Day.8 この世界に経済システムは必要だと思うか創造神?

「都市開発ゲームの醍醐味って何だと思う?」


 市長の家で親子丼を食べながら、唐突に少年がたずねてきた。


 ちなみに、この親子丼は少年が前にいた世界で一時期流行ったらしい、乾燥した具材にお湯をかけて作るタイプのやつだ。

 フリーズドライって言うらしいが……なあ、少年よ。

 カップ麺とかフリーズドライとか、お湯でふやかす乾燥食品ばかり食するのはいい加減やめてくれないか?


 ともかく、私は少年の質問に答えた。

 自分の思うがままに世界を設計できる点ではないだろうかと。だって少年、つい最近までは地形作りと区画設計しかやってなかったじゃないか。


「もちろんそれも醍醐味だけど、このゲームに重要な要素はもう一つある」


 こだわり多き少年は、スプーンで鶏をすくいながら回答する。


「たぶん、お前とはまるで縁のなかった話だろうけどな」


 少年はまたしても問いかけた。

 この都市せかいの今後に関わる、非常に重大な問いかけを。


「創造神。——この町の『経済』は、これからどうすれば良いと思う?」



*****



 経済とは、人間社会を回す上では決して欠かせないシステムである。

 もちろん「都市開発ゲーム」でも同様だ。

 自分に与えられた初期資金で、いかに早く町を発展させて稼ぎを得るか。お金のやりくりこそ本来の「都市開発」の醍醐味なのだと、少年は熱く語り聞かせてきた。


 ——なるほど!

 私は、ぽんと両手を叩いた。

 確かに資金うんぬんのことなんて、私にはまるで関心がなかったよ!


「だろうな!? だってお前、全部自分で創造つくれちゃうもんな!?」


 あるいは、例の魔法陣で召喚するか。

 かれこれ一週間の付き合いがあれば、少年も私も、互いの行動パターンや思考回路に、それなりに理解を示せるようになるものだった。


「でも、お前にとってはどうでも良くても、これからはそういうわけにはいかないだろ? 妖精だって住み始めて、今まさに魔力マナ動線ラインを引いている最中なんだぞ」


 私と少年が窓の景色を見れば、派手な格好をした妖精たちが、大木のアパートを飛び回ってはきらきらと粉を振り撒いている。どうやら妖精たちの羽根から振り撒かれた粉を種として、次第に動線ラインが形成されていくらしい。

 彼らの仕事の先導を取っているのは、あのギャル系妖精・アルファだった。あれで妖精たちのリーダーだったのか……と少年も驚いている。



 ——なるほど、確かに少年の言う通りだ。

 思っていたよりもずっと仕事熱心な彼らには、何らかの報酬が必要だろう。



 どうしようか、と少年が問いかける。


「俺たち人間は仕事の対価として、とにかく金さえもらえれば満足できる。給料の高い低いは別にして、欲しいものは何でも金と交換できるからな」


 だからこそ問題だ、と少年が頭を捻っていた。

 少年には分かるはずもない……快適な暮らしの他に、妖精かれらに支払うべき対価など。


 そうして、市長の一声により急遽始まった「第二回会議」。

 大木の前の原っぱに集められた妖精たちが、少年の問いかけに対して議論を始める。


「確かに『金属』なんて、あたしらは要らないっすわ」


 ……妖精アルファが言う「金属」とは、少年が暮らしていた世界の「金」のことである。特に硬貨のことだろうか。


「それよりも布っしょ、絹とか麻とか。あたしら、可愛い服とアクセサリを装着しないと死ぬ生き物だから」

「……物々交換ということか?」


 少年はやっぱり頭を捻っている。


「食べ物とか服とか、いちいち交換内容アイテム歩合レートが変動するのは効率が悪すぎる。原始人じゃないんだぞ、俺たちは。やっぱりこの都市せかい共通の金銭を用意して、経済システムはある程度確立させたほうが良いんじゃないか?」


 少年の意見に首を傾げたのは妖精たちだった。

 そして口々に話し始めるのが——


「欲しいものなんて気分で変わるからな〜」

「生産できる植物ごはん服飾しざいなんて日替わりだし、作れる量も日によって全然違うもんね」

「その場その場でいいんじゃん? お互いの仕事を手伝ったり、お互いが持ってるものを共有シェアするだけで別に良くね?」


 きらめく喧騒のリビングで、少年だけが難しい顔をしている。

 さすが、都市開発のプロフェッショナル。些細なことにはこだわらない妖精かれらと違い、二次元ゲームで実装されているシステムは必ず三次元リアルにも反映されていないと気が済まないらしい。


 そう私が苦笑いしてやれば、どうやら少年の心情は別の理由にあったらしく。


「……人間おれたちの世界では、経済システムは必須だ」


 ライフラインや交通網の整備と同じくらい重要なものだと少年が語る。


「人間には損得勘定というものがある。善意や好意だけでは行動しないし、自分に利益が出るかどうか分からないことにはなかなか手を出さない」

 ——おっと、またなんか語り出したぞ?

「お金の良いところは、損得や利害の程度が『数字』で明確に表せるところなんだ。硬貨と紙幣のやり取りで同じ価値観を共有できるし、どのくらい与えたのかもどのくらい貰えたのかも、経済システムがあれば一目でわかる」

 ——…………なるほどねえ……。

「お前らはどうなんだ、妖精。何のシステムやルールも持たない都市せかいで、喧嘩や揉め事をしないで上手く社会を回していけるのか?」



 妖精たちだけではない。

 これからはきっと、いろいろな種族の住民が私たちの世界に移ってくるだろう。

 暮らす住民が増えれば増えるほど、世界のしがらみは大きくなっていく。


 ——全能なる創造神わたしが作った前の世界でさえもそうだったのだから、少年の不安は私には理解できるものだった。



*****



「……あっそう」


 すると、妖精アルファは答えた。


「どーしても要るっつうんなら、まあ勝手に作ってくれればいいよ人間風情。けど、こっちは別に損したとか得したとか、いちいち考えてないんだよなあ」

「……そうなのか?」

「あたしはただ、その時やりたいなーって思ったことをやるだけだから。お仕事とか遊びとか、あたしがやりたいことをやるだけ。言いたいことがあったら全部言う。喧嘩なんていつでもやってる。ばっちこいって感じ」


 周りにいた妖精たちも、口々に好き勝手なことを叫んでは、妖精アルファの言葉に賛同している。


 ——要するに。

 変えるべきはシステムやルールではなく、少年たち人間の考え方シンキングのほうではないのかと。


「そうか……まあ、これは要検討だな」


 少年はゆっくりと背筋を伸ばして、ふてぶてしさは残っているものの。

 ……私の気のせいだろうか。

 少年の表情はほんの少しだけ、こわばっていた肩の荷が下りているような感じがした。



 まだまだ未開拓な「最高の世界」。

 ふむ、楽しそうになってきたじゃないか。

 これはいよいよ——創造神わたしも、ひとつ行動しなければなるまいて。



(Day.8___The Endless Game...)

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