第3話 温泉

「はぁ……なんて幸せなんだ……」


 俺は今、温泉街グレインに逗留している。

 そして、街一番の宿のスウィートを押さえ、個室の温泉に浸かっていた。


 身体の芯から温まる優しい感覚……これだよこれ。俺が求めてたのはこういう穏やかな日々なんだ。


 温泉に入るなど、前世以来の話だ。

 つまり、ジークになってからは初めてのことであった。


 なにせ我が家は、金はあるのに旅行なんて全然行かなかったのだ。


 日々鍛錬と勉学の日々だった。

 あの父親は、自分の地位を固めることと、家の存続しか考えていない。


 実の子である俺のこともその道具としてしか見ていなかった。

 そのため、旅行に連れて行ってもらったことなど一度も無い。


 しかも、この宿の金は冒険者業で稼いだ、純粋な俺たちの金だ。実に気分が良い……


 前世では、稼ぎは全て親に搾り取られていた。

 それをこうして、自分のために使うことの開放感よ。


 父親に殺されかけた時はどうなることかと思ったが、今はこうしてのんびりと暮らせて本当に良かった。


 俺の目的はこの世界で幸せに暮らすことだ。

 それが叶いつつある今の状況は非常に素晴らしい。


「とは言え、この幸せもクライドに全てを押し付けて得た物な訳だ……」


 オルトと決着を付けた日、クライドは魔王としての覚醒の兆候を見せた。

 俺はラスボス化を回避し、ヒロイン達を悲劇の運命から救おうと力を尽くしてきた。

 しかし、そのしわ寄せは全て、この世界の本来の主人公であるクライドに行っていた。


 恐らく、俺が運命を変えたことが原因だ。その責任はいずれ取るつもりだ。


 そうでなければミレイユが幸せになれない。

 原作では酷い目に遭わせた以上、何とかしないといけない、俺はそんな義務感を抱いていた。


「ま、ひとまずは学園生活を乗り切ることだけどな」


 学園編は原作の第一部にあたる。

 ここで俺がやることは力を蓄え、いずれ何か事を起こすクライドに備えることだ。

 そのためには……


「ジーク、何か考え事かしら?」


 その時、アイリスの声が響いた。


「ああ、これからの学園生活のことを考えて……………………………え?」


 なんでここにアイリスが……?

 目の前に居たのは、そのしなやかな身体を布一枚で隠したアイリスであった。


「いや……あの、俺が一番風呂で良いって話でしたよね?」


 俺は慌てて彼女から目を逸らす。


「ええ。でも、将来の夫婦なんだから一緒に入っても問題ないでしょう? そのための個室なんだから」

「そ、そっか。そうだよな。問題ないよな」


 ちゃぷちゃぷと水音を鳴らしながら、アイリスが俺の隣に腰掛ける。


「って、問題ない訳あるか!!」


 あまりにも自然に言い切るので、一瞬押し切られてしまった。


「別に良いじゃない。ずっと、ジークとこうして温泉に来たかったんだから」


 ぴとっとアイリスが肩と肩を触れ合わせてきた。

 肌と肌が密着する感覚に、脳に電撃が走ったような心地がする。


「……っ」


 前に、リヴィエラと風呂に入ったことはあるが、だからといってこんな風に密着することは無かった。

 それが今はこんなに近くで……


「~~~~~~っ」


 頭がおかしくなりそうだ。

 我が婚約者アイリスは、絶世の美女と言っても差し支えない。


 均整の取れた身体は細くしなやかで、肌は絹のように美しく、時折見せる蠱惑的な表情はたまらない程魅力的だ。

 俺は何とか心を鎮めようとする。俺だって男だ。そうでもしなければ、暴走してどうにかなってしまう。


「ねえ、さっきから視線を逸らしてどうしたの?」


 暴走しないように心を鎮めとんのじゃい!!


「別に見ても構わないのよ? だって、私達婚約してるんだから」


 アイリスは俺を挑発するように、肌をこすり合わせてきた。

 まるで俺の心を見透かしたかのように、アイリスが俺を弄ぶ。


「ど、どうせタオルで隠してるってオチだろう? 見ないよ」


 自分に言い訳をするように、俺は最後の抵抗を見せる。


「そんな訳ないでしょう? タオルを湯につけるのはマナー違反よ?」


 時代や世界が変わっても、マナーにそう変わりは無いらしい。


 俺のささやかな抵抗は、これで終了した。

 俺の弱い心は、あっさりとアイリスに屈し、俺の視線は花に集まる蝶のように、徐々に彼女の方へと集まり始める。


 すると、ふとアイリスが俺の頬をその両の手で包み込み、彼女と視線が合うようにそっと引き寄せてきた。


「ジーク、私はね。あなたとリヴィエラがその……そういう関係になっても良いと思うの」


 アイリスは、真剣な表情でそう言った。


「でもね。あなたのことを一番に愛してるのは私よ。だから、いずれそうなるとしても、あなたの初めての人は私が良い……」

「アイリス……」


 彼女は俺にはもったいないぐらいに良い女性だ。

 しかし、その親愛の情は全て俺に注がれている。


 オルトと俺の違いを見抜き、原作では俺を想うあまりに死を選ぶほどだ。

 そんな彼女が愛しくてしょうがない。ここまで健気なセリフを言った彼女を絶対に手放さない。

 必ず幸せにすると、俺は改めて心に誓うのであった。


「ところで……今日はお預けみたいね」

「え……?」


 アイリスにつられて視線を入り口にやると、そこにはリヴィエラが立っていた。


「アイリス様、いつの間にか姿が見えないと思ったら……わ、私も一緒に入ります」


 そう言って、リヴィエラが俺に抱きつくと、その身体を密着させた。


「リ、リヴィエラ!?」


 続けてアイリスが身体を密着させて来る。


「それじゃ今日は三人でゆっくりと入りましょうか」


 成長した二人の膨らみの感触がはっきりと伝わってくる。

 二人とも控えめな方だが、それでもしっかりと出てはいるのだ。


 男としてはこの上ないシチュエーションだが、この状況を耐えるのはあまりにも酷すぎる……

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