Day.20 召喚された世界の数だけ創造神がいればヒロインもいるらしい

 少年が私の世界から消えてまもなく、とんとんと玄関の扉を叩く音がする。

 扉を開けば、玄関で立っていたのは白毛のアルパカだった。


「失礼いたします、創造神どの。市長の人間風情にお目通り願いたいのですが」


 営業部長・シロが茶封筒をかざしながら、


「あの人間風情には毎日、わたくしたちが請け負っている農場および工業地帯の進捗報告をするよう指図されましたので」


 私はシロに伝えた、少年は今日中はから戻ってこないと。

 なにせあの少年市長には、会社やら都市などよりもずっと優先して進めなければいけない開発からだがある。

 なあに、少し試練を与えて懲らしめてやるだけさ。大地に生を受けることの尊さと、その生を維持することの困難さを、少年には一度身をもって思い知らせてやらなければいけないからな。


「はあ、左様でしたか。確かにあの人間風情は、真面目でマメな働き者と評判のわたくしたちから見ても継続労働時間が長そうですが……」


 前足を器用に動かし、毛むくじゃらな頭をぽりぽり掻きながらシロが問いかけた。


「それで、創造神どの。少年は今どちらの世界に?」


 私は答えた──その世界を運営している創造神どうるいの名を。

 するとシロは、その肌色をさあっと真っ青に染め上げていく。

 そして「パッカー!?」と鳴き声なのか口癖なのかよくわからない叫びと共に、


「そ、その世界は! もしや……わたくしたちアルパカの宿敵! あらゆる世界を網羅しても、とりわけ低俗で野蛮で無能な種族が人口の大部分を占めている、あの世界でございますか!?」


 ──……いや、宿敵はさすがに言い過ぎだろう?

 それにお前たちって、人間のことも「低俗で無能な」とか言ってなかったか? お前たち目線ではどの種族も野蛮なのか?


「野蛮という話であれば、彼らの野蛮で気荒きあらな性分は人間をもはるかに上回っちゃいますよ。ぐぐ〜んと、ばばばい〜んとね」


 シロは首を捻り、両足を胸の前で組みながら唸っている。

 そして私がリビングに戻り、食卓へ「無添加」と書かれた包紙のお菓子を広げはじめたのを眺めながら、ただ一頭のみが呟いた。


「あの人間風情しょうねん……本当に、のですかね…………?」








*****



 少年おれは、死んだ。


 ああいや、死んだってのはもちろん比喩であって、物理的に死んだわけではないんだけどさ。

 生活態度リズムの乱れに腹を立てた創造神の横暴によって、新しい異世界の地に飛ばされてしまった俺が──


「……起きたか?」


 ──次に目を覚ました時は、何者かに見下ろされていた。


 そして死んだ。精神的に死んだ。

 だって、仰向けで倒れていた俺を見下ろしていたのは──「女」だったんだから。


「は…………っ!?」


 空で木々が揺らめいている。

 森とか林とか室外で倒れていたのだろう俺は、その女に膝枕をされていた。


 褐色の肌、赤いラインが引かれた目元、ツヤツヤのたらこ唇。

 何より目を引いたのは……というか、顔よりも格好よりも俺の視線を釘付けにしたのは、目前でたゆんたゆんと揺れている……脂肪? 肉塊??


なんだ、その『肉塊おっぱい』!?!!?」


 反射的に飛び起きようとしたら、肉塊に顔面をぶつけてしまった。すっげえ、まじでなんだそれ! 低反発枕くらいの弾力があったぞ!?

 肉塊もさることながら、背丈が赤ん坊くらいで顔つきも人間の女子高生JKくらいだった妖精アルファとは色々とサイズ感が違う。絶対に二十歳せいじんは過ぎている。つーか、成人していてくれないと俺が困る!


 つーか、お、お前……。

 まさかとは思うが、俺と同じ「人間」では……──


「オレをキサマと同列扱いするな、人間風情が」


 ──巨乳褐色女にすぐさま否定された。


 ちなみに、これは俺が後日調べて判明したことだが、女がぶら下げた肉塊おっぱいはまさかの『Hエイチカップ』らしい。確かに人間世界じゃあなかなかお目にかからないサイズである。

 あの創造神に言わせれば、俺の最近は「成長期」やら「発達期」やらを放り捨てた生活を送っている駄目人間ひきこもりだったかもしれないが、成長期は捨てることができても「思春期」まで捨てられるほど俺も少年ではないのだ。

 い、いくら「人外」とはいえHエイチはさすがに……!



「お前……いったいだ!?」


 なんとか立ち上がった俺がたずねれば、巨乳女は怪訝そうに俺を見返した。

 こうして起立してみれば、俺と巨乳女は身長にもかなりの差があった。俺がだいたい百五〇センチくらいだから、巨乳女は目測で百八〇センチくらいだろうか。

 やっぱり人間世界ではお目にかかれない高身長女性だ。間違いなく創造神あいつよりも大きいと思う。


「……オレは人間という種族には初めて会ったが、人間という下等種族は、オレのこの姿を見ても種族の判別すらつけられないのか?」


 巨乳女が不思議そうな顔で聞き返してくる。

 よくよく見れば、女が俺を膝枕したまま腰掛けていたのは切り株だった。年季がありそうな太い幹、その脇へ無造作に放られていたのは……何あれ? 「もり」?



*****



「一度しか言わないぞ人間風情」


 その女はようやく自己紹介をした。


「オレの名はヘルミオネ。『軍神ぐんしん』がしもべにして、彼につかえる亜馬森アマゾン族の首領だ」

「…………」


 いや、ごめん。もう一度言って欲しいかも。

 エイとかアルファとか、クロとかシロとか、新しい奴が登場するたび適当な名前を付けてきたツケがここにきて一気に回ってきてしまった!


「名前が……?」

「ヘルミオネ」

「種族が……?」

「アマゾン」

「軍神が……?」

「オレたちのあるじだ」


 創造神とも言う──と。

 一度しか言わないと宣言しておきながら、意外と親切に答えてくれるヘルミオネ。

 アマゾンって言われると、俺が有する知識的には「アマゾン河ちめい」や「Amazonかいしゃ」が先に出てきてしまうけれど、種族の名前ってことはおそらく……。


「ああ、わかった。『アマゾネス』か!」



 ──俺が両手を叩いてポンと種族名が閃いたのと。

 俺の正面に立っているヘルミオネの背後から、のと。

 ヘルミオネがその熊の胴体に、のと。


 すべてが瞬間的に繰り広げられて──



「それで? 人間風情」


 顔色ひとつ変えず、Hカップの大女・Hermioneヘルミオネは低い地声で俺にたずねてきた。

 ずしん、と背後で熊がぶっ倒れたのにも構わずに。


「キサマはいったい──創造神だれの従僕だ?」



(Day.20___The Endless Game...)

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