その11-1
超即効で道路を走り抜けてきた佐々木がアイラ達の元に駆けつけてきて、後ろにパトカーを数台と相方の刑事も揃って、バラバラと全員が車から飛び降りてくる。
そこに広がっている惨状を目にして、飛び降りてきた佐々木や警察官達が唖然としたように、パッ、と足を止めた。
少し回復しかけた男達だったが、アイラにまた気絶させられて、そこに転がっている男達はほぼ壊滅状態である。
仕方がないので、その場に残ることにした龍之介は、廉とアイラの横で佐々木と言う刑事に質問されるままのことを答えていって、他の警察官が転がっている男達の後始末――介抱に手を回している間、とてもしおらしく立っていたのだった。
「――君が全部やっつけたの?」
信じられないように、かなりの驚愕をみせて佐々木という刑事が龍之介を振り返った。
龍之介はなんとなく返事もできず、ただちょっと下を向いている。
「そうね。龍ちゃんは有段者なんですって。だから、残りは私がやったのよ」
「アイラちゃんが?」
ちろっと、後ろを確認した佐々木はそこで少々考えるようにして、
「――深く、追求するのは――怖いな」
「正当防衛よ」
「そうだね。でも――」
「これだけ手伝ってやったんだから、しっかり支払ってもらうわよ。ヤスキどころか、佐々木さんまで、随分、ヒトのことをコキ使ってくれたものねぇ」
「アイラちゃん……、それは、重々、承知しているから」
「後のことはヨロシクね、佐々木さん。もう疲れたから家に帰るわ」
「もう少しいてもらいたいんだけどね」
「明日にしてよ。龍ちゃんなんか、受験で勉強あるから、いつまでもこんな所で油売ってなんかいられないのよ」
「それは――判っているけど、それほど時間は取らせないよ」
「ここの片付けが終わって話が聞きたいなら、聞きにくればいいわ。それじゃなきゃ、明日にしてよね。もう、私達、帰るから」
佐々木はアイラを止めようと口を開くが、仕方なさそうに溜め息をちょっとだけこぼし、頷いた。
「それから、証拠よ、証拠」
アイラは制服からまた自分の携帯を取り出して、それを佐々木の方に差し出した。
「それは?」
「証拠よ。ビデオは、どうせ、ブレてるけど」
佐々木がアイラの手の中の携帯に目を落とし、その視線がゆっくりとアイラの顔に上がっていく。
「よく撮れたね」
「ブレてるわよ、どうせ。角度が悪いから」
「それでも、証拠は何でも役に立つから。アイラちゃん、君はやっぱりすごいね」
「そうね」
「そうだね」
「だから、私達は帰るわ。私に連絡したいなら、こっちの電話にしてよね」
「番号もらえるかな」
佐々木はアイラの行動に質問もせずに、廉に向き直る。
廉は自分の携帯を取り出して、そのボタンを押しながら出てきた番号を佐々木に見せるようにした。
それを読みながら、手早く佐々木が自分のメモ帳に番号を書き込んでいく。
「佐々木さん。全員、連行しますね」
佐々木の相方がすぐ横にやってきて、佐々木はメモ帳から顔を上げる。
「ああ、そうか。俺の方も、一応、話は聞いたから、あの連中を連れて行くかな」
「そうですね。かなりの人数だ」
「そうだな」
「君達も、無事のようで良かったよ。危ない目にあって、怖かっただろう?」
事情を知っているのだろうか、佐々木の相方もこの現状の説明を要求しなかった。ありがとう、とアイラ達に礼を言って、すぐにその場を去るように向こうに歩いていく。
「さあ、私達も帰るわよ。こんな所にいつまでいても、無駄なだけだもん」
アイラに促されて廉と龍之介が動き出し、三人はその喧騒を後にするようにゆっくりと歩き出していた。
* * *
「余計な体力を使うとお腹が空くわ」
アイラと廉と龍之介の三人は、家に帰る予定だったのだが、あの大騒ぎから落ち着きを取り戻していなく、結局、アイラと龍之介は廉のマンションに居座ることにしたらしく、それで、出前の夕食を仲良く囲んでいた。
龍之介のおじいさまからの呼び出し問題があったが、今はそれどころでもなく、龍之介は家に電話を入れて、帰りが遅くなるから――ということだけを伝言で残していた。
廉のマンションに向かいがてら、今までの経路を簡潔にアイラから説明された龍之介は、まさかそんな大事件に巻き込まれているなどとは夢にも思わず、いつもの質問癖も引っ込んで、あまりの驚きから自分の理解を遥かに超えた状況に全くの言葉なしだった。
いつものように、結局は廉のおごりである晩ご飯をおいしく食べ終えて、アイラは一人勝手に廉の冷蔵庫からアイスクリームを持ってきた。
「龍ちゃんも食べる?」
「え? ――いや、俺はいいけど……。――なんで、勝手に食べるの? それ、廉のじゃないのか?」
「私のよ。この男は甘いの食べないでしょう」
「そう――なのか? でも――なんで、柴岬の? 廉の冷蔵庫なのに」
「偉そうだから、買いだめまでしてる」
アイラも龍之介も制服のままなので、廉も着替えを済ませず、ブレザーだけを脱いで、まだ制服を着ていた。少し足を組むようにしてソファに座っている廉は、アイラに要求されて入れた自分のお茶をゆっくりとすすっている。
「このアイスクリームおいしいんだもん。いいじゃない」
「なんで、柴岬の買いだめが廉の冷蔵庫にあるんだ? ――あれ? 柴岬って、そんなに頻繁に廉の所に来てる――」
ハッ、と龍之介の言いかけた言葉が止まって、それで、彼氏になった、彼女になった――という重大な事実を思い出していたのだ。
知らず、龍之介が少しだけ頬を赤らめて、ちょっとだけうつむいてしまった。
「いや――その……なんでも、ないんだけど――」
「彼氏も仕事のうちよ。なに、そこで変な想像してるのよ、龍ちゃんは」
「えっ? ――そうなの?! 仕事のうち? だったら――彼氏じゃないんだ。なんで? それだけだったのか?」
「そうよ。それだけよ」
「えっ? でも、廉は? ――仕事なら、仕事って話してくれれば良かったのに……」
「龍ちゃんは受験勉強があるでしょう?」
「あるけど――廉だって、あるじゃないか……」
「そうね。でも、この男はそういうの気にしないタイプだから、いいのよ。龍ちゃんは、気がそれる方でしょう?」
「そう、だけどさ……」
アイラはアイスクリームのヘラを指で持ち替えながら、ソファーの上で龍之介の隣に寄っていく。
「龍ちゃん、その程度のことで落ち込まないのよ。別に、隠し事してたんじゃないんだから。それに、龍ちゃんは、事情も知らないのに、今日は助けてくれたじゃない。それも、あのバカ共、全部やっつけくれたし」
「それは――様子が変だったし……。それに、廉を殴って、柴岬――も――危なかったし」
「だから、龍ちゃんには感謝してるわ。まさか、龍ちゃんが登場して、全滅させてくれるなんて予想もしてなかったから。でも、やるわよね、龍ちゃん。いい腕じゃない」
「稽古……してる、から」
アイラに褒められて、龍之介は少し照れくさそうにポソッとそれを言っていた。
くすっとアイラは笑い、トテトテとソファーの上をまたいできて、その顔をゆっくりと龍之介の方に寄せていく。
「ありがと、龍ちゃん」
ちゅ、と龍之介の頬にキスをされて、かぁ……と龍之介の顔が一気に高潮してしまった。
「龍ちゃんって、ホント反応が可愛いのねぇ。私に手出されたら、ぶっ倒れそうよね」
「柴岬に手――!? ――そんなの、ダメだよっ。柴岬が手出すなんて――そうじゃなくて、俺は――その……――だって、ダメ……だよ――」
真っ赤になって何を言い繕っているのかは知らないが、龍之介は意味不明なことを口にして、そのままスクッと立ち上がってしまった。
「あの――俺、ちょっとトイレ。――トイレだから、トイレに行かないといけなくて――それで、トイレ」
“トイレ”の連発が出てきて、アイラは不思議そうに龍之介を見上げているが、龍之介はまた少し顔を赤らめて、即座にソファーから動き出してしまった。
止める――気はないのだが、止める暇もなく、龍之介が向こうに走り去って行ってしまった。バタンっ――と勢いよく閉められたドアの音だけが室内をこだまする。
「龍ちゃんって、ウブねぇ。すごい、かわいいわねぇ」
「君にからかわれたら、龍ちゃんも身が持たないだろう。かわいそうに」
「ちょっと、そこで同情するってどういうことなのよ。私に相手されて羨ましい、くらいは言えないの?情緒もなければ、デリカシーもないのね」
「君に情緒を要求されてもね」
「どういう意味なの?嫌味な男ね」
「手伝ってあげた割には、その扱いが龍ちゃんとは随分違うなぁ」
「だって、ただの付き添いじゃない」
「彼氏に昇格したけど」
「1週間もしないで終わったじゃない」
廉はそこに座りながら、じぃっとアイラを見ているようだった。
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