10話 彼と紫苑の指導 前編

凪との決闘が終わった次の日、俺は先生が学校から借りていた教室で、一人で待っていた。

ここは、先生と初めて会った時の場所でもあり、凛が放課後に先生から、指導を受けている場所でもある。

俺はB級魔術師の資格をもっているため、登校義務がなく、放課後になってからここに来て待っていた。


「誠人先輩はいいな~。私も早く魔術師になりたーい。」


凪がぐちりながら、部屋の中に入っていく。

凪は藤堂先生から魔術を教わることから避けていたため、授業に出ていなかった。

そのため、授業についていくのが大変で、疲れてるようだった。


「凪、そんな理由で魔術師を目指すなんて駄目よ。」


その後ろから、凛も入ってくる。二人でいっしょにここに来たのだろう。


「凛の言う通りだぞ。それに俺は前の高校じゃトップの成績だったんだからな。」


俺は別に勉強が嫌いで授業を受けないのではない。すでに高校で習うべきことは

あちらで学んでおり、今は魔術の訓練を優先しているだけなのだ。


「それにだ。高校の授業の内容だって、魔術の勉強になる所はたくさんあるんだぜ。」


例えば数学や英語は、魔術解析、外国の魔術論文の翻訳等に役に立っている。


「確かに、お姉ちゃんも学校の成績すごく良いもんね・・・。

うん、私も勉強がんばらないとね。」


「凪・・・!」


凪の言葉に凛は感動したのか、目に涙を浮かべていた。


「けど、今は魔術の方を優先したいから、勉強はその後かな。」


しかし、その後の言葉に凛の涙は引っ込んでしまった。


「凪・・・!」


凛は怒ったような表情をする。

さっきと同じセリフなのに、その表情は正反対の物になっていた。

俺は流れを変えようと、別の話題を口にする。


「それよりもだ。藤堂先生はまだ来ないのか。」

二人が来たのならば、先生が来てもおかしくはないはずである。


「先生はまだ仕事があるみたいで、もうすこしかかると思います。」


凛が、答える。


「そうか。ならこのまま待っときますか。」


「だったら誠人先輩、私に魔術教えてください!」


凪が思い出したかのように口にする。


「いきなりだな。それに本当は、俺が指導される側なんだけどな・・・」


「でも先生が言ってましたよ。私とお姉ちゃんの指導が条件だって。」


昨日の今日に言われたことがもう伝わっている。

というか、元々は凛の指導が条件だったのに、もう一人増えている。


「お願いします。先生が来るまでのちょっといいんです。」


凪が手を合わせながら頼んでくる。


「別に問題ねーよ。俺も先生が来るまで暇だしな。」


「やったー!ありがとうございます誠人先輩。」

凪が両手を挙げて大げさに驚く。


「けど、俺も誰かに指導したことがある訳じゃないしな・・・。

何から教えればいいのやら。」


 凛の場合は、もともと藤堂先生の指導を受けており、魔術について最初から深い内容を話すことができた。

魔術について学んでことがないであろう凪に対しては、どこから教えればいいか分からなかった。


「なら私、先輩みたいにいろんな魔術を覚えたいです!

分身したり、右手を光らせたり。」


彼女の魔術をよく分かっていない物言いに、俺は呆れるしかなかった。


「あのな・・・、そんなレベルの高い魔術は凪にはまだ早い。

まずは、初級魔術をだな―――って俺、初級魔術覚えてないわ。」


この有様では、凪への指導は前途多難と言える。


「えっ!?誠人さん初級魔術魔術覚えてないんですか!」


凛はその事実に驚いたようで、声を出す。

常識的に考えればあり得ないことであるのは理解できるため、俺は説明を始める。


「魔術の最適化をしてる時に分かったんだけど、最適化した時の魔力の最低値はどの魔術も同じだったんだ。だから俺にとって、初級魔術も上級魔術も使う魔力がほとんど変わらないんだよ。」


 分かりやすく説明しよう。

最適化した魔力量の最低値が100だとする。

そして、初級魔術の必要魔力が1000、上級魔術の必要魔力が10000である。

最後に俺の魔術の最適化により魔力を百分の一にできるとする。

この場合、初級魔術も上級魔術も必要魔力が100になるのだ。

これでは初級魔術は、上級魔術も下位互換にしかならないのである。

だから、それが分かった時、初級魔術はほとんど覚えなくなったのである。


「なるほど。それは興味深い事実ですね。すべての魔術に決められた必要魔力が存在するなら、

そこには一体、何が込められているのでしょうか。」


「俺も気になったが、結局分からずじまいだった。

一応、その事についての魔術論文は連盟に提出したし、それ専門の学者さんが答えを見つけてくれるだろうよ。」


「そうですね。」


そんな事を話していると、凪が話に入ってくる。


「二人で盛り上がらないでください!今は私に指導してくれる時間のはずなんですよ!」


凪は頬を膨らませて、怒っていた。


「ごめんなさい凪。私が凪が指導に口を挟んじゃったのが悪いの。」


凛が落ち込みながら、謝る


「別に良いよ。お姉ちゃんって気になることがあるといつもこうだし。」


このままだとまた二人の仲が危ないと思い、俺は声を上げる。


「いや、俺が話を続けたのも悪かった。とりあえず、凪にはまず魔術の属性について

教えていこうか。」


「はい!」


凪に笑顔が戻る。これならなんとかなりそうだ。


「じゃあまず最初に―――」


すると、ガラガラという音とともに部屋の扉が開く。藤堂先生が来たようだ。


「すまない、遅くなった。橘、いきなりになるが森に来い。そこで指導を始める。」


 藤堂先生は入ってすぐ、俺の指導について口にする。どうやら、俺への指導が

遅くなったことを申し訳なく思っているようだ。

 しかしタイミングが悪いことこの上ない。だが、凪を優先することはできない。

俺だって指導が遅れたことにやきもきしていたのだ。


「すまない凪。この埋め合わせは別の機会にするよ。属性の話は凛に教えてもらってくれ。」

俺はそれだけ言うと、部屋を出る準備を始める。


「先生帰ってくるの早すぎですよ!やっと誠人先輩に教えてもらえると思ったのに・・・」


「何やら、私は凪に嫌われるようなことをしてしまったようだ。

橘、埋め合わせの件、絶対に忘れるんじゃないぞ。」


先生は凪の訴えに罪悪感を感じたのか、俺に念押ししてくる。


(なんで先生の方から、念押しされるんだよ・・・)


俺はそうツッコミたい気持ちを抑える。


「誠人先輩!忘れないでくださいね!」


さらに凪からも念押しされてしまった。こちらは当たり前だが。


「分かってるよ。

 藤堂先生!やっと俺に指導してくれるんだから、早く行きましょう。

じゃないと次はいつ教えてくれるのか分かったもんじゃありませんしね。」


俺は皮肉交じりに先生をせかす。


「確かにその通りだな。では行こうか。ついて来い。」


***


 先生と誠人先輩が出ていった後、私はお姉ちゃんから魔術の属性について教えてもらっていた。

次に先輩に教えてもらうときに、私の成長を驚かせるためにも頑張らないといけない。


「まずは魔術の五属性についてだけど、凪、分かる?」


「『火』と『水』と『自然』と『光』と『闇』の五つでしょ。」


これくらいなら誰でも分かるようなことだ。


「正解。そしてこれらの属性には有利不利の相性があるの。

『火』は『自然』に強く、『自然』は『水』に強く、『水』は『火』に強いって具合にね。

三つの属性は三すくみの関係になっていているの。そして『光』と『闇』はこの三つの属性とは有利不利は無いわ。」


「じゃあ、『光』と『闇』の相性は?」


「それは少し特殊なの。どちらの属性に対しても有利であり、不利であるともいえるから。」


「えぇー-と・・・。どういうこと?」


「簡単に言えば、『光』と『闇』の魔術は、それに対応した『闇』と『光』の魔術で対抗できるって話なんだけど、

これは実際に見てみないと分かりずらいからまた今度ね。」


「うん。分かった!」


正直、あまり理解できていないけど、分かったふりだけはする。


「じゃあ、次の話に入るわよ。次は属性の複合についてだけど、有利不利のある属性同士は反発するから、『火』と『水』の複合魔術はできないの。

できるのは『火』と『光』もしくは『闇』、みたいな属性同士じゃないといけない。

これは二重属性や三重属性の人にも適用出来て、『火』と『水』と『自然』のどれか二つ、もしくは三つを持っている人はいないわ。

ちょっと的な方法はあるけど、これはまた今度。」


も気になったけど、もう一つの疑問の方を口にする。


「『光』と『闇』の複合はどうなの?」


誠人先輩は、光と闇の複合魔術の使えると言っていた。けど『光』と『闇』には有利不利がある。


「それも反発するらしいんだけど、どちらもが有利であり不利であるという関係のせいか、さっきの例とは違って、複合することができるみたいなの。すごく難しいことらしいけど。」


「そうなんだ・・・ってことは、誠人先輩はすごいことをしてるんだね。」


私は誠人先輩のすごさをまた実感した。


「それだけじゃない。彼は万能属性の才能を、ただ多くの魔術を使えるということで終わらせなかった。

今まで存在しなかった――いや、できるはずのない五属性融合魔術を成立させたの。

そう、彼は自身の万能属性の強みを活かし切っている。」


お姉ちゃんは、誠人先輩を尊敬しているのだと伝わってくる。


「私も、誠人先輩みたいに強くなれるかな?」


「・・・凪なら大丈夫。きっとすごい魔術師になれるよ。」


お姉ちゃんは、少しの沈黙の後、私を抱きしめながら、自信ありげに答えてくれた。


「うん!!」


私は力強く返事をした。


***


藤堂紫苑の指導が始まってから、一時間が経とうとしていた。


俺は地面に倒れ伏しながら、彼女の話を聞くことしかできない。


「橘。お前は万能属性のすべてを使いこなせてはいない。」


そう話す彼女の右手は虹色に光り輝いていた。

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