Day.18 過去があるから今があるのだよ少年/過去なんていちいち振り返るな創造神

 少年のオーダーに基づき、近隣都市いせかいの創造神ビイから空飛ぶ車が贈られた。


 丸っこくてコンパクトな水色のボディで二人乗りという、一度も車を運転したことがない少年でも容易にハンドルが握れそうな車だった。人間社会で使われている自動車と同じく、最高時速百八十キロメートルまで出せるように設計されているらしい。

 それほど詳細に車の設計ができるなら、ロボットたちの食料である「電池」だって創造神ビイが作ってあげれな良いのに……と私なんかは考えてしまうが、ビイの世界はすでに多くの住民が暮らしている。全能な神とて、住民全員ぶんの食料を供給し続ける行いはかなり難しいのかもしれない。


 創造神ビイが自身の世界へ帰っていった後、少年は初めて車に乗り、およそ三分の一の速度で走らせようとアクセルを踏んで──


 ──……キキィ〜〜〜キキッ!


「うん! 俺、運転の才能ないかも!」


 運転席に乗り込んでわずか三秒。

 急発進と急ブレーキを決め込んだ少年が、助手席に腰掛け見守っていた創造神わたしへ真顔で告げた。


 ──は、早いっ! 諦めが早いっ!

 こと都市開発においてはあんなにも粘り強い少年が、ゲームの画面上じゃない本物の乗り物相手には全然根気が出ないじゃないか!

 頑張れ少年! 少年の現場で唯一の移動手段だぞ? 道路はもちろん、妖精たちが日頃から整備している魔力マナ動線ライン上を走ることで空も飛べるという、少年のオーダー通り具体的な交通システムが導入された車なんだから!


「俺はかなり昔から、二次元ゲームの世界でしか生きてこなかったからな……運転初心者ってのもあるけど、三次元リアルで車を走らせるなんて大人になったって出来ない気がする」


 ハンドルを両手で握ったまま、少年が弱音を吐いている。

 普段はファンタジーにもやたらとリアリティを求めるくせに、いざリアルな事象に直面すると気が小さくなるのはいったいなぜだろうか。



*****



 夜明けと同様、発展途上の開拓地にも夜は必ず訪れる。

 時速三十キロメートルにも満たないスピードで少年は夜空を駆けていた。私が見下ろせば広大な大地が風でさざめいている。

 少年の家、妖精たちの大木アパート、アルパカたちの会社、ロボットたちの社宅とまだ未完成な工業地帯……。


 ──発展途上の開拓地、とは言いつつ。

 つい数週間前まで「無」の世界だった大地が、こんなにも灯りで照らされている。


「ここまでいろいろあったよな……とかいう無駄な回想は要らないぞ」


 人間のくせして、魔法かなにかで私の心情を読んだのだろうか。

 神の従属なる少年は、車を空に走らせながら呟いた。


「開発はまだまだ全然、ちいっとも進んでないんだ。そういうセンチメンタルな台詞は都市せかいがきちんと完成してから吐くんだな」


 ──別に良いじゃないか、ここまでの道のりに思いを馳せたって。

 少年をこの世界に喚んでからいろいろな事件があったのは本当じゃないか、と私は口を尖らせる。


 少年を喚んでから、何もない大地にひとつの建造物を落とすまでにいったい何日かかったと思っているんだ?

 妖精アルファという初めての住民を連れてくるまでにも、少年が散々ごねてくれたからな。そのアルファに却下された「都市計画せかいちず」が今となっては懐かしい。


「車社会の永久機関エンドレスループ……良いコンセプトだと思ったんだけどなあ」

 不満げな声を漏らしながら、少年が言った。

「『カチク・コーポレーション』ならあっさり受け入れそうだけどな。だってあいつら間違いなく効率厨じゃん?」


 ──ああ確かに、と私は苦笑する。

 彼らアルパカ族や創造神ビイの世界とは、短い期間であまりにもいろいろな問題が起こり過ぎた。

 もっとも、私の思いつきで少年たちを創造神が集いし『白昼はくちゅうゆめ』へと招待したのが、すべての事の発端なんだがね。


「ろくに開発が進んでいないうちに段取りをくからそうなるんだ!」


 説教じみた口調で少年が叫ぶ。

 次第に早口でまくしたてながら、


「都市開発は時間をかけてなんぼなんだよ。地形作りも終わってないうちに住民呼ぼうとしたり、近隣都市に都市せかいを紹介しようとしたり。まともに経済システムも固まってないんだから、アルパカたちに付け入られるのも当然なんだ。お前さあ、神様のくせにせっかちなんじゃないか? まるで人間のサラリーマン、だ、な……」


 微妙に意味がわからない文句を並べた少年が、ふいに言葉を詰まらせる。

 どうした少年、私の顔をまじまじと眺めて? ただでさえ運転がへたっぴなくせして、空を飛んでいる最中によそ見は危ないぞ運転初心者わかばマークくん?


 すると少年は神妙な面持ちで──


「ああ、そうだよ……

 ──はい?

「お前って、性別はいまいちよくわかんないけど、見た目は俺たち人間と大して変わり映えしないよな」

 ──ああ、まあ……そ、そうなのか? 確かに私では人間との差異は今ひとつ感じていないが……。


 途端に顔つきを変えた少年が、不思議そうに私を見つめて……いやっ、だからよそ見は危険だってば運転初心者わかばマーク! 今しがた私が魔力マナの軌道を捻じ曲げていなかったら、妖精たちの大木に正面衝突してたからな!?


「そう、『若葉マーク』だよ」

 ──はい?

「『若葉マーク』なんて間違いなく人間社会でしか見聞きしなさそうな単語を、お前はちゃんと知っているじゃないか。ていうか、お前って最初から人間の暮らしには結構詳しかったよな」

 ──ああ、まあ……言われてみれば?

「それに創造神は創造神でも、創造神ビイはお前とも俺たち人間ともまるっきり見た目が違うじゃないか。喋り方もなんだかカタコトだし、どっちかっていうと自分の世界で暮らしているロボットにより近いんじゃないか?」


 少年は私に問いかけた。


「なあ創造神。──お前ら『神様』って、そういう種族なのか?」



*****



 人間も、妖精も、傀儡ロボットも、そして羊駝アルパカも。

 同じ種族であれば皆が同じような容貌をしているけれど。


「お前ら神様はそうじゃないよな。神様によって見た目ビジュアル考え方シンキングも全然違うもんなのか?」


 ──市長によって都市の経営方針がまるで異なるように。


 どうなんだ、とたずねられた私は返事に困ってしまった。

 少年が今感じている疑問は、私にとってはまるで思いつきもしなかったことだったんだ。昔から創造神なんて連中は、なべてこういう存在なんだと勝手に決めつけていたものだから。

 いや……昔って? 昔とは具体的に、


 少年が走らせた車は高度を急激に下げ、地面へ不時着しそうになる。私が魔法で速度を落とさせなかったら、うっかり創造神ビイからもらった日のうちに車を大破させてしまうところだったんじゃないか!?


「俺は神話とか、宗教には全然詳しくないけどさ」


 そんな私の苦情も耳まで届いていない少年が、純粋な瞳を私に向けて──


「結局、お前はなんの神様なんだ? いつどこで生まれた神様なんだよ?」



 ──私はやはり返事に困った。

 あらゆる世界が必ず私たち創造神によって生み出されているように。

 人間や他のあらゆる種族には必ず起源があるように。


 創造神わたしはいつ、どこで生まれたんだろうか。

 実はさ、少年。

 私自身も何ひとつ、私のことを知らないんだよ。



(Day.18___The Endless Game...)






*****

【作者のあとがき】

 いつもご愛読ありがとうございます。

 皆さまのおかげで、本作は2,000PV&★180を突破しました。★200の大台まであと少しですね!

 ただいま進行している「第2章」は、AパートBパートの2部構成でお送りする予定です。つまり、このエピソードが物語の折り返しということです。Aパートではいきなり近隣都市との交流が起こりましたが、Bパートではいったいどうなってしまうことやら……。


 というわけで、次のエピソードから第2章Bパートに突入です。

 今後とも本作をよろしくお願いします。

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