Day.14 知ってる?創造神。世の中にはどんな魔法でも作れないものがあるんすよ

 アルパカ族トリオが立ち去ったリビングは、いまだかつてなく暗かった。明かりの問題ではなく、空気がひたすら暗くて重い。


「……前にも言っただろ? 創造神」


 重い口を開いた少年が、


「どんな都市せかいにも経済システムは必要なんだよ。妖精たちはそんなものは要らないと言っていたが、この先はどんどん住民からの要望も苦情も増えていく」


 ──そ、それよりも少年。

 いったいどうするつもりなんだ? アルパカたちは、まるで創造神ビイの世界のことなど関心がないみたいだが……。


 私の問いかけに少年は応じなかった。

 黙りこくったままリビングを出ていくと、ばたばたと階段を駆け上がっていく。少年の寝室の扉が閉じられた音を、私は下の階で黙って聞いていることしかできない。


 ……こ……これ…………創造神わたしはいったい、どうすれば良いんだ!?



*****



「──うん。アルパカあいつら追い出せば?」


 ──ははは判断が早い!?

 大木で私が事の成り行きを説明すれば、妖精アルファがあっさりと答えた。

 お、追い出しちゃうのか? せっかく召喚したのに! それに、彼らがいないと例の「電池」は作れないんだよ?


創造神おまえがうぜえって思うならさっさと追い出せよ、ここ一応お前の世界なんだから。世界まちなんて他にもいくらでもあるし、電池メシ作れる種族だってアルパカじゃなくても他にもいるっしょ? それこそドワーフとか」

 ──ドワーフは無職ニート集団って話だろうが! あと、一応じゃなくてがっつり私の世界なんだが!?

「恋愛だって同じっしょ。だらだら付き合っててもしょうがないんだって。『あー、こいつダメだわ』って思ったらさっさと別れたほうがお互い幸せなんだよ」


 木の枝にひょいと腰掛けた妖精アルファが、羽根から粉をはらはらと宙に舞わせている。


「知ってる? 創造神。食べ物も服も家も、なんなら金とか魔力マナだって創造神おまえなら作れるかもしれないけどさ」

 妖精アルファは言った。

「──『精神メンタル』だけは、絶対に作れないっすよ?」


 ──どういうことだ、と私は聞き返す。

 妖精アルファは自身の隣へやってきた別の妖精に、焼きたてのクッキーを受け取りながら言葉を続けた。


「あたしら妖精との会議ミーティングでもそうだったけどさ。あの少年にんげん、人間風情とはいえ住民あたしらの言うこと聞きすぎじゃね?」

 ──そ、そうなのか? そりゃあまあ、少年はこの都市せかい市長トップだからな……。

「だあから、都市せかい市長トップが聞き分け良過ぎでしょって話。別に住民あたしらはさ、今住んでいる場所が気に入らなかったら、勝手に住む場所を変えていくだけで良いんだよ? さっきも言ったけど、世界まちなんて他にいくらでもあるんだからさ」

 ──そ、それはそうかもしれないが……。

「でも今の少年あいつが『市長』をやれるのはこの都市まちだけで、今のあんたが『神様』をやれるのもこの世界まちだけっしょ?」



 もしゃもしゃとクッキーを頬張る妖精アルファが、


「いくら『住民あたしら』にとって住みやすい世界まちでもさ」


 創造神わたしに進言した──その羽根からを撒き散らしながら。


「『神様と市長おまえら』にとって住みにくい世界まちじゃ、意味なくね?」



*****



 ──妖精アルファから鱗がはらはら落ちていくのを目にした私は、刹那のスピードで魔法陣を展開させる。

 大木から目的地までは間違いなく徒歩圏内だったが、今の私にはわずか数分の移動時間すら惜しいのだ。


 私が刹那で降り立ったのは──当然、少年の寝室だった。


「うわ、びびったぁっ!?」


 少年は寝室でひとり、机でカップラーメンをすすっていた。

 机上には地図や紙きれが散乱していて、相変わらず仕事熱心な少年である……が!


 ──おい、少年!

「あのなあ創造神、思春期の男部屋へノックもなしに入っていく奴はもれなく嫌われるぞ? つーか、まずはちゃんと扉から入れよ!」

 ──全能たる神様わたしの命令だ! アルパカ族をここへ移住させるのは止めよう!


 少年のどうでもいい恨み言には耳を貸さない。

 はあっ!? と仰天する少年に私は告げた。


 もとより『カチク・コーポレーション』は前の世界に本社があるらしい。どのみち創造神ビイの世界と取引させるのであれば、わざわざ私たちの世界へ住まわせる必要はない!

 そもそも、自分の世界ならいざ知らず、なぜ少年が近隣都市いせかいの抱える問題でそんなにも頭を悩ませなければならない? 創造神ビイには悪いが、自分たちの問題はやはり自分で解決してもらおう。


 くれぐれも忘れるんじゃないぞ、従属なる少年よ。

 市長きみが住民を大事に思うように、創造神わたしがもっとも重んじるべきは従属である少年きみの幸福なんだ!



 少年はしばらくの間、私の堂々たる佇まいをぼうっと眺めてから、


「お前……俺たち人間がなかなか面と向かって言わないような恥ずかしい台詞を平然と吐くよな……さすが創造神……」


 人間っつーか日本人っつーか、とよくわからないツッコミ。

 カップを机に置いた少年が、頭をわしわし掻きながら、


「まあ心配すんなよ、創造神。これは一応、俺のためにやってることでもあるんだ」

 ──なんだって?

「どこの世界にも居るもんだよな、何もかも後手に回っちゃう創造神ビイみたいな奴が。アルパカあいつらみたく自分の主張を強く押し通せるほど、交渉力も精神力も強くないんだよ。で、ああいう連中が自分にとって都合の良い社会を要領良く作っていくんだよな」


 少年は告げた。


「どこの都市せかいも、ただ『利益カネ』の出せない奴が損をするんじゃないんだ。一番損をするのは『意見こえ』を上手に出せない奴なんだよ」


 市長としての、自身の「公約」を。


「俺は、そういう鈍くさい奴でも損をしない都市せかいを作りたいんだ。学校の教室みたく、カースト上位層だけで社会が回るような、義務教育で縛られた居心地悪い生活なんて俺はごめんだ」


 すでに、そういう世界を知っているかのように。



 少年は、がたんと椅子から力強く立ち上がる。

 手にしていたのはカップではなく、蜘蛛の巣みたいに書き込みだらけな紙束。


「第二回会議ミーティングの時間だ、創造神!」


 強い決意を胸に秘めた少年が、言い放った次の発言に今度は私が驚く番だった。


「次の会議では、妖精アルファと──創造神ビイも呼んでこい!」



(Day.14___The Endless Game...)

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