第2話 ジーク、温泉地へ

「ようやくあの父親から逃げられる」


 ガタガタと車輪の音が響く馬車の中で、俺はそっとため息をついた。

 俺とアイリスとリヴィエラは馬車に揺られて長い道のりを経て、大陸の中央にあるアルトシア聖教国へ向かっていた。


「随分と嬉しそうなので。でも、入学祝いに剣を贈ってもらったんでしょう」

「まあ、そうなんだけど」


 俺の側には豪華な装飾を施された立派な宝剣が、立て掛けられていた。

 アイリスの言うとおり、これは父から贈られた物で、レイノール家の家宝で、特殊な金属で作られた強力な剣だ。


「あの父親に贈られた物というのは複雑な気分だ」


 さて、現在の俺と父親の関係は複雑だ。

 かつて父は、加護を持たない俺を本気で殺そうとした。


 だが、俺はオルトを倒したことで、後継者に相応しい力を示すことに成功した。

 それによって、俺は父に何事もなく家に迎えられたのだ。


「あんな酷い仕打ちをしておいて、ジーク様が強いと分かったら、家に迎えるなんて勝手です!!」


 リヴィエラの言う通りだ。

 父にはまともな人間の道徳観が欠けていた。

 普通、前に殺そうとした人間が戻ってきたら、もう少し別の反応を示す物だろう。


「それに俺らの件は、オルトが俺に成り代わろうと謀略を巡らせたという〝事実〟にすり替わっていたしな。本当は父が首謀者なのにな」


 世間におけるオルトの扱いはこうだ。

 レイノール家の地位を狙うどこぞの貴族が、俺によく似た子どもを使って、レイノール家の乗っ取りを謀り、オルトはそのために俺を追放した非道な人間というものだ。

 今では国中で指名手配されていて、高額な懸賞金が掛けられている。生死も問わないそうだ。


「この剣を持たせたのはそのせいもあるんだろうな。俺とオルトは瓜二つだ。だから、宝剣を持っている方が本物って訳だ」

「諸々の対応は抜かりなく済ませた。流石はレイノール家の当主様ってところね。《神授の儀》で起こった事件も、全部貴族家の陰謀って事になってるんでしょ?」


 あの日、大勢の聖職者が焼かれた。

 実行者は父なのだが、目撃者がいないのを良いことに、父はレイノール家と敵対する貴族家が、俺を始末するために起こした事件だということにした。

 間もなくして、その貴族家は濡れ衣を着せられ、一族郎党に至るまで処刑された。父はそれ程に残忍で徹底した人間だ。


「いずれ、あの人はどうにかしないといけない。生かしてはおけない人だ」


 あの男は、帝国に巣食う怪物だ。

 己の目的のためならどんな手段も辞さない。

 間違いなく、俺の幸せな生活のための障害になるだろう。


「でも、危ないことはしないでくださいね」


 リヴィエラが不安げに俺の服の裾を引っ張った。


「分かってる。無策で父に逆らったりするつもりはないよ」


 レイノール家の力は強大だ。

 あれ程の事件を起こしておきながらのうのうと、国の英雄として振る舞っているのだから、その情報操作の手腕は大した物だ。

 下手に反抗してもろくな目に遭わない。


「ま、あんな人だが、そのせいで俺はこうして跡取りの地位に戻れた。これで命が狙われる心配も無いって訳だ」


 最低な性格の人間だが、一つだけ良い点がある。

 それは、実力さえ伴っていれば、その素性などどうでも良いと考えている点だ。


 当初、確かに父はオルトを後継者に据えようとした。

 しかし、俺がオルトを倒すと、あっさりと俺が実家に戻るのを認めた。


 それは父が、血筋よりも力を重んじているからだ。

 俺が本当にジークなのかオルトなのか、彼には分かっていないだろう。

 興味すら持っていないのだ。


「子どもに無関心な父に感謝だ」

「なにそれ……」


 アイリスが呆れたように笑った。


「それにしても今、どの辺りなのでしょうか」


 流石に長旅に疲れてきたのか、リヴィエラがそっとため息を吐いた。


「まだ、帝国領から出てすらいないわね。確か、そろそろ温泉街グレインじゃないかしら?」

「ほう? 温泉?」


 そう言えば原作でも寄ることがあった。

 帝国の中でも高所にある山岳に築かれた街で、大小様々な温泉が点在する保養地だ。


「確かに長旅で疲れてきたし、ここらで身体を休めるのも良いかもしれないな」


 帝都を出発して二週間。

 俺たちは、癒やしの地へと足を踏み入れることとなる。

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