Day.13 世界でも都市でも会社でも、利益の大小こそすべてでございますので

 妖精に次ぐ新たな住民となったのは、スーツを着込んだアルパカ族トリオだった。

「カチク・コーポレーション」を名乗った連中による、市長しょうねんの家で早速開かれた第一回アルパカ会議ミーティング

 ……いやあ、全能たる創造神わたしから見ても波乱の幕開けだ。


「不足しかございませんね」


 代表取締役・クロが地図を片手にばっさり。

 すでに少年が決めていた都市計画から、さらに自分たちの会社を新しく建てるための土地を要求してきたかと思えば、少年がわざわざ書き直してきた地図を見るなり、クロはばっさりとその地図を切り捨てたのだ。


「土地も資源もまったく足りておりませんよ、人間風情。これでは十全に我が社の事業を進めることができません。ましてや、近隣都市いせかいとの交易などもってのほかでございます」

「資源はともかく……土地は、具体的にはあとどれくらい必要なんだよ?」


 少年がたずねれば、クロは前足で器用にするすると赤ペンを走らせていく。地図に書き込まれた赤色からして、どうやらアルパカ族トリオは、この世界の半分ほどを自分たちの領土にしたいらしい。

 ──いや、待て少年。少年が棄却するまでもないぞ。

 無理だよ! お前たち三頭の会社のために、世界の半分なんか渡せないよ!


 私がそう答えてやると、営業部長・シロは毅然とした態度で、


「世界にしろ都市にしろ、より効率的に社会を発展させるためには、行政と我々企業との業務提携は必要不可欠だと考えております」


 それじゃん……と少年の小さな声が隣で聞こえてきた。ゆちゃくってなんだ? 人間社会では馴染みのあるワードなのか?

 しかし製造部長・ベージュも、自分たちの主張の正当性をこれでもかと訴えてくるのだ。


「こちらの世界の発展が大幅に遅れている要因は、人材と資源の不足に他なりません。将来的なサービスの充実と、より優れたコストパフォーマンスを実現させるためには、事業のスタート時点から良好な労働環境を追求していくべきでしょう」

 ──より良い環境を追い求めるのはたいへん結構だが、いくら後ほど住民しゃいんを増やすとしても、君たち三頭が運営している会社にそこまで広大な領土は必要ないだろう?

「とんでもございません! 社員のモチベーションに直結する問題ですよ、これは。かくいうわたくしも、十分な設備が整っていない工場での製造業務などまっぴらごめんでございます」

 ──ああそう……。だったら質問させてもらうが、十分な設備って具体的にはどんな設備なんだ?

「インフラに関係する設備は敷地内で常備する必要があると考えております。発電施設、他都市との通信手段、食料庫を含めた大規模な倉庫は必須です。付け加えて社員寮、医療機関、運動場、そして美容室と浴場はアルパカ族の自立した生活に決して欠かすことはできないでしょう」

 ──軍隊か富裕層の別荘かな!? 発電所はすでに有るんだよ地図の端の方に! もう君たちだけで都市開発やっていろ!


 いまだこの世界のどこにも存在していない施設ばかり並べていくアルパカたちに、私は大きく頭を抱えた。

 参ったな……どうするんだ少年? この種族、妖精たちなどよりもよっぽど文句言いだぞ! 創造神ビイの世界を救っている場合ではないんじゃないか?



 アルパカたちの話を静かに聞いていた少年は、迷惑がるどころかいたって真剣な面持ちで──


「……まあ、お前たちの要望は大体わかった」


 ──新たに迎え入れた住民にして、労働者であるアルパカたちへ問いかけた。

 その問いは、少年にとっての最重要事項だった。


「それで? 『カチク・コーポレーション』とやら。お前たちの経営やりかたで──近隣都市いせかいの食料問題は改善できるんだろうな?」



*****



 ──そもそも。

 なぜ私たちがアルパカ族を新たな住民として喚んだのか、諸君は覚えているだろうか?


 創造神ビイが創りし機械仕掛けの世界では、傀儡ロボットたちの食料である「電池」が製造できなくて困っていた。

 そこで創造神ビイの世界に代わり、私の──創造神エイの世界で電池を作り彼らに売ることで、食料問題を解決させようじゃないかという話だったんだ。


「世界Bビイと良好な関係を築いていくためにも、技術者エンジニアであるアルパカ族の力は必要だ」


 少年が再度問いかける。


「仮にお前らの要望をすべて受諾したとして、お前らの経営やりかたで幸福度最高マックス、コスパ最高マックスな労働を俺たちに提供できるんだろうな?」


 ここで少年が持ち出したのは、あらかじめ創造神ビイから聞き出していた世界Bビイのおおまかな予算書だった。

 その書類には、今までに「電池」を輸入していた近隣都市いせかいとはどれくらいの額で取引が為されていたのかが記されている。

 そして少年に言わせれば、案の定、以前までの取引先からは相当な額をぼったくられていたらしい。食料は大事だからな、足元をみられていたのだろう。



 ──ああ、すっかり忘れていたよ少年。

 都市開発の最大の醍醐味って、確か都市の「経営」だったな。



 すると、クロは予算書を眺めながら。



 告げた。


「わたくしに任せていただければ、この『数字』はさらに引き上げられます」

「……なんだって?」

「発展が遅れているのは我々世界Aエイのほうなのですから、新たな事業を始める以上は決して見積もり額を妥協してはいけません」


 少年が眉をひそめた。

 涼しい顔を貫いているクロへ、少年は静かに。


「……俺は、ただ俺の都市せかいだけが幸せになれるシステムはごめんだ」

「と、おっしゃいますと?」

「お前らの都市計画プランは自分の会社の利益しか考慮していない。俺がなんのためにお前たちを喚んだと思っているんだ」

「自社の利益、自都市の利益。当然ではありませんか」


 むしろ、とクロが少年に言い返してくる。


「この都市せかいの運営を創造神どのから承っている身分でありながら、自都市よりも他所の都市せかいの問題解決を優先させようというあなたの愚考および愚行に苦言を呈さずにはいられませんね、人間風情」

「都市ってのは、相互作用で発展していくものなんだよ。目先の利益に囚われていたら、それこそコスパが悪くなる。金銭的にも……精神的にもだ」

「はい? 精神?? ……はは、何をおっしゃっているのですか」


 リビングを包む空気が冷たくなっていく。

 私は猛烈に悔やんだ……この会議には妖精たち、せめて妖精アルファだけでも同席させるべきだったかもしれない。


「貧困以上に精神を蝕む要因などありえません。まさか、弱肉強食という言葉をご存知ないのですか? こちらが積極的に食べにいかなければ、食べられるのはわたくしたちの方なんですよ。ぱくぱくっとね」


 おどけてみせるクロに対して、少年はまったく笑ってなどいなかった。

 私も、創造神ビイや傀儡ロボットたちの顔が脳裏に浮かぶ。



 ──自分たちの利益か。

 自分たち以外の幸福か。


「迅速かつ賢明な判断をお願いいたします」


 椅子から立ち上がったアルパカたちが投げかける。


「未開拓地の運用と経済成長の手助けは、この『カチク・コーポレーション』にお任せください。わたくしたちと手を取り、ぜひとも良い世界まちにしていきましょう」


 少年は彼らの言葉に応じることはなかった。

 アルパカたちが立ち去ったリビングは、しばらくの間しんと静まり返っていた。



(Day.13___The Endless Game...)

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