Day.25 私は最高の世界を作りたいと言ったな?あれは…本気だ!

 ……この世に存在するすべての物語において、主人公の「表題回収タイトルコール」ほど重要なシーンなんて存在するだろうか?

 いいやない。絶対にない。あってたまるか!

 しかし現実にはそれほど大事な少年おれのタイトルコールを遮り、創造神はのこのこと神殿へ姿を現したんだ。


「さあ〜帰るぞ少年っ! 十分な食事の次は適度な睡眠だ!」

「お前が帰れ創造神っ!」


 ごすっ。

 俺は振り返りざま、創造神の土手っ腹に拳を叩き込んだ。

 まあ所詮は元・引きこもり、今も市長の家にこもりがちな中坊の拳。大したダメージは与えられ、そう、に、な……──?


「あ、れ……?」


 ぐらり。

 少年おれの身体はそのまま前のめりになって、拳だけでなく頭をも創造神の腹へ突っ込んでいってしまう。

 ぐらぐらと視界が揺れ、創造神にもたれかかったまま──ぷつり。


「良かった良かった、な。私はてっきり童貞少年のことだから、アマゾンたちの色香にあてられ今頃はバタムと気絶しているんじゃないかと心配していたんだよ。まあちょうど良いからそのまま寝てしまえ。今晩は起こさないぞっ☆」


 遠ざかる創造神の声に、俺は心中でのみツッコんだんだ。

 ──いや……それ元ネタ的には「今晩も寝かさないぞ」だ、けど、な……。



*****



 意識を失った少年の胴体を、創造神わたしは脇で軽々抱え上げる。

 おっとと、全然軽くなかったわ。いくら少年とはいえさすがに重いな。軍神ぐんしんじゃあるまいし、私の素の腕力で運び出すのはちょっと難しいかな? んじゃまあ、魔法でちょちょいと浮かせておけば良いか!


 そんな私の様子を立ち上がったままテーブル越しに眺めていた軍神アレスが、

「……ふん」

 鼻を鳴らしながら、再び背後の椅子に座した。

「どうやら、人間の子どもにぎょされてばかりではなかったらしいな」


 私たち神が使える魔法は、必ずしも詠唱を伴うとは限らない。

 ……ただし同じ神同士や上位種族が相手となると、詠唱なしでは魔法が効き辛いこともあるが。

 そもそも魔力マナを有していない人間が相手なら、別に問題ないだろう。



 私は少年を抱えたまま、久しぶりに対面したアレスへこう言ってやった。


 ──この少年は日頃から睡眠不足なんだよ。たまには強引にでも寝かしつけてやらないと、いずれは過労で倒れてしまいかねないからな。

 ほら、屈強なアマゾン族とは違って、人間は実に脆くてか弱い種族で有名だろう?


「そうだな。確かに人間とは脆弱で愚かで、いかなる種族よりも救えぬ生命よ」


 ──今回はたいへん世話になったね、アレスくん。

 いやあ〜この少年、前にも話したと思うが、たとえ相手が神でも言いたい放題、生意気真っ盛りなお子様でね。世界まちの施政者としての腕前は悪くないんだけどさ。

 だからひょっとしたら、少年がと、全能なる私は心配してついつい迎えにきてしまった次第だ。


 そう言いながら私はアレスの顔色を伺う。

 仏頂面を終始崩さないアレスが、褐色のたくましい腕からわずかに光を発していたのを、私は決して見逃しはしなかった。


 アマゾン族を付き従え、この神殿による圧倒的な「信仰力」の収集を以って、常に「世界ランキング」上位に座している軍神アレスの世界。

 ある種の「都市国家」じみた様相を呈したこの地では、アレスは大地の創造主にして絶対君主でもあるのだ。

 おまけにアルパカのシロも評していた通り、アマゾン族、そしてアマゾン族を前世としているアレス自身の、気が荒い性分は私も以前から知っている。


 ふぅ〜……危ない危ない。

 悪いな少年。

 神の中でもとりわけ寛大な私ならともかく、彼を相手に、例の「決め台詞タイトルコール」を最後まで言わせるわけにはいかないよ。



 ──んじゃ、私はここで失礼させてもらおうか! ばいばいまたね!

 そう告げて魔法陣を展開させようとすると、アレスのそばにいたヘルミオネが私を呼び止める。


「おい創造神。……なぜその子どもを自身のしもべに選んだ?」


 私はヘルミオネの質問の意図が分からなかった。

 なぜも何も、別に私が自らチョイスしたわけではない。召喚したらたまたま、この少年が『無限むげんそら』に選ばれたというだけだ。

 が、天の定めによるなら、最初の従属は己の前世と同じ種族のものが選ばれるという話だからな。


 すると、ヘルミオネは不思議そうに私の顔を見つめてくる。

 彼女の言い分はこうだった。


「だからと言って、ただでさえ人間は脆弱な種族だというのに、その子どもにのみ世界の施政を委ねるのはいかがなものだろうか。現に他の種族もすでに多く喚び込んでいると聞く。ならば人間風情ではなく、他の種族にそのまま権限を移したほうが魔力マナも『信仰力』も向上するんじゃないか?」


 ──う〜ん、それはどうかな? 信仰力はともかく、少なくともかみは、今の世界にそれほど不満を感じていないんだが……。


「不満がない? それはありえないだろう。何せキサマの世界は、現状ランキング底辺層だとアレス様が……──」


 ヘルミオネの言葉を遮って、私はひとつ訂正を入れる。

 そこは別に心配いらないよヘルミオネ。

 確かに私は「最高の世界」こそ目指しているが、かと言って、別に『天神てんじん』を目指しているわけではないからな。


 呆気に取られたヘルミオネに笑いかける。

 そして私は告げた。

 無限に広がる「そら」ではなく──有限の生命を以って「地」に立つ神のお告げだ。



 私は確かに創りたいのだ、最高の世界を。

 他の神々やつらを見下せるような、世界という名の至高なる芸術作品を。

 私自身が愛するのではなく、少年や他の生命たちが愛してくれる場所を。


 神様わたしではなく──「住民みんな」が幸福を得られる世界まちを。



*****



「住民……オレたちの幸福……だと?」


 己の幸福を知らないヘルミオネが戸惑う。


「それは……キサマ自身の幸福より重要なのか? 創造神……!」


 ──おうとも!

 むしろ、彼らが日頃から幸せでいてくれれば、自ずと私自身も幸せな気持ちになれるっていうか、適当に『信仰力』も上がっていくというか。まあ『無限の天』が示す幸福の定義とは、確かに多少相違があるとは自覚しているがね。


 で、そんな世界を私の代わりに作ってくれるのが、あの少年市長というわけさ。

 さすが私。一人目の召喚にして良い下僕を引き当てただろう? ははははははは!

 創造神わたしが高笑いを浮かべたのに対して、アレスは一笑すらもしなかった。


「……種族も愚かなら、それを前世とする貴様も愚かなものだな」

 呆れるように。

「前世の記憶こそ持たずとも、貴様が以前潰えさせた世界ほしの終末までは忘れていないだろうに」


 アレスは忠告する──それが果たして、善意による言葉かは知るよしもないが。


「人間の罪も悪意も忘れ去った、まだ名もなき創造神よ。世界ほしとは必ずしも、神が枯らす『花』ではない。脆弱で愚かな人間風情は、時として救えぬ『種』であると再び思い出すが良いぞ」



 そんな台詞を最後に聞き流し、私は少年とともに自分たちの巣へ引き返した。

 原始的で野生的な褐色の世界に別れを告げる。


 さらばだ軍神アレス、ハーレムの王よ。

 次の機会に会った時はぜひとも、この無垢なる少年に「女性」の扱い方を手解き願おうじゃないか。

 そろそろアダムたる少年には、同じ人間のイヴを用意してあげたい頃合いだから。



(Day.25___The Endless Game...)

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