロボットの社員たちもカチク敷地内をうろつき始める。

 彼らは事務所から徒歩圏内の社宅で暮らしており、出勤時間の午前九時までにそれぞれの配属場所へ付かなければならない。一秒でも遅刻した社員はペナルティとして、その日の昼休みに配給される「電池ランチ」が自社製の高級ブランドから安物ブランドへと格下げされてしまう。


 午前九時。

 出勤時間を迎えれば、敷地内に配置されたスピーカーからクロの声が鳴り響く。カチクの朝礼は、社長室からスピーカー越しで行われる。


「えー、おはようございますカチクの皆さん。本日はお日柄も良く、太陽さんはたいへんご機嫌なようですが、たとえお天気が曇っていようと雨嵐だろうと、雪やつららが降り積もろうとも、わたくしたちカチクは常に心を晴れ晴れさせていなければなりません。なにせこの大空のように、お客様のお天気は決してカチクには変えられないからであります。……まあ、創造神どのにお祈りでもすれば変えられるかもしれませんがね。ぱっかっかっか!」


 ぱっかっか、とスピーカーからはクロのそばにいるのだろうシロとベージュの乾いた笑い声も後に続いてくる。

 ……この朝礼ではときおり、スピーカー越しに「ガガガ…ブゥーン……」などの奇怪な音が聞こえてくることがあるらしい。ロボット社員たちは皆がヒラであり、社長室への立ち入りは原則として認められていないため、自分たちの身体から発される関節音とはまた異なる機械音、その正体を知る社員は誰もいない。


 そして朝礼が終われば、次に流れてくるのは「社歌」だ。

 歌って踊れる社歌で有名なそれを、カチクで働く社員たちはいかなる業務内容よりも、優先して振り付けや歌詞を覚えなければならないことになっている。

 いまいちな音質で世にも不気味なオルガン伴奏が流れる中、敷地内にいるロボットたちが「カチークカチク」と一斉に踊り始めた。



*****



 ところで。


 ロボット族──「傀儡かいらい」族と呼ぶこともあるけれど。

 彼らは数多に存在する生命の中では、そもそも魔力マナを持たない人間に次いで、魔力マナが少ない種族として知られている。


 たとえば人間の身体は大半が「水」でできているが、本来であれば魔力マナは、いかなる種族にとっても身体機能を維持するためにはエネルギーである。

 魔力マナとはあくまでも、神々が己の世界を作るため、天地とともに新たな「種」を生み出す際に用いたその残り香として、種族たちの体内にも残ったという説が現状では有力だ。

 しかし魔力マナは魔法を用いるためのみならず、自身の創造主かみさまに献上することで、種族ないしは種族が生息する世界の評価ランクを上げるために必要とされている。


 種族そのものが有する魔力マナの値を変動させることはできない──たとえ彼らの創造主であったとしても。

 しかし、魔法を用いる際の一時的にであったならば、魔力マナを向上させる手段は存在している。


 その手段こそが「詠唱うた」──すなわち「音楽」である。


 魔力マナを持たない人間すらも、音楽と信仰の根深い関係性はすでに周知しているんじゃなかろうか。

 人間たちが古代から形成してきた集落や国家、あらゆる文明においても音楽はしばしば神への儀式に用いられ、信仰する神やその手段の多様化が進んだ現代でもなお、教育現場から音楽という科目が潰えることはない。

 ……もっとも、人間たちがどんなに音を奏でようと、魔力マナが新たに体内で構築されることは決してあり得ないのだけれど。


 しかし、実は「種」としての欠陥を抱えていたのは人間だけではなかった。

 カチクで働くロボットたちもまた、魔力マナを有していながらも、ひとつの種族としても社員としても、致命的な欠陥を抱えていたのだ。



(……困りましたねえ…………)


 電池製造工場を巡回しながら、曇り顔でぼやいたのはベージュだ。

 社内にいる三頭のアルパカ族で唯一の現場職たる彼は、日頃から社長室のマッサージチェアでふんぞり返ってばかりのクロの小言をさんざん聞かされてきた。


 なんでも──社員たちの「社歌」が一向に上達しないとかなんとか。


 目前であくせく働いているロボットたちの、ベルトコンベアでの手捌きは決して悪くない。近隣都市から出稼ぎへやってきた彼らの、仕事の覚えは皆が早かった。精度も上々で、別の都市に構えた「本社」のアルパカたちにも勝らずとも劣らない。さすがはロボットといったところか。

 しかし種族としての「性能ランク」はそれほど低くないにもかかわらず、なぜか音楽の「才能センス」だけは一向に伸びない。成長ゼロ、むしろマイナス成長といったところか。


 要するに、ロボット族は。

 魔力マナを有していながらも、それを音楽によって向上させることがままならないがために、人間と並んで下等種族という評価レッテルを貼られているのだ。



*****



(ま〜わたくしたちは? 芸術分野にはとことん明るいハイセンス種族で有名ですけれど? 社歌も振り付けも、他社と比べてひとしおな高クオリティ保証ですけど?)


 前足を組みながら、ベージュはため息混じりにかの代表取締役へ文句を垂れる。


(ただねえ……いくら社員とはいえ、他種族への音楽指導などわたくし製造部長にとっては『業務外労働』もはなはだしいですよ。どうしてわたくしが、彼らのナンセンスを社長に叱られなければならないんでしょうね?)


 部下に文句を言うだけ言って、自分は四六時中マッサージチェアで悠々とくつろいでいる給料泥棒。

 ちなみに、クロが誰よりも早く出社し誰よりも遅く退社する、一見理想の社長っぽくて素晴らしいタイムスケジュールにも実は裏がある。ベージュは知っている……クロは二十四時間三百六十五日、ほとんどあの社長室で生活していることを。


(そんなにも社歌を利用して企業イメージアップ図りたいなら、予算ケチらずちゃっちゃと『外注』すれば良いではありませんか。幸いこの同じ世界まちには、妖精たちも常駐しているんですから)


 ──ただし。

 種族単位で優れていたとしても、その能力には「個人差」があることを決して忘れてはならない。


(……要望オーダー、出してみますか)


 ふと思い浮かべたのは、全種族でもっとも下等な生命にして、この世界の創造主が「外注」した経営者。

 ベージュは立ち上がった。

 カチクの企業評価、そして製造部長としてのアルパカ評価をより高めるべく、かの少年市長が暮らす家へと足を運ぶ。


 ──外回りが許されているのは営業部長シロのみのため、ベージュが本当に市長の家へ向かったのは定時の午後五時を過ぎてからだけれど。

 サービス残業、お疲れさまでございます。パッカー!



(Day.28___The Endless Game...)

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