11話 彼と紫苑の指導 中編

1時間前・・・


俺は藤堂先生とともにいつもの森の中に来ていた。

そして先生は森全体を覆う大きな結界を張っていく。

これまで2度の決闘を行ってきたこの森だが、あれほどの魔術を受けながらも森として残っているのは先生が張った結界によるものである。


先生が張っている結界魔術は、魔術決闘祭でも使用されている決闘用の魔術である。

結界の発動者が決闘のルールを決め、二人の魔術師がそれを了承するという条件のもとに発動する魔術であり、

これにより、結界外の被害を防いだり、内部の音や声外に漏らさないようにできるのだ。

さらに、決闘中に魔術により起こったことは、決闘後にすべてなかったことになる。これにより森へのダメージもなくなり、決闘中の事故も防ぐことができるのだ。


「さて、これでよしっと。」


そう言って先生は結界を張る作業を終えた。

決闘魔術自体は使うのは難しい魔術ではなく、教えてもらうことが難しい魔術である。

魔術連盟が認めた一部の人間にしか知ることができない魔術であり、日本ではその資格を持つ魔術師は10もいない。

彼女がその資格を持つのは、指導官として一流だと認められているからであろう。


「君は、私がなぜ『伝説の指導者』と呼ばれていたのか、その理由をはかりかねているんだろう。」


先生は俺の顔を見つめながらそういった。

彼女のその漆黒の目の前には嘘をつく意味はないと悟り、


「その通りですよ。先生の魔術師としての強さは、見抜けた部分では火属性のB級レベルの魔術師でしかありませんでした。」


俺は正直に答えた。


「ふむ、さすがだな。君の推察通りだよ。そして魔術師としては君の想像以上の隠し玉はもっていない。」


彼女はあっさりと認めた。嘘かもしれないが、今それを考えるはあまり意味のないことだ。

ならば俺が聞くべきことはもっと別のものだ。


「でも逆に言えば、先生の指導者としての核はそこにないとも言えます。

じゃあ、その核は何処にあるんですか?」


俺はその核の答えについて踏み込んでいく。

それが俺をどう強くするのかが、ここからの自分の進化を決めるのだから。


「その答えの前に、魔術における一つの事実を話さなければいけない。

君は魔術師とって、『才能』だと認められるものが何か分かるかね。」


唐突にそんな質問を投げかけてきた。


「それは魔力量でしょ。」


俺はその問いに対して即答した。

魔術師における常識であり、そして俺はそれに当てはまらなかった。


「それと使える属性の数かな。その点なら、君は頂点だな。」


先生は称えるかのように言うが、俺にはおちょくっているようにしか聞こえなかった。


「何が言いたいんですか?」


俺はイラつきを隠さずに聞く。

しかし先生は全く気にせず続ける。


「魔術師における才能は、魔力量と属性の数というのが普通の認識だ。

だがね、それだけでは測ることができない、隠された力というものは存在するんだよ。」


「何を言って―――。」


俺はそこまで言ったところで言葉を止める。いや、止められたという方が正しいだろう。

なぜならば、その瞬間先生の目を見たからだ。

その漆黒の目には今まで見たことのないような真剣さが宿っていた。

冗談ではないということだけは分かった。だからこそ、黙らざるを得なかった。


「例を挙げよう。例えば『珠視炎華』。彼女には相手を見るだけで、その相手の使える魔術を知ることができる力を持っている。それともう一つあるみたいだが、それは次の機会にしよう。」


俺は因縁の相手である『珠視炎華』の名前を出されて思考が固まってしまう。

しかも、聞いたこともない彼女の力とやらまで知っているという話に俺は戸惑うことしかできなかった。

そんな俺を気にもせず、先生はまるで講義をするかのような口調で話を続ける。


「他の例を挙げるならば『久遠凛』もそうだ。彼女は自身の感情とリンクして魔術の効果を上げることができる。この力によって彼女は冷静であればあるほど、氷の魔術を強めることができるのさ。」


「このように魔術師の中には、魔力とも属性の数とも違う、特殊な力を持った人間がいるのさ。

そして私はその力を、『ギフト』と呼んでいる。」


そこで俺はようやく先生の言いたいことを理解する。

そして、先生の核とは何かが想像できた。


「先生も『ギフト』を持っているんですね。それも、人の才能を見抜くような力を。」


「本当に優秀だな君は。だが、少し違う。」


先生は少し驚きながら、その答えを口にする。


「私の持つ『ギフト』は、人の未来の可能性が見るというものだ。

その人が将来どんな魔術を覚え、どのように成長をするのかを知ることができる。」


その言葉を聞いて俺は驚くことしかできなかった。

それほどまでに、衝撃的な内容だった。

もしそれが本当なら、彼女が伝説の指導官と呼ばれるまでに成功した理由も分かる。


「まさかあなたが育てた生徒が皆、A級魔術師なれたのは――。」


「君の想像通りだよ。この力でA級魔術師になれるほどの可能性を持った人のみを選んで育てたからに他ならない。

だが、勘違いしないでくれ。私が見ることができるのは可能性のみだ。もし私が指導しなければ、彼らは魔術師として大成することはなかったかもしれない。」


「この力を使えば、君が将来どんな魔術を開発し、どんな才能に目覚め、どのように強くなっていくのか、そのすべてを私は知ることができる。この知識が君を強くするのにどれだけ活かせるか、君ならすぐ理解できるだろう。」


彼女の言葉はまさにその通りであった。自身の将来の成果を先取りする、これほど効率的な方法などない。


「だが、君にその可能性を教えることはできない。これは一種の制約だよ。その人の未来の可能性を教えるということはその人の未来を決めてしまうも同然だからね。そうなってしまった人間は・・・悲惨な物だよ。」


そう語る先生の顔はどこか暗いものを感じさせた。それは実際に経験したからこその言葉なんだろうと思った。


「先生の『ギフト』は分かりました。ですが、それじゃあ俺にどうやって教えるんです?」


俺は話を切り替える。


「君の質問はもっともだ。私は君の可能性を教えることはできない。だけど、ヒントを与えることはできる。後は、それを君はどう生かすかどうかがの問題だ。」


「ならそのヒントってのはどうやって俺に伝えるですか?」


俺は率直に疑問をぶつけた。


「そのために私の二つ目の『ギフト』がある。」


そう言うと、彼女の纏う魔力が変わっていく。それはまるで、別人のものだった。しかもそれは・・・。

そして、彼女は俺に告げる。


「これが私の第二の『ギフト』。他人の属性と魔術を模倣する力だ。」


彼女の言った通り、今の先生は、俺と同じ万能属性の魔力を持っていた。


「魔力の量は据え置きだが、君を模倣する分にはメリットでしかないな。

このギフトは、君と相性抜群なのかもね。」


先生は冗談交じりに言うが、俺には恐怖でしかない。

自身が唯一持つ才能、それだけでなく、今まで覚えてきた魔術さえも模倣されたのかもしれないのだ。俺は思わず身震いしてしまう。


「安心しなさい。この『ギフト』は、私が結界を張っていないと発動できない。

これは戦うためではなく、君に指導するための力なのさ。」


先生は安心させるためか、優しい声で説明してくれる。

その言葉に、俺も調子を取り戻す。


「この二つの『ギフト』で。あなたは指導者として成功したって訳ですね。」


「そうだ。どちらも、私ではなく周りを強くするためのものでね。

この力を与えたやつは私が指導者の道に進まなかった時のことを考えていたのか、疑問に思うね。」


「それで、その模倣の力で俺に、どうヒントを出してくれるんですか。」


「それは、こうだ。」


そう言って、先生は右手に五つの属性を集める。


「今から君に、『橘誠人』の可能性の、半歩先を見せる。」


その虹は俺の切り札そのものだった。

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