Day.6 都市開発は新しい住民が来てからが本番なんだよ創造神

 私が創造し、少年が開発する「最高の都市せかい」。

 そんな都市の最初の住民は、パリピ系ギャル族の妖精だった。


 その妖精は、すでに書かれていた少年の「都市開発せかいちず」を一瞥しては、一言。


「超ださい」


 バタム、と再び少年がその場に倒れ込んだ。

 そんな少年に構うことなく、妖精は見せられた地図をぽいと放り投げては、


地図これ、あたしが作っていい?」

 ——え、妖精が作るのか!? 少年の五日間の苦労は!?

「だってこいつ、全然妖精あたしらのこと分かってないじゃん。これだから人間風情は」

 ——神様でも無いのに人間風情って呼ぶのはやめてあげて!?

「世界ってのは景観ビジュアルが命なわけよ。なんだよこの蜘蛛の巣みてーなのは、きっしょいんだけど?」

 ——そのやり取りは先日もう済んだから! ネタの焼き回しもやめてあげて!?


 こんな調子で。

 新たにやってきた妖精によって、少年の都市開発は、ここから急速に進み始めていくのだった。



*****



 車社会の永久機関エンドレスループ

 多様化社会の永久機関エンドレスループ


 二つのコンセプトをもとに作られた「都市開発せかいちず」は、この妖精に言わせれば——


「おい人間。お前、『魔力マナ』のことを全然わかってないっしょ」

「……魔力マナ?」


 なんとか意識を取り戻した少年が、


「はん、魔法陣に続いて魔力ときたかよ。いかにもゲーム世界って感じだな」

「ゲームじゃねえよ、リアルなんだよこっちにとっては。魔力マナの巡りが悪い世界じゃ、あたしたち妖精は快適に暮らせない」


 発電所・水道・ゴミ処理施設が、人間社会にとってのライフラインだったように。

 あるいは、交通網の整備が都市開発にとっての最重要項目であるように。

 妖精たちにとって最も重要なのは——『魔力マナ』が、いかに滞りなく回っているか。


 蜘蛛の巣のような地獄絵図を一瞥しては、


「この動線ラインさ、超効率悪くね?」


 その言葉に少年が驚いた。

 車社会しんせかい市長かみになるべく、完全なる交通網を目指して書き上げたはずの地図が、効率が悪いとはこれいかに。


「道路にしても魔力マナ動線ラインにしても、引く線は極限少ない方が良いわけ」

「な……!」

「一方通行だとベターだね。双方向から進んでいって良いのは、恋愛だけだと相場が決まってるんじゃん?」


 ぱたぱたと羽をはためかせながら妖精は言った。

 妖精たちが空を舞う際は、確かに魔力マナ動線ラインに沿って行動している。

 そんな動線ラインがあちらこちらから引かれていては、妖精同士がぶつかって喧嘩してしまうとのことで。


「た、確かに……交差点の多さは渋滞の最大の原因だとはよく言われている」

 ——え、少年。今の妖精の話で納得できたのか?

「一方通行の道路も渋滞緩和には有効だ。たとえ一般道路縛りといえども……導入する価値は大いにある」

 ——え、少年。その縛りプレイ、まだ続ける気だったのか?


 頭を抱えている少年に、妖精はわざとらしく大きなため息を吐いて。


「あたしも創造神こいつも空を飛ぶのに、道路ってそんなに必要なくね?」


 少年はぶんぶんと首を横に振っては、


人間おれたちの世界ではこのくらいは普通だ。空なんか飛べないからな」

「だったら飛べるようにすれば良いじゃん?」

「……はあっ!?」


 妖精の思いがけない言動。

 その場で固まっている少年を無視して、妖精は私に紙と筆記具を要求してきた。そして白紙に筆を走らせたなら、



「空飛ぶ車、作らね?」


 ——空飛ぶタケコプター、みたいなノリで。



「縦に繋げてくんでしょ? この世界。だったら交通機関も、縦移動できるように車作っちゃえば良いんじゃん?」


 魔法陣やエレベーターでの移動のみならず。

 現実主義の少年が、ぱちくりと目を丸くしたならば、ぎぎぎと私を見上げてくる。


「空飛ぶ車……って、作れるものなのか?」


 私は答えた——雑作もない、と。

 あんぐりと大口を開けた少年が、しかし次第に瞳を輝かせ始める。

 そして、漏らした言葉がこれだ。


「…………か……神か……?」


 ——か、創造神かみなんですけど!?

 何を今更! いったい今まで何を見てきたんだ、少年よ。私がこれまでに見せてきた、魔法詠唱の数々を忘れてしまったのか?

 全身をピカピカさせてやっただろう! 私だけでなく、少年の身体をも。もっとも、少年には「金輪際やるな」と気味悪がられてしまったが。


「俺が今までプレイしてきたのは都市開発『シミュレーション』ゲームだぞ、創造神。シミュレーション上で存在していない幻想ものを創造するなんてチート、俺の発想に出てくるわけないだろう?」


 やたらと自信たっぷりに答えた少年。

 ……そういうことは自信を持って返事することではないぞ、少年。

 そして少年は、髪のリボンをいじっている妖精に問いかける。


「妖精。お前のコンセプトは?」

「コンセプトぉ?」

「創造神はこいつだが、この都市せかいの市長は俺だ。ここの住民になるというのなら、住民の希望をできる限り実現するのは俺の仕事だ」


 妖精は答えた。


「映える世界」

「……また景観ビジュアル信者か」

「映えてない世界じゃモチベ上がんないじゃん。仕事にしても、遊びにしても。女だってさ、可愛いかブスかは生まれた時から決まってるけど、化粧すればそこそこ映える顔になって、男にモテるようになるんじゃん」


 やたらと恋愛で例えたがる妖精に、少年はぎぎぎと首を傾けた。

 しかし、理屈は分からなくもなかった。



 どんなに思考を凝らしたところで、どんなに少年の趣味を広げたところで、住民たちの感性にそぐう景観を損ねた世界には、きっと誰も住み着かない。

 ここはゲームの中ではない。少年にとっては異世界であっても、妖精にとっては現実だ。


 ——『景観ビジュアル』を怠る都市せかいに、繁栄の未来は訪れないのだ。



*****



「とりま、この地図はやり直し。あと、あたしの家はちょっぱやでおなしゃーす」

「……俺の家の近くで良いよな? 開発途中のど真ん中に新居を構えるわけにはいかないからな」


 魔力マナさえ通してくれれば問題ないと、妖精は満足げに頷いた。

 びりり、と地図を破り始める少年を、私は慌てて引き止めて。


 ……良いのか、少年?

 せっかく頑張って書き上げた地図だろう。せめて積み重ねる予定である都市の最下層に、採用するくらいのことはしても良いんじゃないだろうか。


 すると少年は答えた。ぶっきらぼうに。


妖精こいつが嫌がるような都市構造なら、どのみち他の住民もみんな嫌がる。誰も住みたがらない都市を作っても意味ないからな」


 ——住民の幸福度ねがいを聞き入れてこそ真の市長だ。


 そう呟いた少年が、白紙となった地図に一つの点を入れる。

 少年の拠点のすぐ隣りに、一本の大木を植えるよう私に要求してきた。

 鳥小屋のような、妖精の小さくて可愛いお家を、大木の枝に用意するのだと少年は言った。


「他にも妖精が来るんなら、この大木がこいつらのアパート代わりになる。名付けて『妖精の楽園フェアリーエデン』だ」

「建物は良いけどネーミングがださい。違う名前にチェンジして」


 バタム、と倒れ込んだ少年に、妖精はにかりと笑いかけた。

 しばらく私と少年の二人きりだった世界は、初めての住民が加わったことで、きっと近いうちに賑やかとなるだろう。



(Day.6___The Endless Game...)

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