第5話 神獣

 ライナス王子を追い払い、俺たちは豪勢なソファでだらりとしていた。

 この街には一週間ほどの滞在を予定しており、俺たちはその間の予定を立てている最中であった。


「ということで、仕事をするぞ」

「仕事って、冒険者の?」


 アイリスが小首を傾げた。


 確かに温泉街に来た以上、普通なら観光をするという話になるだろう。

 この街には先史文明の遺跡や景観の良い土地に溢れている。グルメを堪能するのも良いだろう。

 当然、俺もそれらをしないというつもりはない。


「数日だけで良い。ちょっと気になるところがあって」


 グレインは、この世界の住人にとっては有名な観光地だ。

 しかし、原作の知識を持つ俺にとっては、この世界の今後を左右する遺跡が眠る重要な街でもあった。


*


「ジーク様、この辺りで地震が起こっているというのは本当なのですか?」

「ああ。震源と思しきはこの洞窟の先。だが、中は危険すぎる魔獣で溢れかえっているため、調査に乗り出した冒険者は誰一人として帰ってこなかったそうだ」


 今、俺達が受けているのは、原作にも存在した隠しクエストだ。

 内容自体は地震原因の調査であり、魔獣由来の地震が発生することのあるこの世界では珍しくはないものだ。


 ちなみに原作では、パーティの平均レベルが一定値に達するまで解放されないのだが、この世界では特にそういった制約はないらしい。

 ちなみにレベルの合計値ではなく、平均レベルが参照されるのは、終盤に掛けて多くの仲間キャラクターが離脱するからだったりする……


「ジーク、やっぱり止めましょう……私達、それなりに腕は立つかもしれないけど、冒険者が一人も帰ってこないなんて不気味すぎるもの。きっと、古代の兵士の亡霊とかそういうのに取り憑かれたのよ!!」


 アイリスは不安げな表情で俺の腕にしがみつく。

 幽霊嫌いは相変わらずのようだ。


「大丈夫だ。多分ここにゴースト系の魔獣は居ないからな」

「ど、どうして分かるの?」

「まあ、軽く事前に偵察したからな」


 本当は前世の知識なのだが、その辺りは適当にぼかす。


「それよりも気を引き締めよう。ここに居るのは、並みの魔獣じゃない。幻獣種だ」


 洞窟をしばらく奥に進んでいると、やがて、空間に滲み出るようなエフェクトを発しながら、仄かな蒼い光を発する獅子型の魔獣が現出した。

 侵入者を検知してどこからか転移してきたようだ。


「実物を目の当たりにすると、息が詰まりそうなほどの霊圧だな……」


 ごくりと唾を飲む。


 この獅子は遺跡の門番であり、強力な力を持つ、幻獣に区分される魔獣の上位種だ。

 レベル条件をクリアしたばかりの段階では、1ターン目で瞬殺される程で、物語の終盤でようやく対抗できるようになるほどの強さだ。


「幽霊じゃないなら何とかなるかしら……」


 アイリスはか弱い見た目に不釣り合いな斧槍ハルバードを構えた。

 優雅で気品に溢れる彼女だが、その戦闘スタイルは豪快だ。


 原作でもオルトに洗脳されていたことが発覚した時に、アイリスは斧槍を振り回してジークと共闘した。

 あくまでも回想シーンにおけるイベントバトルで、その後にアイリスは命を絶ってしまうので、たった一度きりだけのプレイアブル化だったが、彼女の見た目と戦闘スタイルとのギャップに、多くのユーザーが彼女の死を惜しんだ。


「わ、私も負けていられません」


 リヴィエラが取り出したのは、真っ白な魔道書だ。

 以前、手に入れたヨトゥンの書を彼女なりに改造したものだそうだ。


 本来は大気中の魔力をチャージして扱う物だが、この魔道書はリヴィエラの魔力を使用して魔法を発動できる。

 一つしか魔法が使えないという制約も取っ払われ、闇魔法のスキルがなくとも闇魔法全般が扱えるようになっている。


「相変わらず、うちのパーティのメンバーは頼もしいな」


 この二年、ひたすらに魔力を寄せ集めては加護を強化し、三人で共有してきた。

 ゲーム終盤の隠しボスでも容易く撃破できるだろう。

 俺たちは、各々の得物を駆って獅子に挑むのであった。


*


「たわいもなかったわね」

「少し物足りませんね」


 アイリスとリヴィエラが得物をしまって、手の汚れをパンパンと振り払った。

 同時に背後で、獅子型の幻獣が淡い光となって消失した。


「俺、何もしてないんだけど……」


 この二年で、まさか幻獣を仕留めるまで二人が強くなっていたとは思わなかった。

 俺の加護で魔力が高まり、多くの加護を手にしているとはいえ、それらを活かして効果的に幻獣を仕留めたその戦闘力は二人の鍛錬の賜物だろう。


「そ、それじゃ、このまま奥に進みましょうか……」


 俺は二人の強さにやや引きながら、奥へと向かうのであった。


*


「見てジーク、とても綺麗なところ」


 俺たちが訪れたのは、まるで異空間に築かれた空中神殿とも言うべき場所であった。

 洞窟を抜けた先には、無限に異空間が広がり、木の根の様な物が張り巡らされていた。

 そして、神殿はその根の中に絡め取られていたのだ。


「ああ。観光地にしたら儲かりそうだな」

「身も蓋もない感想ですね、ジーク様……」


 リヴィエラが呆れたように言った。


 さて、俺が今回の依頼を受けたのには理由がある。


 この異空間に築かれた隠しダンジョンには、隠しボスが隠れ潜んでいる。

 甲殻神獣ゴルディオンと呼ばれる巨大な亀だ。


 俺はそれを追って、神殿の奥地へと向かっていたのだ。


 道中は危険な幻獣がうろついていたが、アイリス・リヴィエラという心強い仲間を得た今、敵ではなかった。

 そして、それからしばらくして、俺は遺跡の奥地へ辿り着いた。


 そこで俺たちの目に飛び込んできたのは……


「え、いや……デカ過ぎないか?」


 そこに居たのは俺たちの万倍はあろうかという巨大な霊亀であった。

 その巨体っぷりを端的に表せば、俺たちの背丈と亀の瞳が同じぐらいのサイズだ。


 俺たちの目に飛び込んできたというよりは、俺たちが彼の目に飛び込んできたと言った方が正確かもしれない。


「えっと……ジーク。アレをどうにかしなきゃいけないって言わないわよね?」

「はは、まさかそんな訳ありませんよ、アイリスさん」


 俺は表情を引き攣らせながら返した。

 いや、原作でも確かに巨大だったが、いざ目にしたらあまりにも体躯が違いすぎる。


 人間がどうこうできる生き物ではない。

 原作では防御力が高すぎて、どんな攻撃でも1ダメージしか与えられないので、毒状態にして発生する固定ダメージでちまちま削ることでようやく倒せる相手だった。


 そもそも、俺がここに来たのは、彼を退治するためではない。

 あることを確かめに来ただけだ。


 このダンジョンに眠る霊亀は、最悪のバッドエンドのためのフラグになっている。

 彼を含む隠しボス達を倒すことで、ジークの魔王覚醒のトリガーが揃う。


 気になるのは、なぜそうなるかだ。

 この霊亀達について明かされている情報はない。

 なぜ、ジークが魔王に覚醒するのか、この隠しボス達は一体、どんな役割を負っているのか。


 俺はそれを探りに来たのだ。


「ぶわっくしょぉおおおおい!!!!」


 直後、霊亀がくしゃみのような音を発した。

 まるで大量の火薬に一斉に火をつけたかのような爆音だ。


「っ……ジーク様。す、凄い圧力です……一体、どうすれば」

「ここに……人が来るのは……随分と……久しいなぁ……」


 くしゃみにひるむ俺たちをよそに、霊亀は気が抜けるような間延びした話し方で語る。


「し、神獣ゴルディオン様ですね……」


 俺は彼の名前を呼んでみる。

 彼の名前自体は文献にも残っており、女神を守護する聖なる獣であるとされている。


「ふむぅ……確かに……そんな名前……だったなぁ……ぶえっくしょい!!!!!!!」


 再び、彼がくしゃみをして空間を激しく揺らした。

 しきりにくしゃみをしてどうしたのだろうか。


「えっと、一つ尋ねたいことがあります。あなたはここで何をされているのですか?」


 直截に尋ねてみる。

 原作では問答無用で戦闘に突入したが、どうやら目の前の彼とは対話が出来そうだ。


「何を……何だっけ……?」


 しかし、霊亀はぼけた様子だ。

 すっとぼけているわけではなく、口調の通りのんびりとした性格なだけのようだ。


 むしろ、こんなおじいちゃんを毒漬けにしてじわじわとなぶり殺しにした原作のクライド達は鬼畜なのでは……?


『ふむ。埒が明かないな』


 突如、頭の中の人物が、会話に混ざってきた。


『ゴルディオンよ。相変わらず、花粉に悩まされているようだな』

「その声は……エルンスト……エルンストなのか?」

『その通りだ。我が友よ。久しいな』


 待って待って待ってくれ。


「もしかして、お前達知り合いなのか?」


 というか名前がエルンストなのも初めて知った。


「ね、ねえ、ジーク。あなた一体誰と話してるの? まさかその神獣以外に誰か見えてるの?」


 アイリスが怯えた表情を見せ始めた。

 うーん、状況がややこしいことに。


『お嬢様方が混乱しているようだぞ。いっそ、事情を話したらどうだ?』

「俺だってよく分かっていない事情をどう話せば?」

『ふむ、それもそうだな……なら、俺が話すとするか』


 直後、俺の体内から淡い光が漏れ出てきて、人の形を取り始めた。


「え……その顔は……俺?」


 やがて光が収束して現れたのは、俺を二十代後半ぐらいまで成長させたような男性であった。


「さて、外の世界は久しぶりだな。といっても、この空間でしか形を保てないんだが」

「いや、えっと……嘘だろ?」


 俺はその光景に面食らってしまった。

 なにせ、声の正体は原作でも明かされなかった。

 それが今、あっさりと俺の目の前に姿を現したからだ。


「さて、何をどこから話したものか」


 声の主エルンストは、凝った身体をほぐすような動作を見せながらぼそりと呟いた。

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