Bパート 女だらけの近隣都市

Day.19 創造神の顔も三度までだ。覚悟しておけよ少年

 突然だが、諸君は「冷蔵庫」という神のうつわを知っているだろうか?


 もちろん知っているだろう。君たちが日頃から栄養として体内に取り込むべき物質を、低温の状態で保管することができる、アレだ。

 そして冷蔵庫はもちろん、全能たる創造神わたしの慈悲により少年が暮らす家にも設置済み。特に少年や君たち「人間」という種族は、日常生活において冷蔵庫は必須だと聞き及んでいる。


 ……しかしだ。

 なあ少年。前々から気になっていたことを、ひとつ質問しても良いだろうか。

 少年はどうして冷蔵庫に──まったく冷蔵する必要がない「乾燥食品」や「レトルト食品」ばかり詰め込んでいるんだろうね?



*****



「カップ麺とかパックご飯とか、蓋開けて五分以内に完成するやつしか俺は食べな……って聞けよお!?」


 少年が私の問いかけに応じる暇もなく。

 少年はいつの間にか、リビングの食卓で簀巻すまきにされていた。椅子にガッチリと縄で縛りつけ、絶対にそこから立ち上がれないように。

 まあ、いつの間にもなにも、少年を簀巻きにしたのは当然この創造神わたしなんだがね!


「お、おい創造神! なんだよこれ!?」

 ──何って、縛りプレイだが?

「いやお前、『縛りプレイ』の意味ちゃんと知ってて言ってんのか!?」

 ──そういう少年は、とことん縛りプレイを趣味としたいようだな?

「はあ!?」

 ──食事と睡眠を抜いて良いのはゲームの世界だけだと、前にも啓示したはずではなかったか? 私がいったい何のために、コレを少年に授けたと思っているんだ!


 コレ、とは私がこの家に常備させている一冊の「本」のことである。

 その本は召喚陣と同様、物体を地点から地点へと瞬間移動させることができる神の道具で、ずばり「食品カタログ」だった。あらゆる世界のあらゆる食材や料理が本には載っており、少年が指で料理を示せば、食卓にぽんと料理が出てくる優れもの。


「神様って奴らはなんでもかんでも召喚して、本当に便利な生活してるよな。まあ、俺たち人間の世界にも似たような通販システム宅配サービスは存在してるけどさ」


 そうだろうそうだろう。便利にも程がある代物だろう?

 ……に、も、か、か、わ、ら、ず!

 ど〜うして少年は、カタログから同じような食品ばかり取り寄せるんだろうな? 栄養が偏るだろうが!


 私は知っているぞ、少年。

 少年くらいの年頃の人間を「成長期」とか「発達期」とか呼ぶのだろう?

 発達途上なのは私の世界だけではない。他ならぬ少年自身だって、きちんと成長してもらわねば私が困るんだよ──この従属!



「神様っていうか母ちゃんみたいな台詞だな……」


 椅子に縛られた少年がうなだれている。

 私は机を挟んだ少年の正面席に腰掛けて、頬杖を付きながらさらに問い詰めた。

 ──なあ少年、最後に食事を取ったのはいったい何時ごろかね? ちなみに現時刻は、少年の地球日本国しゅっしんちの時差で換算すれば午後一時十七分だ。


「こっ細けえな!? ていうかいちいち数えてない……」

 ──即答できないということは、少なくとも今朝は起きてから食事をとっていないということだな?

「えっ、いや、その……」

 ──さらに言えば今朝食べていなくても、昨晩のどこかで食べているならそう答えるはずだよな? 晩御飯を食べていないのか? 今日もまだ何も食べていないのに?

「え、っと」

 ──いいや待て、少年が今何を考えているか当ててやろう。少年は「今」がいったい何時ごろで、そもそも昼なのか夜なのかも自分で把握していないんじゃないか?

「……」

 ──そういえば少年、今朝も昨晩もこの家から外へ出て行った様子がないな。いったい少年は自分の寝室で何をしていた?



 食事をとっていないなら──睡眠は、とったんだろうな???



 体内時計もまともに機能していない少年が、私から露骨に目を逸らし始めた。

 ほらやっぱりだ! ご飯どころじゃない!

 食べない、寝ない、ヒロイン……は今は一応いるけれど。


 この少年……都市せかいの育て方は色々知っているのに、人間じぶんの育て方をまるで理解していない!

 最初に私がこの大地へ喚んでから、まったく成長していないじゃないか!?


「わわわ、悪かった。悪かったよ創造神かあちゃん!」


 明らかに動揺した少年が、がたがたと椅子を揺らしながら私に許しを乞うてくる。

 誰が母ちゃんだ、私は全能なる神だよこの従属! 我がしもべ


「やっべえ、自分が『神様』だってことを露骨にアピールし始めたあ!?」

 ──神様だよ! 私がこの世界の絶対的な主人トップにして秩序ルールそのものだよ人間風情!

「とうとう人間風情とか言い出した!? 悪かった、悪かったって創造神! ほら、そこに置いてある都市計画せかいちずだけ書き上げたらちゃんとご飯食べるから……」

 ──微塵も反省してないだろ人間風情が! その「都市計画せかいちず」いちまい書き上げるのに何時間、いや何日かかっているのかも覚えていないのか!?



*****



 もう怒った、寛大な私でもさすがに今回は慈悲などない。

 この世界のアダム、私の下僕にはこれから、全能たる創造神によってひとつの新たな「試練」を与えよう!


 リビングの天井へ向け、私が手のひらをかざせば召喚陣が展開されていく。

 椅子に縛られた少年を取り囲んだ召喚陣が、みるみるうちに全身を光で包んでいく。


「えっ何? 何しようとしてるんだ、創造神!?」


 決まっているじゃないか、少年。

 世界の生い立ちに携わる身でありながら、己という生命の尊さをまるで理解していない少年には、これから私の知り合いが運営やっている世界を見てきてもらう。

 そう、創造神ビイの機械仕掛けの世界とはまた別の世界だよ。


 この私に引き続き、少年にはもう一度──「異世界召喚」を体験してもらおう!



 青ざめる少年の制止の声も聞かず、私は詠唱を歌う。


 אתם נבחרתם על ידי

(訳:お前たちは私に選ばれた)

 ההתכנסות כאן היא אבן היסוד של אהבה צייתנית

(訳:ここに集うは従順なる愛の礎である)

 תסתכלו, בני ארצי

(訳:刮目するが良い、我が同胞たちよ)

 נמה שנפתח כאן הוא תלם האהבה הנשגב!

(訳:ここに拓かれしは崇高なる愛の轍である!)



 私が少年に与える「試練」はただひとつ。

 自力で異世界あちらの創造神とコンタクトを取って、自力で死ぬ気で、私の世界にまで戻ってこい!

 反省しろ少年!


「うえぇえええええぇっ!? それもう都市開発ゲームじゃなくてただの異世界ファンタジー……──」


 意味のわからない叫びとともに、少年の姿がリビングから消滅する。


 少年。この家に「門限」などというものはないが、せいぜい私の世界が「日付」を変える前までには戻ってこられるよう頑張ることだ。

 今回ばかりはいくら少年といえど骨が折れる試練なんじゃないか?

 なにせ、私が知るあの世界は……──。



(Day.19___The Endless Game...)

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