第4話 好色王子
「はぁ……何というか精神的負担の半端ない時間だった……」
俺は一足先に上がると、そっとため息をついた。
この二年で二人は随分と、美しく成長した。
アイリスは原作で見た時のように、いやそれ以上に小悪魔的な魅力を秘めているし、リヴィエラはまるで妖精のように美しい。
そんな美女二人に、あんな風に囲まれたら、健全な男子は耐えられないのだ……
俺は昂ぶった心とか色々を鎮めるために、着替えを済ませて、何か飲み物を見繕うことにした。
「ほう。ここがこのホテルのスウィートか。なるほど。こんな田舎に期待などしていなかったが、なかなかどうして、僕に相応しい豪奢な部屋じゃないか」
「こ、困ります。ライナス様。こちら既に、埋まっておりまして。どうか立ち入りは……」
なんだ……?
俺とアイリス達しか居ないはずの部屋に、知らない誰かの声とホテルの従業員の声が響いた。
不審に思った俺は急いで服を着ると、脱衣所に持ち込んでいた剣を手に居間へと向かう。
「従業員如きが指図するな。私は長旅で疲れているのだぞ? だというのに貴様は、凡庸な客室しか用意せぬつもりか?」
「そ、それは……ですが、既に宿泊されている方達がいらっしゃる以上は」
「む……ここに置かれている荷物は、もしやこの部屋に泊まっているのは女性かね?」
制止する従業員を無視して、同い年ぐらいの青年が部屋を歩き回る。
「ふむ、どうやら温泉に入っているようだな。これはまた、随分と気の利いたことではないか」
青年が下卑た表情を浮かべて、二人の荷物を漁ろうとした。
「これは一体、どういうことだ?」
それを阻もうと、俺は青年の腕を掴み上げる。
「なんだ貴様は……?」
青年は敵意の籠もった視線で俺をにらみつけてきた。
「俺はこの客室を押さえている者だ。どうして無断で立ち入っている? 説明してもらおうか」
「汚い手で触れるな、下郎!!」
青年は乱暴に俺の腕を振り払う。その瞬間、彼の顔がはっきりと見えた。
「ライナス王子……? これは失礼いたしました」
俺は咄嗟に膝を突く。目の前の無礼な男は、一応やんごとない身分の人物だ。
「ほう……貴様の様な者でも私の名は知っていたか。いや、私のこの美貌のせいなのか? 異国に名を轟かせてしまうほどのこの美貌の!!」
ライナス王子は自分に酔いしれるように身体を抱き締め、腰をくねらせた。
前世の記憶が蘇る。
この顔だけ無駄に良い男は、確か帝国の北西にあるデルフィア王国の王子だ。
「王子殿下が、この様なところに一体何の御用でしょうか?」
この通り非常識でナルシストで好色な男だが、一応は王族だ。
丁寧な物言いで応対する。
「ふん。一応、口の利き方というのは弁えているようだな」
そういうライナス王子は常識を弁えておられないようでと、口に出したくなるのを俺はぐっと堪える。
「大変、恐縮ではありますが、この部屋は私と連れの者が押さえておりまして、プライベートな空間ですのでできれば王子殿下には、ご退出いただきたく……」
さて、原作通りの小者っぷりだ。こうしてアイリス達の私物に手を付けられるのは腹立たしい事この上ない。
しかし、ここで覚えが悪くなる事態は避けておきたい。
「ふむ……貴様のような男が、二人も女性を連れ込んでいるとは、なんとも淫蕩なことだな」
「恐縮です」
「ふむ。よし、貴様は出て行け。その連れとやら、この私がじっくりと見定めてやるとしよう」
「は?」
一体、この好色王子は何を言っているんだ。
仮にも相手は帝国の貴族令嬢、それに手を付けるなど浅はかにも程がある。
いや、もしかしたら俺たちが貴族ではないと、思っているのかもしれない。
「失礼ながら二人とも、私にとっては大事な者達です。その様な申し出は了承いたしかねます」
「なんだと? 貴様の様な下民が、私に逆らうというのか?」
下民――やはり、ライナス王子は、俺たちを平民だと思い込んでいるようだ。
俺はため息をつく。仕方が無い。ここはあの二人に手を出すというのであれば、ここは多少手荒な方法で……
「何か騒がしいと思ったら、ライナス王子、あなたでしたか」
その時、風呂上がりのアイリス達がやってきた。
「ひっ……ア、ア、ア、アイリス殿!?!?」
どうやら知り合いのようで、ライナス王子が間抜けな表情を浮かべた。
「どうやらデルフィアの王子殿下は、常識も弁えないご様子。ここは、私達家族がくつろぐ私的な場です。それをズカズカと土足で踏み入れようなど、恥を知りなさい」
「も、申し訳ない。まさか、アイリス殿がいらっしゃるとは思いも寄らず……」
「言い訳は結構です。即刻立ち去ってください」
「か、かしこまりましたぁああああ!!!!!!」
アイリスの圧に押されて、ライナス王子は従業員を連れtえ、そそくさとその場を去って行った。
「やれやれ、本当に下品な方ね……」
アイリスはその姿を見てそっとため息をつく。
「えっと……知り合いなのか?」
原作では特に接点は無かったが、明かされていない裏設定があったのだろうか。
「以前、私に求婚してきたの。歯の浮くような言葉で、私の美貌がいかに優れているかを並べ立てたけど、欠片も心に響かなかったのでお断りしたわ」
なるほど。よほど、手酷く断ったのだろうか。
あの様子からして、ライナス王子にとってトラウマになっているようだ。
「しかし、本当にふざけた奴だった。デルフィアでは他人の借りている客室に、無断で立ち入ってはいけないと習わなかったのか?」
「あの方は、自分が世界の中心だと思っているようだから。それよりも王族だからって、ジークもあんなにへりくだる必要なかったのに」
「アイリスやリヴィエラに目を付けられたら嫌だったんだよ。二人に余計な火の粉が降りかかるぐらいなら、膝ぐらいいくらでも折るよ」
その言葉に、アイリスが顔を赤らめた。
「そ、そう……それは、私の方が短慮だったかも……」
「まあ、あの様子じゃ、その心配はなさそうだが」
アイリスには頭が上がらなそうだし。
「とはいえ、別の意味で警戒した方が良いな」
「どうして……?」
「俺たちの学園生活と、あれの時期が被ってるだろう?」
「ああ、教皇選ね」
学園編のメインイベントにあたるのが教皇選抜だ。
世界宗教であるアルトシア聖教のトップを決める大きなイベントで、現教皇が引退する最終学年の年に行われる。
原作では物語後半の展開を運命付ける大きな分岐に繋がるため、俺としても注意深く臨む必要がある。
「噂では、あの王子も候補になってるって話だったかしら。あんなのが教皇になったら世も末ね」
そう。ライナス王子は三人居る候補の一人なのだ。
当然、あの小者っぷりなので、あらゆる汚い手段を講じる。幸い、彼が教皇になることは無いが、そのために行った彼の工作はどれも胸糞の悪いものだ。
「ま、先のことは先のことだ。今はこの温泉地を堪能するとしよう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます