Day.17 空を自由に飛びたいのか飛びたくないのかどっちなんだ少年

 創造神ビイの世界から、住民の半分ほどが私の世界に移り住むことが決まった。

 それから数日経ち、再び私の世界へ降り立った創造神ビイが広大な大地を前に詠唱を歌い始める。


 नाचो नाचो नाचो!

(訳:踊れ、踊れ、踊り明かせ!)

 यह "गुड़िया" का एक मार्च है!

(訳:「人形」たちの行進だ!)

 गाओ, गाओ, महिमा गाओ!

(訳:歌え、歌え、栄光を歌え!)

 "सर्वशक्तिमान मैं" नाश नहीं होगा!

(訳:「全能なる僕」に滅びなし!)


 私の詠唱よりもずっと軽快なリズムに合わせ、瞬く間に召喚陣が展開された。

 神々しい光が大地を照らし、現れたのは──


「なあ創造神ビイ……あれはなんだ?」


 少年が指差したのは次々に姿を現す傀儡ロボットたち……の本体ではなく。

 ロボットたちが機械仕掛けの足で乗っている、鉄板だ。


「『クルマ』ダヨ?」


 創造神ビイは答えながら、きょとんと首を傾げて。


「『キカイ』ハミンナ、クルマデイドウスルノガフツーダカラ」

「まじかよ……ロボットのくせに乗り物使うのかよ!? ロボットはむしろだと思ってたよ!」


 ──安心したまえ、少年よ。ぶっちゃけ創造神わたしも同感だ!

 そして、さらに私たちが驚いたのは創造神ビイが平然と言い放った次の台詞。


「ボクガツクッテアゲヨウカ?」

「……は?」

「カレラノ『クルマ』ハゼンブ、ボクガツクッテイルンダ」


 私たち創造神お得意の、創造魔法で。

 そこでふいに私と少年は思い出した……遥か昔のように思えてしまう、妖精アルファとの会話を。どのくらい昔かって、ほら、妖精アルファがこの世界に降り立って間もないときの。具体的にはほら、六日目Day.6あたり?

 少年が目を輝かせながら呟いた。


「空飛ぶ車……まだ作ってなくね?」



*****



 空飛ぶ車──それは、創造神わたしや妖精のように自ら飛行することができない少年の、移動手段として候補に上がっていた代物だ。

 妖精アルファに提案されるまでは、そんな幻想的ファンタジーな代物のアイデアすら少年には浮かんでいなかったけれど。


「そうだよ、作ろう! 空飛ぶ車!」


 夢と希望に満ち溢れた瞳で、少年が創造神ビイを見つめている。


「俺としたことがすっかり忘れていた! 交通網の整備に気を取られて、肝心の交通手段を考えてなかった」


 確かに、少年らしからぬ本末転倒さだと私は頷いた。

 しかしなんだ……空飛ぶ車の話題になってから、いつになく少年が乗り気ではないだろうか? 乗り物だけに。

 そういえば「人間」という種族は、車や鉄道などの乗り物に強いロマンを感じる傾向が強いというデータが、以前から神様界隈で挙がっていたような。


「創造神ビイ、住民全員の車をお前が作っているのか? それは駄目だろう」


 らんらんと目を輝かせたまま、


「家も車も、近いうちに住民たちで製造できるよう設計図を組んでいかないとな。何でもかんでも神様に作らせたら駄目だ、神様を頼っていいのは最初だけだ」

「エ、ソウナンダ?」

「いずれは車も『カチク・コーポレーション』に作らせる。だから今回は、一番車を必要としている俺のぶんを、サンプル用に一台だけ創造してくれれば良い」


 少年はさも当然のように、創造神ビイへ注文を取り付けた。

 その注文は私にとっては衝撃的というよりも、どこか懐かしさを覚える少年らしい内容だった。


「まずは可動距離の設定からだ! 時速何キロメートル? 移動できるようにする?」


 創造神ビイがあからさまに首を傾げた。

 わかる、わかるぞビイ。君が何を言わんとしているのか、同じ全能なる神である私にはよ〜くわかる。


「ジソク……ナンマス? ドユコト?」

「だから、可動距離の設定だよ。先に言っておくが、神様の創造物だからと言って一瞬で目的地まで移動できる車なんてご法度だからな」

「エッ、ナンデ!?」


 ──何でなんでしょうね!?


 でたあ〜〜〜〜〜っ! 二次元ゲーム脳のくせに三次元リアルを追い求める謎のこだわり、いただきました! お久しぶりです少年市長!

 最近は妖精やらアルパカやら少年以上に厄介な種族やつらの出番が多くて、少年の個性がやや鳴りを潜めていたからな!


「イイジャン『テレポート』デ! ボクタチ『カミサマ』ノイドウシュダンハ、サイショカラ『マホウジン』ダヨ?」

瞬間移動テレポートとか魔法陣とか、そんなファンタジーが人間社会に当たり前みたく適用されてたまるかよ!」

「イマサラ!? テイウカ、ソレヲイウナラ『ソラトブクルマ』モ、スッゴクファンタジーダケド!?」

「物事には許される範囲とそうじゃない範囲があるんだよ、創造神ビイ」


 例えば、と熱く語り始める少年。

 ほらでた! 説得力があるのかどうかもイマイチな、少年が独自理論マイルールを展開していく謎のパートも久々に入りました!


「例えば、うっかり寝坊して学校に遅刻しそうな朝があったとするだろう?」

 ──いや、なんだその突拍子がない例え話は!?

「そいつにはいくつかの選択肢があるはずだ。遅刻してでも学校へ向かうか、学校に行くのを諦めるか、あるいは遅刻しないで学校へ向かう手段を考えるかだ」

 ──よく分からないが、間に合う間に合わないの問題よりも、学校へという選択肢が早い段階で出てくるあたりに少年の闇を感じるな!?

「そんな時! 瞬間移動できる扉やら時速マッハで走る車やら、交通ルールをガン無視するような手段が選択肢として存在する日常なんて、全っ然面白くないだろう?」


 ……なあ諸君。

 少年の今の主張、君たちにはどのくらい理解できた?

 ちなみに全能たる創造神わたしはまったく理解できなかったよ! 理解というか、共感ができなかったよ! どう考えても、遅刻せずに登校できる乗り物が存在している方が良いに決まっているじゃないか!?



*****



 いいじゃん! マッハで目的地に到着する、時速イコール光速な空飛ぶ車!

 黙って創造神ビイに作ってもらえよ、せっかくのファンタジー世界なんだから!

 有機物しゅぞくの生態系やルールはどう足掻いても変えられないが、何も無機物のりものにまでルールを付けなくたっていいじゃん!


 私と少年の白熱する論争を、創造神ビイが口を半開きにしながら眺めている。

 そして創造神ビイが問いかけたのは私や少年ではなく、近くで様子を見ていた妖精アルファだった。


「……アノサ」


 頭についた大きなリボンをいじっている妖精アルファにたずねた。


「コノ『フタリ』ッテ、イツモコンナカンジ?」

「こんな感じ」


 妖精アルファがあっさりと返事して、


「くっそどうでもいいことにばっかこだわる人間風情と、人間風情の茶番にだらだら付き合ってる神様っつう、意味わかんねーやつらが運営してる世界まちなんすよ。ここはね」

「……キミタチモ、イロイロタイヘンナンダネ…………」


 呆れ顔の妖精アルファとそんなアルファに同情する創造神ビイの姿など、私や少年の目には映っていない。

 住民が増え、近隣都市いせかいとの付き合いもできて、私の世界はいっそう賑わいを見せている。


 いや〜……やれやれだ。

 私が目指す「最高の世界」って、本当にこれで作れるんだろうか?



(Day.17___The Endless Game...)

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