二 魔剣砕きと呼ばれた男(一)

 魔剣砕きソードブレイカーと渾名される前は、ただ「亜人」とか「餓鬼」とか「穀潰し」とか呼ばれていた。

 父母が生きている間は「坊や」とか「我が息子」とか呼ばれていた気もする。


 父は亜人のラ・スーと言い、ラの四代目と言う意味で、その息子で五代目だからラ・ウーと言うのが、俺の呼び名らしい。

 記号か番号のようなもので、それで呼ばれることは、まず無い。

 ほとんどは、「おい」とか「そこのお前」とか呼ばれて、命令されるだけだ。


 生まれ持ってのスキルは、〈耐久〉と〈雑食〉で、これのお陰で苛酷な労働と貧しい食事エサでも生き延びることができた。

 亜人には珍しくないスキルらしいが、二つとも揃っているのは、まあまあ珍しいらしい。


 腹が減れば、草でも木の根でも蟲でも、何でも口に入れ、よく噛んで粉砕し、大抵のモノは消化吸収できた。



 いつの間にか〈採取〉や〈噛みつき〉や〈穴掘り〉や〈木登り〉は自然と身に付いた。


 〈採取〉のお陰で、〈穴掘り〉が〈採掘〉になり、魚や小鳥や小動物が獲れるようになると〈捕獲〉と〈狩猟〉が増えた。


 増えたスキルのお陰で、食糧確保のための狩猟隊か鉱山の採掘隊の仕事が増え、食事がマシになった分、平均的な亜人より体格はよくなった。この頃から「そこの木偶の坊」が呼び名に加わる。


 だが、その分忙しくなり、小腹がすいたからと、仕事の手を休めて口に入れるモノを探す訳にもいかず、採掘した鉱石の欠片とか坑道に現れて退治された魔物の残骸とか、拾ったモノを口にしていて、周囲から怪訝な目で見られることもあった。


 最悪なのは、食糧の調達部隊だ。

 食べられるモノを集めているのに、つまみ食いは許されないから、木の実を取るのに切り払った枝とか、解体した獲物の食糧にも素材にもならない捨てる部分、蹄とか折れた角や牙や爪の欠片をもらって、ゴリゴリと噛んで空腹を紛らわした。

 まぁ何であれ、噛んでる内に細かくなって腹に溜まるので、問題は無い。


 〈雑食〉は、いつの間にか〈悪食〉に変わっていた。

 毒蟲や毒茸も、口に入れてしまえばほぼ毒は効かず、食べたことのある毒なら、咬まれたり刺されたりしても毒の効果は薄かった。

 その内に、〈毒耐性〉〈麻痺耐性〉〈幻覚耐性〉とか訳のわからないスキルも増えた。



 当然だが、いいことは長く続かない。

 体格がよくなると力が出せる分だけ重労働が回って来る。

 単純な肉体労働ならまだマシだが、戦場への食糧や物資の運搬とかの危険な仕事や、兵士として戦場へ行くことも強要されるようになる。


 付け焼き刃の訓練で、いきなり盾や槍を持たされ、戦場に送り込まれても、右往左往するばかりだ。


 戦った相手が、更に雑魚の小鬼ゴブリンの集団だったから、命は助かったし、何匹か仕留めて魂を喰らった経験値獲得したので、少しだけ強くもなった。


 何でも小鬼の王ゴブリンキングが発生して、近隣の小鬼の村を団結させて、軍団を作ろうとしていたらしい。

 不思議なことだが、小鬼の王ゴブリンキングが生まれると、その成長に連れて、周りの小鬼も戦士ファイター騎兵ライダー弓兵アーチャー呪術師シャーマンに成長する者が増えるらしい。

 当たった小鬼ゴブリンの集団に、ちょうど運よくそうした成長した強い小鬼ゴブリンがいなかったか、少なかっただけの話なのだ。


 レベルが上がると職業ジョブに付けるようになるが、探鉱夫マイナー猟師ハンター槍士ランサー盾士シールダーなど、やらされている仕事と変わらないものしか無かったので、それほど魅力は感じなかった。


 運命なんてものがあるなら、大抵それは、唐突で厚かましく、押し付けがましい理不尽なもの、だろう。

 それは、巨漢の戦士の姿で現れた。


 英雄殺しヒーローキラーの二つ名で呼ばれるその戦士は、俺の体格だけを見て、ついて来いと言った。

 ついて行った先は、その巨漢戦士・英雄殺しの率いる戦士団だった。

 そいつの配下には 、魔剣砕きソードブレイカー脛割りボーンクラッシャーというのが居ると聞いたことがあったが、「お前が今日から魔剣砕きだ」と言われ、赤黒い鎧と盾と兜を戦士団の男達に無理矢理着せられた。


 着せられた瞬間に、その鎧『魔剣砕き』の魔力が身体の中に流れ込んで来る。

 複数のスキル〈魔剣砕き〉〈魔鋼喰らい〉〈魔力喰らい〉が鎧から俺の身体に刻み込まれ、鎧によって、俺はただの亜人から 魔剣砕きソードブレイカーになった。


 英雄殺しヒーローキラーは、その様子を見てゲラゲラと笑い、うまくいったと手を叩いて喜んだ。

 鎧のサイズにあった体格と低い魔力。つまり、鎧を着られる体力はあるが、鎧の魔力に抵抗できない者をうまく選んだ、と自画自賛している。


 鎧と盾と兜に別れているが、元々は一枚の盾だったらしい。敵の魔剣、魔法の武器防具を砕く度に、その魔法で鍛えられた金属の欠片を喰らい続け、大きくなり、変化して来た。

 今では、装備した者がどこで敵の攻撃を受けてもいいように鎧と兜にもなったということだ。

 その三つを繋ぐ魔力の流れが俺自身にも絡みついている。

 職業は、俺の意思に関係無く、盾士を選択させられていた。



  魔剣砕きソードブレイカーになった者は、英雄殺しヒーローキラーの盾として、まず脛割りボーンクラッシャーと一緒に、敵側の英雄に差し向けられる。


 脛割りボーンクラッシャーは、英雄殺しヒーローキラーが飼っている大蜥蜴だ。

 頭部から背中の前半を覆う兜のような防具を付けている。

 その頭部と肩口には水平に張り出した角が付いており、脛か膝の高さで突進されると、避けざるを得ず、体勢が崩される。

 運悪く避け損なえば、脚の骨が折れるか、足払いで転ばされる。


 そして、続く魔剣砕きに不用意に斬りかかれば、魔法の武器か防具が台無しになる。


 連続した予期せぬ事態に狼狽する英雄に、英雄殺しは襲い掛かるのだ。


 幾度かの戦いの後で、 魔剣砕きソードブレイカーが代替わりする理由を理解した。


 まず、体格が大きく鎧姿が目立つ上に、真っ先に敵である英雄に突っ込んで行く。


 敵の魔剣や魔槍や魔法の盾は、どれも高い攻撃力か防御力を備えているが、それに体当たりするか、一撃を受けることでしか、『魔剣砕き』の能力は発現しない。


 盾も鎧も兜も、その攻撃を受けて自ら砕けることで相手を砕き、威力を相殺する。

 が、威力を相殺するのは盾や鎧にとって自らが完全に壊れたりしないためであり、装備した者を守るためではない。

 戦う度に、『魔剣砕き』自身の破片と魔剣砕きが砕いた魔剣の破片が、身体に食い込み、満身創痍になる。


 傷が癒える前に戦うことを繰り返していれば、寿命が長い訳がない。


 その不幸の最中でも、わずかに幸運だったのは、命綱だった〈耐久〉が〈回復〉になり、〈魔力喰らい〉と〈魔鋼喰らい〉の影響で〈悪食〉が魔力や魔鋼を捕食できるようになり、形の無いモノを食らう〈魂喰らい〉が増えたことだ。


 そうして魔剣砕きの破片と魔力さえ食って、自分のモノにした俺は、魔剣砕きの本体である盾と鎧と兜に、装着した者までも魔剣砕きの一部になったと誤認させることに成功した。

 魔法の武具の自己修復が俺の身体にもおよび、俺自身の〈回復〉とも相まって鎧が直る時には、身体の怪我も治るようになった。


 この時、名実ともに俺が魔剣砕きソードブレイカーになったのだった。

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