Day.16 攻略に詰まったらまずは初心を思い出せ!

 いかなる発展途上の開拓地でも、夜明けは必ず訪れる。


 ここは市長の家、その前方へ永遠に広がる原庭はらにわ

 創造神わたし、少年、妖精たち、アルパカたち、そして──『近隣都市いせかい』から来訪した創造神ビイが庭へと集まった。


 エイとビイ、二つの世界まちをめぐる第二回会議ミーティングのはじまりだ。


「前置きは省くぞ、創造神ビイ!」


 今だかつてなく張り切った少年が、びしっと創造神ビイを指差した。

 ……ああなんだ、まずは創造神ビイに物申すのか少年? 私はてっきり、アルパカたちの社歌に文句を付けるのかと。さては少年、都市計画を立てるのに夢中で歌なんてまるで聞いていなかったな?

 そんな市長たる少年は、開口一番にこう告げた。


「創造神ビイ──お前の都市せかいの半分を、俺たちに寄越せ!」



*****



 ──ちょ、ちょちょちょちょっっっと待て!


 少年ともあろう人間が、突然何を言っているんだ。

 第一回会議ミーティングでのやり取りを忘れてしまったのか? アルパカたちに言われていたじゃないか、会社の領土として私たちの世界の半分を寄越せみたいな無茶振りを。

 あの無茶振りとまったく同じ台詞を吐くなよ、少年!


「正確には、俺が欲しいのは『空間マス』じゃなくて『人口マン』だ」


 少年は平然とした面持ちで、


「ストライキを起こしている連中も含めて、ビイの都市で抱えている人口の半分を俺たちの都市へ移す。つまり移住だ」

「ド、ドウイウコト?」


 おそるおそる聞き返してくる創造神ビイに、少年が説明する。


「食料不足、技術不足、教育不足……今のお前の都市が抱えている問題は、どれも一朝一夕で解決できないものばかりだ。自力ではもちろん、俺や他の都市の力を借りたとしても」


 創造神ビイの世界は傀儡ロボットたちが暮らしている。

 彼らは食料の原料となる「燃料」は作れるが、それを「電池」に加工する技術を有していない。

 かと言って、近隣都市に代わりに加工してもらっては高額で買い付けられている今のままでは……近隣都市に依存したままでは、いつまで経っても傀儡ロボットたちの生産者としての技術は向上しない。

 どんなに近隣都市から不平等な貿易活動を強いられても、あるいは輸入した製品でんちの品質に不満があっても、今の彼らにはそれを解決する手立てがない。


「ダ、ダカラッテ……」


 創造神ビイが不安そうに、


「ダカラッテ、ドウシテבוראエイノセカイニ……?」


 そう聞かれれば、少年はひと呼吸空けてから答えた。


「理由は二つある……ひとつは、アルパカ族から『電池』の加工技術を習得するため」

「パッカー!?」


 謎の奇声を上げたのはアルパカ族の営業部長、シロだった。……おいアルパカ族。「パッカー」ってそれ、まさかお前たちの鳴き声ではないよな?


「それはいけませんよ人間風情! わたくしたちの保有する製品の製造方法レシピ製造技術スキルも、どちらも企業機密ですから──」

「だろうな。だから移住なんだよ」


 少年は今度は、シロに小さな指を突き立てて。


「『カチク・コーポレーション』──ロボットたちを、お前らの会社で雇用しろ!」

「パッカー!?」


 次に奇声を上げたのは製造部長、ベージュだった。……おいアルパカ族、それやっぱりお前たちの鳴き声なのか!?


「それはいけませんよ人間風情! 新パカ研修でさえ面倒だというのに、ロボットなどという異種族相手に研修なんて! そういう仕事って、現場職の私に全部回ってくるんですよ面倒くさい!」

「それは面倒くさがるなよ! 人間でもアルパカでも、社員の育成を怠る会社に未来なんかねえよ!」


 少年は正論をかましながら、ベージュに指を突き立てて。


「前回の会議でお前らが提示した……この大地の半分をお前らの会社の敷地にするという話、ロボットたちを雇用するという条件で飲んでやる」

「パッカー!?」


 最後に奇声を上げたのは代表取締役、クロだった。……おいアルパカ族、何をそんなに驚いているんだ。お前らだよ、最初に無茶苦茶な要求をかましたのは!


「あの提案飲んじゃうんですか人間風情! ちょっと様子見しただけなのに!」

「俺は最初から駄目だなんて言ってないだろう? お前らの言う通り、この都市はまだまだ発展途上で、開拓できる空間マスなんてぜえんぜん有り余ってる。それにこの都市は、横ではなく縦へ広げていく計画なんだ。なんなら、今ここにある大地を全部お前らに寄越しても問題ないくらいだ」


 少年は言った。


「つまり今の俺たちの都市せかいに不足しているのも、開発が遅れている要因も『空間マス』じゃなくて『人口マン』なんだよ。対して、ロボットたちに足りていないのは食料を生産する『技術スキル』と──たぶん『空間マス』なんだ」

「ナンダッテ?」

「創造神ビイ。たぶんお前は、自分の都市せかいを大きく作りすぎたんだ」


 少年の言葉に、創造神ビイは大きく目を見開いた。

 沈黙してしまった私とはもうひとりの「全能たる存在」に、人間風情と他の種族たちから揶揄され続ける少年が言葉を続ける。

 少年は突きつけたのだ──に、真相を。


都市せかいの規模を広げすぎたんだ。人口を増やしすぎたんだ。住民たちからの不満が増えてきたのも、それを解決する手立てがなくなるほど経営が切羽詰まっているからだ。お前が何年その都市せかいを経営してきたか知らないが、お前が自力で問題解決できなくなっているのは、お前の能力や視野に収まらないほど都市せかいを大きくしてしまったからなんだよ……違うか?」



*****



 ──創造神ビイ、だけではない。

 少年の言葉に心を動かしたのは私も同じだった。


 初めて少年をこの大地へ喚び、初めて対話した時の少年の言葉を思い出す。


「自分の視野に収まらないような都市せかいなんか作ったら駄目だ。そんなにこの土地を広く創り過ぎたのなら、まずは土地サイズを縮小しろ。初めから大きな都市を作ろうとしたって、財政難か幸福度低下であっという間に解職リコールされるのがオチだ」


 ああそうか、と私は感嘆の息を漏らした。

 今のनिर्माता भगवानビイは、かつてのבוראわたしと同じだ。

 निर्माता भगवानビイはきっと自身が理想とする「最高の世界」を作ろうとして、そして抱える理想の大きさに耐えられなくなってしまった。


「これが、俺が移住を提案するもうひとつの理由だよ──だから、創造神ビイ。お前の都市せかいの半分を、俺たちにいったん預けてくれないか」


 少年が真剣な瞳をもうひとりの創造神に向ける。


「ひとつずつ問題を解決して、お前の崩れかかっている都市せかいを少しずつ立て直していこう。食料を十分に確保できるように、食料を作る技術を住民たちで持てるように……今の俺たちがお前に提供できるのは、技術を育てるためのアルパカ族による『教育』だ」


 同時に、取引でもある。

 創造神ビイの住民に「教育」を与える代わりに、私の世界を発展させるための「労働力」を借りるための取引。

 金銭や物資ではなく、互いの世界に不足している機能の相互作用。


 エイとビイ、二つの世界まちがともに「最高の世界」を目指すための経済システム──!



 ああ、やっぱり。

 この少年は私の期待を裏切らない。

 私は少年を決して愛さないが、おそらくこの少年は愛してくれるだろう。

 私だけでなく、あらゆる創造神が創りし「都市せかい」を、この少年は愛してくれるのだろう。


 この少年はやはり、「最高の都市せかいの作り方」を知っている──!



 創造神ビイは「ジブンデオイシイ『デンチ』ガツクレルヨウニナルナラ……」と納得するように頷いた。

 アルパカ族トリオも「人件費、いえパカ件費がその施策で抑えられるのでしたら……確かに本社から人員、いえパカ員を割くよりは遥かに……」とふさふさ頭を前足で掻いている。

 そしてこれまで黙っていた妖精たちも、口々に声を上げてはああしろだのこうしろだのと、少年に自分たちの要求を言いたい放題に叫んでいる。


 少年が腕を組みながら「お前ら妖精族はもうちょっと要点ポイントをまとめてから喋ってくれ!」と言い返している現場を、私はただ眺めていた。

 無の空間に降り立った私が天地を創り、少年を喚んでから、まだ大して時は流れていないように思うが……。


 いや、思いもしなかったよ。

 まさか私の都市せかいが完成する前に、別の近隣都市いせかいと繋がってしまうなんて。



(Day.16___The Endless Game...)

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