3話 彼と凛の決闘  前編

 それから1時間が経ち、俺たちは約束の場所に集まった。

そこには既に藤堂先生がおり、これから行う決闘のルールを説明する。


「ルールは簡単、お互いの魔術によって、相手を戦闘不能にするか、降参させた方が勝ちだ。」


シンプルかつ実践的な内容だった。

これなら俺の力を久遠に見せるには十分だろう。


「森にはすでに私が結界を張ってある。どんな攻撃だろうとびくともしないし、音も漏れない。安心して全力を出し切ってくれ。」


そう言って藤堂先生は森の中に入っていく。

それに続いて久遠と俺は入っていく。


「逃げなかった勇気は褒めてあげます。けど残念です。

結界さえなければ、かすり傷で済んだかもしれないのに。」


 彼女が馬鹿にしたような口調で言う。けれど彼女の言葉はただの挑発であることは明白であった。


「別に逃げる理由なんてないしな。それに、そんなことを言っていられるのも今のうちだけだぜ。」


だからこそ俺はあえて余裕ぶって答える。


「強がれるのも今のうちだけです。

けど、嫌いじゃないですよその余裕。」


久遠はニコリと笑いながらそう言い残し、中に進んでいく。

 俺は最後のやさしさを感じさせる言葉こそが彼女の本質であり、さっきの挑発は俺の冷静さを奪うための戦術であることを理解する。


(藤堂紫苑の弟子ならこれくらいの盤外戦は仕込んであるか。)


だがそれはつまり、久遠凛はの戦術を知っている魔術師であること指していた。


(魔術を使えるだけで実戦を知らない魔術師ではないだろうな。)


***


森の中の開けた場所で二人は向かい合う。


「一応確認しておく。この決闘で負ければ橘を指導者として認めるということでいいんだな?」


藤堂先生が尋ねる。


「えぇ、もちろんです。」


久遠が答えた。


「では始めようか。準備は良いかい?二人とも。」


藤堂先生が開始を告げる。


「いつでも大丈夫です。」


俺が返す。


「私も問題ありません。」


続いて久遠が返した。


「ではこれより、橘誠人と久遠凛の決闘を開始する!!!」


藤堂先生の声が響くと同時に久遠は魔術を放つ。


「『氷結結界アイスレンジ』」


彼女の足元が急速に凍り出し、辺り一面が氷の世界に変わっていく。

そして徐々にその範囲を広げていき、最終的には半径20メートル程までに広がった。

しかし、それでもまだその領域は広がり続けており、その全貌を捉えることはできない。


(水属性の特性変化か!)


俺は即座に火属性の魔術を唱える。


「『炎防壁フレアガード』」


目の前に直径3メートルほどの火の壁が出現し、周りを囲むように回転し始める。

これでしばらくの間は久遠の攻撃を防ぐことができるだろう。

だが、久遠はこれだけの規模の魔術を使っておきながら息一つ乱していない。

その事実から察するに、おそらくこれは彼女にとってただの準備運動に過ぎないのだろう。


(俺はこの魔術だけで魔力を一割持ってかれたってのにな。)


俺は自分の魔力の少なさを痛感しながら次の手を考える。


「へえ、火属性の使い手だったのね。運がいいじゃない、もし火属性以外だったらそのまま凍って終わりだったのに。

私の不利属性の使い手なら少しは勝負になるかもね。」


 久遠が嫌味ったらしく言ってくる。ただの挑発ではあるが、決闘前と比べて過激になっているようにも感じる。だがその挑発の内容そのものは事実であった。

 確かに久遠の強力な水属性の魔術は相性の良い火属性の魔術でなければ防げない。

俺が火属性の適性を持つことは彼女にしてみれば運が良かったと思われるのは正しい認識だ。

 魔術師は五つの属性の内一つしか適性を持たないのが当たり前だからだ。


とはいえ、俺の場合はそうでもないのだが。


「守るだけなら、そのまま押しつぶす!!『氷河弾ヘイルショット』」


俺の反応が無いことに痺れを切らしたのか、再び久遠が攻撃を仕掛ける。

先ほどまでの冷気による攻撃と違い、物理的な巨大な氷塊が飛ばしてくる。

この炎の壁では溶かす前に潰されてしまうだろう。だからこそ別の手を取る。


「そろそろ反撃といくぜ『反射鏡ミラーリング』。」


俺の言葉と共に巨大な氷塊が俺の正面に現れた鏡へと吸い込まれていく。

そしてその数秒後、跳ね返された氷塊が久遠を襲う。


「なっ!!」


久遠は驚きながらも何とか躱すが、完全には避けきれなかったようで頬に傷ができる。

久遠が困惑した表情をする。それは自身の魔術を反射されたことが理由ではあるだろうが、

その本質的な理由は、跳ね返した魔術そのものにあることが分かる。


反射鏡ミラーリングは光と闇の上級複合魔術のはずです。あなた、火属性の他に二つも属性適性を!?」


久遠が驚いた様子で尋ねてきた。それもそのはず、二つの属性に適性を持つ二重デュアル属性でもめずらしいのに、三重トリプル属性の使い手などほぼいないと言っても過言ではない。


しかし俺はそれを否定する。


「いや俺が使える属性は五属性すべてだよ。」


***


 説明しよう。普通の魔術師は火、水、自然、光、闇どれかの適性を持ち、その適性魔術のみを使うことができる。


そして属性同士には有利不利の相性が存在する。つまり、二つ以上の属性の適性を持つ魔術師はその分たくさんの魔術に対応しやすくなるため、魔術師としての才能があるとされるのである。

 だが二つ以上の魔術適性を持つ魔術師はそれほど多くない。

その中で橘誠人は魔術師の歴史上類を見ない火、水、自然、光、闇のすべての属性に適性を持つ万能マルチ属性の魔術師なのだ。

 この万能の魔術こそが魔力が少ない卑護者である彼が決闘祭を勝ち抜いた理由の1つでもある。


***


「なるほど、その少ない魔力量でどんな種があるかと思えば。驚きはしたけど、残念な答えね。

もし魔力が十分にあったなら脅威だったろうけど。」


私はそれを聞くと納得がいったように頷く。そして彼の能力の限界も理解する。


「それだけならあなたは私を倒すことはできない。」


結局の所どれだけ多彩な魔術を使えたところで、魔力が少なければ宝の持ち腐れなのだ。

久遠の目には彼がこの時点で自身の魔力の3割をすでに使っていること看破しており、自身の残り魔力もまだまだ尽きることはないことを把握していた。

久遠にしてみれば、このまま戦い続ければ彼の魔力が切れ決着がつくのが目に見えているのである。


しかし、彼はそんなことは百も承知といった風に、余裕の笑みを浮かべながら話す。


「その言葉、決闘祭で耳にタコが出来るくらい聞いたよ。だけど、俺は勝ってきた。」


そう言うと、彼は右手を前に突き出じ、また別の魔術を唱える。


「『千樹槍せんじゅそう』!!」


その瞬間、地面から無数の木々が出現する。

さらにそれと同時に、私に向かって一斉に伸び、襲ってくる。


(次は自然属性の上級魔術!!)


自身の水属性の魔術は自然属性に有利な属性である。

しかし、水属性を氷に特性変化させ、火力を上げた分、自然属性に対して相性は五分五部になってしまっている。

故に今の状態では不利と判断し、回避に専念する。


(それにしてもこの人、こんな強力な魔術をいくつも覚えているなんて。)


先ほどの二重デュアル属性の魔術といい、今の植物を操る自然魔術といい、A級魔術師しか使えないレベルの上級魔術を次々に放ってくる。


(けど、どれも一度に多くの魔力を必要とする魔術。)


いくら強力な上級魔術を覚えていようと、それを行使するための魔力が無ければ意味がないのだ。

だから彼にはもうあまり魔術を行使することはできな―――そこで私は違和感を覚える。


(多くの魔力を必要なのは、これを使えるA級魔術師の膨大な魔力を基準にした計算。魔力量が魔術師未満の彼がなぜ連発できるの!!)


そこまで考えて、久遠凛はある可能性に気付く。

そしてそれこそが彼の万能属性とは別の、強さの本質であった。

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