Simulation02: 近隣都市(いせかい)

Aパート 機械仕掛けの近隣都市

Day.10 どこの世界でもいろいろ苦労があるんだな創造神ってやつらは

 ここは、創造の神が集いし空間──『白昼はくちゅうゆめ』。


 永久とこしえに続く「無」の空間に、召喚陣が展開されていく。

 少年と妖精たち、そして創造神わたしが姿を現したなら、空間にいたのは私とは異なる世界の神々だった。


 ──……神々……だった…………?


「は? 全っ然、神様いねえじゃん」


 私の代わりに声を上げたのは、妖精アルファだった。

 うん、確かに。全然いないじゃないか、神々。

 本当にただの「無」、真っ白な空間ではないかと、私が肩をがっくり落としているところで。


「……アレ? "בורא"?」


 בוראなまえを呼ばれ、振り返ってみれば。


「"בורא"ジャナイカ。ヒサシブリダナー」


 真っ白な空間に唯一滞在していたのは、もう一人の創造神──"निर्माता भगवान"だった。



*****



「…………いや、読めねえよ!」


 少年が叫んだ。


「読めねえよ! どっちの創造神の名前も! 書けねえし言えねえし呼べねえよ!」


 せめて日本語に訳してくれ! と地球生まれ日本育ちの少年が叫んだ。

 בוראわたしとは違うもう一人の創造神、निर्माता भगवानは首をぐぐんと伸ばしながら、


「ナマエナラ、キミガツケテヨ」

「は!?」

「カミサマノ『ナマエ』ハ、カミサマジャナクテ、キミタチ『ニンゲン』ガツケルモノダヨ」

「……な、なるほど……確かに、言われてみればそうだよな」


 ちまたで出回っている「聖書」とか、あれも実は「人間」が書いた本だからな。


 少年はしばらく悩んでいたが、私のことを『Aエイ』、彼のことを『Bビイ』と名付けることにしたらしい。

 ……なあ少年よ。妖精アルファの時といい今回といい、名付けがあまりに適当すぎやしないか?


「都市開発ゲームで『名前』なんて大して重要度高くないんだよ」


 口を尖らせた少年が答えた。


「そもそも住民に名前なんて付けないし、都市の名前だって『都市1いち』とか『都市2』とかで十分なんだよ」

 ──そ、そういうものなのか?

「なんせ、大事なのは名前じゃなくて『役割』だからな。衛生都市なのか商業都市なのかベッドタウンなのか。役割さえはっきりしていれば、『市長』の俺としてはそれで結構なんだよ」

 ──そ、そうか……相変わらずだなあ少年は……。


 そんなゲーム脳の少年を一瞥し、創造神ビイは私にたずねてきた。


בוראエイ、カレハ『シンセカイ』ノニンゲンカ?」


 私は肯定した。その通りだよनिर्माता भगवान創造神ビイ

 紹介しよう──彼らこそ、私が新たに創りし「最高の世界」の住人であると!



 すると、創造神ビイは大きなため息を吐いた。

 ど、どうしたनिर्माता भगवान創造神ビイ? ため息吐くような場面だったか?

 そもそも、もぬけの殻に等しかった『白昼はくちゅうゆめ』に、なぜ君だけは一人で残っていたんだ?


 私が心配すれば、創造神ビイは小さな声で。


「ボクノ『セカイ』……モウスグ、ツブレルンダ」


 ──な、なんだってえ!?

 、今度は君までも!?

 私だけでなく、妖精たちも驚いた顔をしている。そして少年は、急に真剣な面持ちへと変わり、あごに手を当てながら詳しい話を聞き出そうとする。


「潰れるってのは、あれなのか? いわゆる『終末』ってやつなのか?」


 少年が言った。


「世界にしろ都市にしろ、文明が滅ぶ原因にはだいたいパターンがあるんだよ」

 ──そ、そうなのか?

「隕石みたいな自然災害で滅ぶパターン。戦争みたいな自業自得パターン。あるいは、急速な環境変化で生命が維持できなくなったパターン」

 ──な、なるほど……。

「俺たち人間にとって、一番どうにもならないのが環境変化だ。温暖化とか大地の水没とか、遅かれ早かれ人間がその世界に住めない時代はやってくるものだ」


 私はひどく驚いた。

 まさかこの少年……都市せかいの作り方だけでなく、壊し方までも知っているのか!


 少年の言葉に、創造神ビイは頷いて。


「ボクノ『セカイ』ニスンデイルノハ、『ニンゲン』ジャナクテ『キカイ』ダケドネ」

「き……機械が住民!?」


 今度は少年が驚く番だった。

 妖精みたいなメルヘンチックな世界観から、急にSFエスエフみたいな世界観になりやがった、と頭を抱える少年である。

 シミュレーションゲームが専門分野な少年にとって、ファンタジーとかSFとか、現実味のない話題にはめっぽう弱いのだろう。……ああ、あと恋愛系も追加で。


「そ、それで……あんたの世界が潰れかかっている原因は?」


 少年がおそるおそる問いかけると、創造神ビイは気まずそうに目を逸らして。


「……ストライキ」

「……はあ?」

「キカイタチガ、ゼンゼン『シゴト』シナクナッタ」

「…………はあ〜ん?」


 数秒前まで死んでいた少年の瞳が、みるみるうちに輝きを取り戻していく。

 これは、市長おれの専門分野だと言わんばかりに。


「なんで働かなくなったのか、その原因に心当たりはないのか?」


 創造神ビイが首を横へ振ると、少年は胸を大きく張って。

 全能たる私でもなんとなく想像が付いた、とある提案を彼に持ちかけたのだ。



「おい、創造神ビイ。──お前の世界に、俺たちを連れていけ!」



*****



 ──……いや、なんとなく言うとは思ってたよ?

 ひょっとして言うんじゃないかなとは思っていたけれど。


 私は全力で少年を止めた。

 ちょっと待ってちょっと待ってお兄さん!

 エイの世界もまともに完成していないのに、他所ビイの世界に口を出している余裕はなかろうて!


「何を言ってるんだよ、創造神エイ」


 少年は言った。


「『世界』はどうだか知らないが、『都市』ってのはひとつだけじゃあ完全には機能しないんだ。近隣都市との交流があってこそ、より早く! より効率よく! 発展していくもんなんだよ」


 だから、創造神ビイの世界にお邪魔するのだと。

 自分たちが開発している場所とは違う──『近隣都市いせかい』が抱えている問題を解決しにいくのだと。


 創造神ビイはしばらく目を丸くしていたが、やがて詠唱を歌い始める。

 ──しょ、少年の主人である『エイ』の許可も下りてないうちに!


 नाचो नाचो नाचो!

(訳:踊れ、踊れ、踊り明かせ!)

 यह "गुड़िया" का एक मार्च है!

(訳:「人形」たちの行進だ!)

 गाओ, गाओ, महिमा गाओ!

(訳:歌え、歌え、栄光を歌え!)

 "सर्वशक्तिमान मैं" नाश नहीं होगा!

(訳:「全能なる僕」に滅びなし!)


 私の詠唱よりもずっと軽快なリズムに合わせ、瞬く間に召喚陣が展開された。

 神々しい光が真っ白な空間を包み込む。



 創造の神が集いし空間──『白昼はくちゅうゆめ』。

 そこで出会った新たな創造神の、機械だらけの世界ではいったいどんな光景が待っているのだろうか。


 ……楽しみだな。

 空間を去る間際、少年がそう、笑ったような気がした。



(Day.10___The Endless Game...)

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